最終話 華燭の典
― 王国歴1077年 初秋
― サンレオナール王国 西部ペルティエ領
私とケンは今日の良き日にペルティエの街の教会で結婚式を挙げる運びとなりました。
美しく晴れ渡った秋の日、私は純白の婚礼衣装を着て宿舎から教会に向かいます。朝の支度を手伝ってくれたのは王都から数日前に来ていた母です。
「私の自慢の娘は目の覚めるような美しさだわ……」
「ありがとうございます、お母さま」
私たちの式を挙げるにあたって、私はドレスよりも何よりも一つだけ譲れないことがありました。
「そろそろ花嫁のお迎えが来たようね」
母の言う通り、私の部屋の扉を叩く音がしました。母に招き入れられたその人は私の花嫁姿を見て言葉を失っていました。
「お父さん、今までありがとう。私のことを陰ながら見守ってくれて、誰よりも愛してくれて……」
「……」
私に初めてお父さんと呼ばれたルイは今にも泣き出しそうな顔をしていました。私もつられて涙が出てきそうです。
「アレックス、式の前からルイを泣かせないの。それに貴女もね、泣いたら折角のお化粧が崩れるわ」
母にハンカチを渡されて、ルイは溢れ出てきた涙を拭いていました。
「両親のお墓に報告に行きました。私達の小さかったアレックスが遂にお嫁に行く日が来たと」
「お祖父さまとお祖母さま、天国で喜んでくれているかしら」
「それはもちろん」
ルイの両親はもう二人共亡くなっているのです。ルイや私たち兄弟の幸せを誰よりも願っている彼らが今日も天国から私の結婚式を見守ってくれているはずです。
「さあそろそろ教会に向かいましょうか」
私たちは母に促されました。
私は今日のこの日、どうしてもルイと腕を組んで教会に入場したかったのです。
育ての父ベンは快く了解してくれました。ペルティエの街で親族だけでひっそりと行う式なので問題ないと言ってくれました。
父が自分の役目をルイに取られて拗ねていないかどうか、母に後でこっそり聞きました。母によると父は父親役を今まで十分させてもらったから、嫁ぐ前最後の大役はルイに譲ることに大賛成だったそうです。
私は街の教会に着くとルイと一緒に馬車を下り、式の始まりに合わせて入場します。式の出席者は私とケンの家族だけです。だからルイが私と一緒に入場することが実現できたのです。
祭壇の前には私の愛してやまない旦那様が一張羅を着て待っています。私たちはゆっくりと歩み、ケンの前まで来ました。そこで私は彼の差し出した手を取ります。
「私の旦那さまは黒の上下を着ると見違えるわ」
「惚れ直したか?」
「ええ」
「お前も言葉にならないくらい綺麗だよ。まあお前は何を着ていても、何も着ていなくても綺麗だけどさ。俺は果報者だ」
そこで司祭さまの咳払いが聞こえ、私たちは口を
祭壇前で私たちはそれぞれ誓いの言葉を言います。そして夫婦二人で向かい合い、大司祭さまの声が静まり返った小さな教会内に響き渡っていました。
「ここにケネス・ソンルグレ=ミショー、アレクサンドラ・ポワリエの二人を夫婦として認めます」
ケンが私の顔を隠しているベールを上げ、私たちは誓いの口付けを交わしました。
双方の家族が拍手で祝ってくれています。
「旦那さま、今日からよろしくね」
「ああ、これからずっとな」
私たちは腕を組んで教会の外に出ました。そこには街の人々が大勢待っていて、割れるような拍手と花吹雪を私たちは受けました。
式に出席していた家族も教会の外に出て来ました。私とケンはまず育ての父ベンジャミンの所へ向かいました。母とルイも彼の隣に居ます。
「お父さま、ありがとうございます。私にとって最高の式になりましたわ」
「うん。君がそうして喜んでいることが俺は嬉しい」
「今までお父さまに育ててもらって、私は幸せ者です。それにルイに花嫁の父親役を譲って下さって……」
「そういう俺こそ幸せ者だよ。ダニエルや君やサムを授かることができて俺も父親になれた。ひとえにルイとソニアのお陰だ。それでも今日の君はあまりに綺麗だから、ルイに父親役をさせたことを大いに後悔しているところだ」
「もう、お父さまったら!」
私の家族は色々と変わった事情がありますが、皆仲良しでお互いを思い合っている最高の家族なのです。
「お母さまも……何と言ったらいいのかしら、こんな形の家族を築く決意をしたからこそ私たちが存在しているのですよね。感謝しています」
「そうね、私も結婚前は色々葛藤があったけれども、三人も素晴らしい子供を授かって良かったわ」
結婚という人生の節目に立って、改めて私の家族と出生と色々考え直す機会となったのです。
「お父さん、私嫁ぐ前にちゃんと親孝行できたかしら?」
「何をおっしゃいますか、アレックスは。貴女が生まれてきてこうして幸せになれる、それだけで親孝行ですよ」
「ルイ……いえ、お父さん」
今までにない幸福感でした。
「私達三人共長生きしてアレックスの益々の幸せを見届けましょうね」
「そうですね。今日くらい自分の幸福を噛みしめた日はありません」
私は感極まってしまいました。それから両親とルイと代わる代わる抱き合っていました。
「やはり結婚式っていいですわね。式を挙げるのが自分たちの子供なら尚更ね」
私の後ろでそう言ったのはマルゲリットさまで、ダンジュさまに寄り添っている彼女は私とケンに優しい微笑みを向けながらほうっとため息をついています。
「実は貴女も結婚式をしたかったのではないですか?」
「そうではないの、ダン。ただ、庶民として生きているケンが貴族のお嬢さんと結婚するだなんて、私たちのことも重ねて考えるととても感慨深いのよ」
彼女はダンジュさまと式を挙げることなく一緒に住み始めて家族を築いたそうなのです。
身分差にもかかわらず、双方の両親に反対されたわけでもないのです。ただ、祭壇の前で誓わなくても二人の愛は生涯変わらないから式は必要ないとマルゲリットさまは言い切ったそうなのです。彼女の行動力には私も顔負けです。
「今日から家族として宜しくお願いいたします」
「私たちの方こそよろしくね。貴女のような娘ができて嬉しいわ、アレックスさん」
「勿体ないお言葉です」
「さ、アレックス、そろそろ行くぞ」
そう言ったケンは屈んでいきなり私を横抱きに抱え上げました。
「きゃ、ケンったら」
「心配するな、でもしっかりつかまっていろよ」
「ええ、一生離さないから」
「望むところだ」
そしてケンは私を抱えたまま教会前の階段を下りて行きます。顔なじみの街の人たちが道を開けて口々にお祝いの言葉をかけてくれます。
「おめでとう!」
「お二人お似合いよ」
今日から私はアレクサンドラ・ミショーとしてこの街で生きていくのです。
「幸せになりましょうね、旦那さま」
「俺はもう十分幸せだよ、奥さん」
――― 完 ―――
***ひとこと***
本編完結までお読みいただきありがとうございます。この後、番外編としてヴィオレット、ルイ、??視点の話に加え、お馴染みの座談会が続きます。是非続けてお読み下さい。
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