番外編

番外編 義妹(一)

― 王国歴1076年 夏-秋


― サンレオナール王国西部ペルティエ領




 皆さんこんにちは。私の名前はヴィオレット・ミショー、この物語の主人公ケネス・ミショーの妹です。私たちは三人兄弟で、私の下に弟のロナルドもいます。三人ともペルティエ領で庶民として生まれ育ちました。


 ヴィオレットの名は父がつけてくれました。私の母はマルゲリットという名前で、身分違いの恋を成就させた両親は一緒に住み始めた時にひなぎくマルゲリットの花を庭に植えました。父は女の子が生まれたらやはり花の名前をつけたいと思っていたそうなのです。母は王都出身の元侯爵令嬢で父はペルティエ領内の山奥にある間者の里の人間という、とても珍しい組み合わせです。


 今では両親の家はひなぎくだけでなく、私が誕生した時に植えられたすみれヴィオレットの花も咲き乱れるようになっています。


 成人した私たち兄弟は街外れの森にある両親の家を出て、現在はペルティエの街に一緒に住んでいます。普段は私と材木店を営んでいる兄の二人暮らしなのです。兄の事業を手伝っている弟のロンは年のほとんどを北西部の山の中で過ごしています。


 私は街の銀行に勤めるかたわら、父の故郷である間者の里に伝わる木彫り細工の内職もしています。




 兄はこの夏、伯父ナタニエルに呼ばれて王都に行っていました。


 なんでも伯父の知り合いの娘さんが王宮医師の職を辞してこのペルティエ領にわざわざ赴任してくることになったそうなのです。侯爵令嬢である彼女のペルティエへの旅路中、兄は用心棒を頼まれたのでした。


 兄がその用心棒の仕事から帰ってきた後で、私は兄の変化に気付きました。やたら機嫌が良いし、うきうきしているようなのです。


 料理があまり得意でない私が作った食事に、兄は必ずダメ出しをします。我が家は家事と言えば男性陣である父や兄の方がよっぽど上手なのです。


 だというのに、近頃の兄は私が作ったものも文句を言わずに食べるし、ニタニタしながら歌を口ずさんでいることも多いのです。確かに下手な歌はよく歌っていますが、どう見ても笑顔がだらしないのです。


「お兄さん、最近何だか変わったわね」


「うん? そうか?」


「何かとても良いことがあったのでしょう?」


「ああ、まあな」


「教えてくれないの?」


「お子ちゃまにはまだ内緒」


「子ども扱いはやめて、っていつも言っているでしょう!」




 そんな兄は機嫌の良い時がしばらく続いた後、飲んだくれて酔っぱらって帰ってきたことがありました。その時は妹の私でも近付けないくらい荒れていました。そうかと思えば数日後にはけろっとして再び浮かれている様子に戻っていたのです。


 私が兄に直接尋ねても何も教えてくれないに決まっていました。そこで、しばらく街に戻ってきていた弟に聞いてみました。


「ねえロン、お兄さん近頃何だか機嫌が良すぎて気持ち悪いと思わない?」


「え、そう言われてみれば最近の兄貴は何だか顔が緩んでいる気もしないでもない」


「何か聞いていないの? 恋人でも出来たのかしらね……」


「別に何も……」


「気になるわね。ちょっとお兄さんの後をつけてみてよ、ロン」


「それを俺に頼むか? 俺なんかすぐに気配を感じ取られてかれるに決まってんだろー、ヴィーがやれよ」


「私だって同じだわよ」


 そこで私は両親に聞いてみました。父も母も兄の様子が少し変わったことを気付いていました。特に母親の勘というものでしょうか、母はこう言っていました。


「フロレンスの家に新しく赴任されてきたアレックスさんの面倒を良く見ているのよね、ケンは。彼女のこと、満更でもないのじゃないかしら?」


「お兄さまが護衛として雇われた女医さんのことですか? どんな方なのですか?」


「とても感じの良いお嬢さんよ。うちにも時々クリスチャンの代わりに働きにきているの」


「その人って貴族なのですよね。兄上も父上と同じく、貴族令嬢狙いかぁ……血は争えませんね」


「いや、ロン、私は別にマルゴのことを狙っていたわけではなくて……むしろ彼女の方がやたらと積極的で……」


「それについては否定しないわ、ダン」


 母は少し赤くなって優しく父に微笑みかけています。私の両親は身分の差を乗り越えて一緒になったのです。いくつになってもラブラブの二人に私は憧れます。


 私も実は付き合っている人が居ますが、どうしても彼と将来両親のように温かい家庭を築けるとは到底思えないのです。




 彼とは私が勤めている銀行で出会いました。彼は地元の人ではありません。少し前に商売のためにこのペルティエ領に寄っただけだったそうです。


 それでも数週間滞在しているうちにこの地で本格的に商売を始めてみようという気になったという彼が銀行を訪れ、融資の相談を受けていました。それが切っ掛けです。


 時々街で一緒に食事をして、彼が借りている家で逢い引きを重ねていました。私の家に食事に招待してもいつも断られていました。最近は会う回数もすっかり減ってしまって何だか不安になっていたところでした。


 しかも、ある日商店街で見かけた彼は別の女の子と一緒に歩いていたのです。宿屋の看板娘でした。何日もの間、彼にも会えなくて宿屋の娘とのことも聞けず悶々と日々を過ごしていました。追い打ちをかけるように、すぐに兄から知らされました。


「ヴィー、お前が時々一緒に出掛けているあのよそ者な、故郷に家庭を持っているぞ」


 けれど、兄の口からそんな決定的な言葉を聞かされるとは思ってもいなかったのです。正に寝耳に水でした。


「どうしてお兄さんがそんなことを知っているのよ!」


 思わず兄に向かって大声を張り上げていました。


「悪いがお前をちょっと見張っていた。相手の男のことも調べさせてもらった」


 私は顔が真っ赤になってしまいました。彼との逢い引きも兄に見られていたのでしょうか。


「変態、悪趣味! 余計なお世話よっ!」


 私は自分の部屋に泣きじゃくりながら駆け上がり、そこにしばらく籠っていました。


 確かに良く考えてみると、私はその彼にはっきりと付き合おうと言われたわけでもありませんでした。愛の言葉を囁かれたわけでもありません。ただ、銀行に融資の相談に行ったところに私が居たので軽い気持ちで声を掛けたら私がほいほいとついてきた、くらいに思われていたのかもしれません。


 口惜しくてしょうがありませんでした。それでもしばらくすると私は気持ちが落ち着いてきました。兄と冷静に話し合えるまでになっていました。


「悪かったな、ヴィー。お前を傷つけたくはなかったけど、あまりに深入りする前に不毛な関係を辞めさせたかった。故郷に妻も子供がいるって分かったのはつい最近だ」


「彼の街はここから馬車で半日くらいはかかるらしいのに。お兄さん、そこまで行って調べたの?」


「それは……奴に奥さんから文が届いていたから……」


 兄の手にかかれば封をされている文を開けて読んでからまた元通りに戻すなど、簡単なことです。


「……馬鹿な私をお許しください、お兄さん」


「お前が悪いんじゃないよ、大丈夫だ、ヴィー。悪いのは相手の方さ」


 兄の胸で私は再び泣きじゃくりました。そして吹っ切れました。


「まあな、そのうち良いこともあるさ。新しい出会いとかな……」


「はい。ありがとう、お兄さん」


「それにな、旅先で家族を裏切るような最低ヤローには必ず罰が下るに決まっている」


「もういいのです」




義妹(二)に続く




***ひとこと***

ケンに訪れた恋に家族皆、興味津々なのでした。妹のヴィーちゃんの方は今のところ男運が良くないですね。


ところで、三兄弟ではやはり長男のケンが忍びとしてもカジメンとしても一番優れているようです。

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