第二十話 家族


 ケンは私に彼の生い立ちについて話してくれました。


「俺は間者と貴族の間に生まれて、両親は街の学校に俺を通わせた。間者としての鍛錬もつけられた。結局俺は平民として生きていくって決めて、父親は間者の里出身で姓がないから、その時に街の役場でミショー姓を付けてもらったんだよ。母親のソンルグレ姓は珍しい姓だし知っている人間には貴族だって分かって面倒だから名乗らなかった。妹も弟もそうだ」


「貴族なんて面倒だって、貴方以前にも言っていたわよね。私のことも面倒?」


「それはな……うちの両親が一緒になるためにかなり苦労したから、そういう意味では面倒だと思っている。お前、こんな生まれの俺でも好きでいてくれるか?」


「私は何も知らなかったのよ、ケン。山で木を切っている平民の貴方を好きになったのよ」


「まあ俺はどっちかと言うと現場でなくて、店で商売をやっているのだけどさ……」


 ケンは材木屋の一従業員ではなくて、大商店ミショー建材の経営者だということを私はまだ知りませんでした。


「ところで貴方、最初私とルイの関係を大いに疑っていたわよね。間者の血を引いているだけあって盗み聞きや覗き見が得意なのでしょう? 私たちを尾行して話を聞いていたら親子だってすぐ分かったわよ」


「いや、だって……ロベルジュさんが一人で訪ねてきたあの夜、お前達二人で食事した後に腕を組んで宿屋に帰って行ったろ? 恋人同士にしか見えなかった。俺頭に血が上りきっていたし、流石に宿屋に忍び込んで現場を覗き見する悪趣味な勇気もなかった」


 私は笑わずにはいられませんでした。


「ああ、あの時ね。私は彼の部屋に入ったけれどお土産を渡されただけだったわ。それからルイに送られて宿舎に帰って、それからすぐに彼も宿屋に戻ったのよ」


「だってお前ら雰囲気が……」


「私たち、王都では屋敷の使用人の前でも外でも、主家の娘と執事という関係だから……知っている人の目のないここでは思わずね……」


「だからってさぁ」


「確かに私はファザコンだって兄に言われているわ。育ての父のベンジャミンも私とルイの仲の良さに時々嫉妬するくらいよ」


「お前の家ってとことん複雑だな……」


 私は体を少し起こしてケンの短い髪に軽く口付けました。


「でも、私たち一家は誰よりも幸せよ」


「うん、それは分かる」


「貴方に会えて良かったわ、ケン。私以前はあまり男運が良くなかったのよ。それがペルティエ領に来てすぐに貴方という素敵な男性に会えたなんてね」


「光栄ですよ、アレクサンドラ・ポワリエ嬢」


「ペルティエ領民で初めて仲良くなったのが貴方だったから、すっかり懐いてしまったのね、私ったら。そもそも来る前から、王都から道中一緒だったものね」


「お前は鳥の雛かよ。刷り込み? じゃあもし用心棒に俺じゃなくて弟のロンが雇われていたら奴に惚れていた?」


 私はケンの弟さんの顔を思い出しました。彼が恋愛の対象になるとは……私より少し年下のロナルドさんとは……とても考えられません。


「うーん、それはないかも」


「だろーなぁ。ロンはまだまだ包容力にも落ち着きにも欠けるよな、お前みたいなじゃじゃ馬は奴の手には負えないって断言できる」


「もう何よじゃじゃ馬って、ケンったら!」


 私は笑いながら彼の胸をどんどんと叩いてしまいました。


「だってそうだろ? 襲い掛かったら関節技をきめられて倒されるんだからさ」


「いやだ、それを言わないでよ」


 二人でそんな軽口を叩き合えることに私はどうしようもなく幸せを感じていました。




 そう言えばロナルドさんに私たちは時々からかわれています。


「親父も兄貴も恋した相手が貴族、しかも侯爵令嬢だなんてさぁ、血は争えないよな。なんて言うの、令嬢専? 別に俺は違うけどね」


「生意気言うんじゃねぇよ、ロン。お前なんか貴族のお嬢さんが相手にするわけねぇだろ」


「ロナルドさんも良かったら王都の私の友人を紹介しましょうか?」


「えっ、本当ですか、アレックスさん? 是非お願いします」


「現金だなぁ、お前」


 ミショー三兄弟はケンもヴィオレットさんもこんな感じで率直に何でも言い合っていてとても仲が良いのです。




 ヴィオレットさんは私が仕事に戻って数日後、職場に私を訪ねてきました。


「アレックスさん、お仕事中お邪魔してごめんなさい。家族に私の妊娠疑惑を言わないでくれてありがとう。結局杞憂に終わったことを、その、貴女に報告しておきたかったの」


「それは……あの時ヴィオレットさんは患者さんだったので、医師として当然ですけれども……」


 診察した時も感じていたのですが、彼女は妊娠を望んでいなかったのです。未婚の彼女が杞憂に終わったと言うのですから、妊娠していなかったのでしょう。


「我ながら軽率過ぎたなって大いに反省しているところなのです。将来を誓い合った相手でもないのに、自分の身を守ることも考えずに感情に流されてしまって……今回のことで男性を見る目が培われたと思ったらいい勉強になりました」


「そうだったの……」


 良かったわね、と言うのもおかしいかと思い、私はこれ以上何を言っていいか分かりませんでした。


「それに……兄が……いえ、何でもないわ」


 ヴィオレットさんは何か言い淀んでいます。ケンが何か関わっているようでした。


「はい? とにかく私に出来ることで何かあったらいつでも相談に乗りますから」


 彼女は晴れ晴れとした笑顔で帰っていきました。ヴィオレットさんの件について、ケンから詳しい話を聞かされたのはそれからまたしばらく経った後のことでした。




 それから季節は廻り、私とケンは少しずつ着実に愛をはぐくんでいます。


 年が明けて雪も解け、春らしくなってきたある日、私はケンと二人で王都に数日間帰りました。その時に私の両親とルイから結婚の許可を得て、私と彼は正式に婚約しました。


 そして今はペルティエの街外れに新居を建て始め、結婚式の準備も進んでいます。




***




 私が貴族学院の初等科に通っていた少女の頃のことでした。ある日、学院から帰宅して父の書斎の前を通り過ぎようとしたところ、ルイが書類に囲まれて仕事をしているのが目に入ってきました。父は居ず、ルイは一人だけでした。


「お嬢様、お帰りなさいませ。御両親とサミュエル様は居間においでですよ」


「帰りました。ねえ、ルイ。前からずっと聞きたかったの。ルイには奥さんも子供も居なくて、いつも仕事ばかりしていて寂しくない?」


ルイは書類から頭を上げ、私を見つめながら少し目を見開いた後、私の大好きな優しい笑顔を見せてくれました。


「そんなことはありませんよ、お嬢様。私は御両親に仕えることができて、貴方がた三人のお子さまのお側にいつも居られますから寂しいと思う間もありません」


「へぇ、そういうものなのかしら? でも私、ルイも私たちの面倒を見るだけじゃなくて、幸せでいて欲しいもの」


「私の家族同様である皆さまを見守って行くのが私の幸せなのですよ、アレクサンドラお嬢様」




***




「アレックス、アレックス……大丈夫か? お前寝ながら涙流していたぞ」


 気付くとケンが横になっている私の顔を覗き込んでいました。


「うん? あ、ケン……ええ、夢……だったのね。ずっと昔の夢を見ていたの……子供の頃の夢よ」


「悲しい夢だったのか?」


「いいえ。とても心が温かくなる思い出よ……」




***ひとこと***

弟のロン君によりますとダンジュもケンも令嬢専だそうです。そう言えばルイもですね。

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