第十九話 身元


 翌日の朝、ケンは両親をマルゲリットさまとペルティエの領主さまの所へ案内することになっていました。そしてルイが一人で私を宿舎に訪ねて来ました。


「お早うございます、アレックス」


「ルイ、どうしたの? 一人?」


「はい。私は御両親のお供をしませんでしたから」


 時々両親はこうしてルイと過ごす時間を作ってくれるのです。


「良かった。ルイに話したいことがあったの、入って」


 私は彼にヴィオレットさんに対する私の誤解を話して聞かせました。


「私ね、無駄に一人で悩んでしまっていたの。直ぐにケンに聞けば良かったのにね。その心労のせいで倒れてしまったのよ」


「そうだったのですか。アレックスはミショー様のことをそれだけ愛しているからこそ、彼に裏切られたと思って悩んだのですね」


 確かにそうでした。ケンの愛を信じたい気持ちが大きいゆえの嫉妬と苦悩だったのです。


 ルイにはこうして話しましたが、ヴィオレットさんのことを奥さんと勘違いして一人で悩んでいたことをケン自身に打ち明けたのは、それからずっと後になってからでした。


「ありがとう、ルイ。貴方に話せて良かったわ」


「誤解が解けた今はもう貴女の体調の心配をする必要はないのですね」


「ええ。仕事も何もかも順調よ」


「良かったです。魔法石が温かくなって『ルイ、私もう駄目かも……』と貴女が言うのが聞こえてきた時はそれこそ居ても立ってもいられませんでしたから」


「お陰で私は両親と貴方に会えたけれど、サムには可哀想なことをしたわね」


「サミュエルお坊ちゃまはそれでもお泊まり会気分ではしゃいでいましたよ。甘えん坊な彼ですが、もうそろそろ反抗期が始まるのではないかといつも三人で言っています」


「私の小さいサムももうそんな歳なのね。月日が経つのは本当に早いわ」


「そうですね。貴女も同じです。私の小さいアレックスが……以前は『ルイより素敵な男の人なんていないわ!』なんておっしゃっていたというのに……こんな立派なレディにおなりで、本当の愛を見つけられたとは、感慨深いです」


 ルイは少し涙ぐんでいるようにも見えました。


「でもやっぱりルイよりも素敵な男性なんていないわよ」


「父親冥利につきますね。ただ一人の人に巡り会えた今もまだそんなことを言って下さるだなんて」


「だってルイはいつまで経っても私の血の繋がった父親ですもの」


 ルイは涙を隠すためか、くしゃっと笑いました。私の大好きな笑顔です。


「ミショー様への愛は家族への愛とはまた違う感情でしょう。人を愛するということは素晴らしいことですよ、アレックス」




 昼過ぎに両親は予定していた訪問を全て終え、ルイと合流するためにケンも一緒に私の宿舎にやって来ました。三人はもう王都に帰ってしまいます。


「来年の春頃には私もまとまった休みが取れて帰省できると思います」


「そうね。冬の間は移動も大変だからそれがいいわ」


「三人共お元気で。お兄さまとサムにも会いたいです」


「ミショーさん、アレックスのことをよろしくお願い致します。私に似て気が強くて、我儘で扱いにくい娘ですけれども……」


「はい、それはもう……」


「お母さま、何ですかそれは! ケンも何よ!」


「確かにそうですね」


「ルイまで!」




 両親とルイが出発した後、ケンと二人きりになりました。


「ケン、今日は両親を案内してくれてありがとう。仕事は大丈夫だったの?」


「ああ、お安い御用だよ。仕事は休んだし。それよりお前、明日から仕事に戻るだろ? 大丈夫そうか?」


「ええ、しっかり休めたし、家族にも会えたから十分補給できたわ」


「そうか……」


「だからね、その……昨日の仕切り直しをしない?」


「えっ? お前がいいのなら、遠慮しないぞ」


 ケンは嬉しそうに目を見開いています。


「望むところよ。ケン、しばらくご無沙汰でごめんなさいね」


「体調が悪かったんだから仕方ないよ。お前が謝ることないだろ」


 体調だけの問題ではなくて、と言いそうになる私の口はすぐに塞がれてしまい、そのまま二人で私の小さな寝台に倒れ込みました。


 久しぶりに肌を合わせた私たちはお互いの温もりを求めて、いつもよりずっと情熱的に愛し合いました。




 私はケンに腕枕をされ、気だるい体を彼にぴったりと寄り添わせています。まだまだ昼下がりで外も明るいのに、私もケンもすぐに起き上がらず、まだずっとこうしていたい気分でした。


「ねえケン、私貴方のことつい最近まで知らないことばかりだったわ。私は貴方に出生の秘密まで全て打ち明けたっていうのにね」


「えっ、そうだっけ?」


「そうだっけ、じゃないわよ。私、貴方のことてっきり平民だとばかり思っていたのよ、私と同じで貴族の血も流れているじゃないの」


 しかも彼の伯父ナタニエルさまは魔術院総裁を務めておいでで、伯母のローズさまは女性として初めて司法院長官になられたのです。祖父のアントワーヌさまはなんと王国史上最年少で副宰相、宰相の地位に就いたという伝説の方です。


「まあな、あまりこの地で平民として生きて行くには母親が貴族だと知られない方がいいこともあるから。と言っても地元の知り合いは皆知っているけれど。貴族のお前にも最初から俺の身分を明かしたくなかったというか……けど今まで知らなかったなんてさ、お前を最初に母の診療所に見学に提案した時、俺言わなかったか?」


「何も言ってくれなかったわよ。それから、貴方が何人もの山賊を簡単に倒せて、人の気配をすぐに察するのはお父さまが間者だからなのね。ずっと不思議に思っていたのよ。山賊に対峙していた貴方の動きはただ者ではないと素人の私でも分かったし、他にも色々とね……」


 ダンジュさまを紹介された時に私はやっと合点がいったのです。ケンは髪の毛の色や顔立ち、肌の色から異国の血が混ざっていると分かる容貌をしているのです。異国ではなくて間者の里の民の血だったのでした。


 私もペルティエ領に住み始めてしばらくして、間者の里の存在は少しだけ耳にしていました。時々街でも『間者くずれ』という言葉を聞きます。


 昔ならともかく、今は間者として生計を立てるのがとても難しいのです。そんな人々が街で平民として生活しているのです。ですからケンの濃い色の髪や異国風な容貌から大体察してはいました。


「お前、結構目が効くなあ。普通だったら『ケンって強いのねステキ♡』で終わるだろ。お前の親父さんは魔術師でお兄さんは文官だろ?」


 私は少々ひやひやしていました。実は以前付き合っていた彼が騎士科だったから剣術の鍛錬風景をよく見ていたとは言えません。


「ルイの腕は貴方には全然及ばないけれど、家族の中では一番運動神経もいいのよ。だから兄や弟は小さい頃からルイに剣の手ほどきを受けていたの。貴方も知っている通り、私は彼に護身術を習ったわ。それに私、学生の時は騎士科の学生が鍛錬をしているのを良く見ていたもの。そのお陰で貴方が山賊を相手にしていた時、貴方の腕が相当なものだってすぐに分かったわ」


「へぇ……もしかして元カレが騎士だったとか?」


「……」


 ケンはこういうところだけは鋭いのでした。私が目を見開いて何も言えないでいるその表情で彼は答えが分かったようでした。


「図星なんだな、アレックスちゃん。なあ俺ってそいつよりもカッコいい?」


「比べるのは貴方に失礼だわ」


 ケンがクスっと笑ったのが聞こえました。そして私は彼の逞しい腕にギュッと抱きしめられました。




***ひとこと***

ここ数日色々なことが次々と起こり、お預けだったケン。保護者トリオも帰り、やっとイチャラブできました!


ルイに言わせると脳みそまで筋肉の元カレ、ケンと比べられて気の毒に。

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