樹静かならんと欲すれど 王国物語スピンオフ6

合間 妹子

新天地

第一話 旅立ち

― 王国歴1076年 初夏


― サンレオナール王国西部の山中




「どこまでもぉ~限りなく続く~山道はぁ~♪」


 私の隣のこの能天気な男は先ほどから何故か上機嫌で大声で歌っています。


「どうしてこうなってしまったのよ……はぁ……」


「何だよアレックス、ため息なんかついちゃってさ。旅は道連れって言うじゃないか」


「いえ、別に貴方の存在が鬱陶うっとうしいとか、音痴だな、とか思っているわけではないのよ」


「グサグサッ……何気に傷つくこと言ってくれるなぁ」


「あらケネス・ミショーさん、こんなことで傷つくような繊細な人にはとても見えないわよ、貴方」


「グサグサグサッ……余計傷つくし……それにさ、ケンって名前で呼んでよ」


 私アレクサンドラ・ポワリエは一人、今日自ら手綱を取って新天地のペルティエ領へ向かう予定でした。それが、心配性な両親たちに一人旅を大反対され、信用できる付添いとしてこの男ケンが雇われたのでした。


 両親の同僚の親戚だという彼は当たり前のように私が借りた荷馬車の手綱を握っています。折角の出発の門出に水を差された私は良い気分ではありませんでした。


 ケンのせいではないことは重々承知です。身分を振りかざす訳ではありませんが、一応私も侯爵令嬢なのです。私のことを呼び捨てて敬語も使わない無礼さと、呑気に下手な歌などを歌っている無神経さが気に障るだけなのです。


「明日貴女は旅に出まぁ~す♪ 八時ちょうどのぉ~乗合馬車で~♪ 貴女は貴女は私から~旅立ちぃますぅ~♪」


 もうこいつとお喋りする気にもなれないので一人で歌わせておくことにしました。


 ケネス・ミショー、愛称ケンはこげ茶色の髪に碧眼の凛々しい顔立ちで、顔つきと少し濃いめの色の肌から彼には異国の血が混じっているとすぐに分かりました。それに、逞しい体つきの彼を初めて見た時にはただの御者とはとても思えませんでした。


 ケンは両親によると剣の腕も立ち、護衛や用心棒としても働いているとのことでした。彼を紹介して下さったのは魔術院総裁のソンルグレさまです。侯爵家出身であるソンルグレさまの親戚にしてはあまりにもがさつな印象の人でした。


 親バカで過保護な両親が私につけてくれる人なので、まさか旅の途中に彼と間違いなど起こるとは思えませんし、そんな恐ろしいことは想像したくもありません。


 とにかく、王国西部のペルティエ領までの馬車旅に向けて、私は一人張り切っていたというのに、思わぬ道連れが現れました。私たち二人は何事もなくペルティエの街に着くはずだったのに、とんだ災難に遭うこととなったのです。


 それは私たちがペルティエ領に入る少し前の山道を進んでいたところでした。両脇を急な崖に挟まれた道で、私たちの荷馬車は前後から山賊に襲われたのです。


「あゝ領地のどこかに~貴女を待っている人がいるぅ~♪……ゲッ、もしかして、ヤバいかも」


「どうしたのよ?」


 また能天気に歌っていたと思ったケンがいきなり真面目な顔になって馬車を止めました。


「アレックス、荷台に隠れろ。俺が合図するまで出て来るな。それか、奴らの隙をついて馬に乗って進行方向一目散に逃げろ、分かったな。馬には乗れるよな?」


 冗談を言っているようには聞こえません。前から馬車が一台と、馬に乗った男が何人か見えていました。


「え、何よ?」


「早く隠れろって言ってるだろーが! 奴らに見られる前にさっさとしろ!」


 抑えた声の彼に無理矢理荷台に押し込まれました。


「けれど、貴方は……」


「心配すんなって、何のための用心棒だよ」


 ケンは座席の下に置いていた長剣を手にし、馬車を下りました。彼は剣を抜き構えています。馬に乗った賊たちが私たちの荷馬車の後ろに回り、狭い山道で彼らに挟まれる形になってしまいました。


 私は幌を被せている荷台の中からそっと覗いていました。


「へっへっへ、荷物を置いて逃げるなら命だけは助けてやってもいいんだぜ、お兄ちゃんよ」


「そうしたいのは山々なんだけどねぇ、ちょっと腕試しもしてみたくなったのさ」


「度胸だけは認めてやる、おいっ、やっちまえ!」


 ケンは襲い掛かってくる山賊たちをものともせず、次々となぎ倒していきます。多勢に無勢と思われたのに圧倒的な強さです。ケンの剣の腕は相当なものです。剣の筋も切れも速さも、こんな人は今までに私は見たことはありませんでした。


 私は貴族学院時代に短期間ですが、騎士科の学生と付き合っていました。時々彼の稽古を見に行っていたから分かるのです。騎士志望だったその元カレとケンの腕はまるで比べ物になりません。


 五、六人の賊があっという間に地面に転がっていました。その時でした、荷台の後ろから一味の一人がよじ登ってきて、私の背後に現れたのです。


「へぇ、こんなところに女が隠れていたとはなぁ、ヒヒヒ」


「キャッ!」


 私は羽交い絞めにされてしまいました。折角ケンが山賊をほぼ倒したというのに、彼の足手まといにならないように息をひそめていることさえ出来なかった私でした。


 そのまま男に短剣を突きつけられて引きずられるようにして荷馬車から下ろされました。


「おい、この女がどうなってもいいのか?」


 最後の一人を倒そうとしていたケンがこちらを振り向きました。その顔には怒りと失望が見てとれます。私はケンに申し訳ない気持ちで一杯でした。


「剣を置いて地面に膝をつけろ!」


「ケン! コイツらの言うことを聞いてはダメよ!」


 私の叫びも聞かず、ケンは長剣を放り投げて地面に座りました。先ほど倒されそうになっていた山賊が後ろ手にケンの手首を縛っています。


「結構な上玉じゃねえか……グヒヒ、いいでしょ兄貴」


「ああ、ちょっと歳がいき過ぎってからあまり高くは売れねぇな。俺達が先に美味しくいただいちゃっても売値は変わんねえよなぁ。仲間を散々痛めつけてくれたからな、この兄ちゃんは。連れのお嬢さんを目の前でヤッてやろうじゃねぇか」


「それだけはやめろ、売るんだったら俺を売れ! コイツは逃してくれ!」


「誰が喋っていいって言った? ああ? 痛い目に遭いてぇのか?」


 兄貴と呼ばれた方はケンが捨てた長剣を拾い、彼の二の腕をスッと切り付けました。


「ウグゥ……」


 ケンの顔が痛みに歪み、私は見ていられず、思わず目を瞑ってしまいました。


「へぇ、最近は男も容姿によっては高く売れるんだよなぁ。まあ傷つけるのは止めておこうか。この姉ちゃんとガッツリ楽しませて貰ってから二人とも売りさばいてやるよ」


 私がこんな下衆たちの慰み物にされたと知ったら両親やルイの悲しみは如何ばかり思うかと、それを考えただけで私は目の前が真っ暗になりました。目に涙が溜まってきました。


 ルイは私たち兄弟が生まれる前、両親が結婚した時からずっと我が家の執事を務めています。彼は私たちにとっては家族の一員なのです。


「お父さま、お母さま、ルイ……ごめんなさい……」


 その時でした。私がいつもドレスの下に掛けている首飾りの魔法石が少し暖かくなったと感じられたと同時に、耳にルイの声が聞こえてきました。


『アレックス、アレックス……落ち着いて下さい。大丈夫ですよ』




***ひとこと***

前作「ポワリエ侯爵家のお家騒動」で活躍したポワリエ家長女のアレックスちゃんのお話です。お相手のケン君も実は王国シリーズの某作品に少しだけ出ていた人なのです。


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