第十六話 休養
ケンの提案には各自、意見があるようです。マルゲリットさまも反対のようです。
「駄目ですよ、ケン。結婚前の女性と同棲だなんて。世間の目があります。大体アレックスさんはね、兄の同僚である彼女のご両親からくれぐれも宜しくと頼まれている大事なお嬢さまなのよ」
「いえ、ですから母上、同棲ではなくて彼女が休みの間だけですから」
ケンがマルゲリットさまに対しては丁寧な言葉遣いになっています。何だか可愛らしいです。
「ほんの数日でも駄目なものは駄目なのです」
「そうよ、どうして私たちが居たらいけないのよ。兄さん、下心丸見え!」
「居候の人権侵害はんたーい!」
「うるさい、外野は黙ってろ! 父上も何とかおっしゃってくださいよ。大体お二人だって、結婚もしていないのに同棲し始めたのですよね」
「だからケン、俺達の場合と君はまた全然違って」
「そうです。私と生涯を共にする許可を得るためにダンはソンルグレの私の両親に挨拶しに行って土下座までしたのですよ。親の承諾をきちんと得てから二人で住むようになったのですから。ねえ、ダン、懐かしいわね」
マルゲリットさまは
「はいはい。分かりましたよ。もう母上のお
「とにかくケン、君の気持ちも良く分かるけれども、アレックスさんと一緒に住むのはけじめをきちんとつけてからにしなさい」
「……はい、父上」
渋々とお父さまの言うことを聞いているケンのことを微笑ましく見ていました。
「まあな、アレックス。俺は人目につかないように忍び込めるからさ、これ以上人の噂に上らないようにするし。俺がお前の宿舎にこっそり入り浸る方がお前の名誉も傷つけないよな」
「な、何を……」
「やだわ、お兄さんったら。堂々と夜這い宣言しているわよー」
「通い婚だろ」
マルゲリットさまとダンジュさまは子供たちのやり取りに大きくため息をついておられました。
「こんな息子ですが、どうか宜しくお願い致します」
ダンジュさまにそう頭を下げられました。
「いえ、そんなとんでもないです。私の方がケネスさんにはお世話になりっ放しなのです」
私の方が恐縮してしまいます。ダンジュさまは肌の色も少し濃いめで、黒髪にこげ茶色の目という異国風の外見から先程ふとあることに気付きました。ケンの家族については聞きたいことが沢山あります。でもそれは今でなくても落ち着いてからでもいいのです。
「さあそろそろ私たちは失礼しましょうか。アレックスさん、ゆっくり休養して下さいね」
皆さんは帰っていかれて、私とケンが二人病室に残されました。
「おい、アレックス何やってる」
私は寝台から下りドレスの乱れを直していました。
「そろそろ宿舎に帰らないと……」
「お前な、さっき倒れたばかりなのに急に動くなよ。それに外は寒いし、ここで一晩過ごしても罰は当たらないだろ?」
「それでも、私はもう大丈夫だし、無駄に病室を占領しない方がいいから。宿舎に帰って休むことにするわ」
「本当か? じゃあ送って行く」
ケンは私の上着の上にさらに自分の上着を掛けてくれました。
宿舎の部屋に戻ると、ケンも当然のように一緒に入ってきて、私にすぐに寝台に入るように言うと、彼はストーブに火をくべてくれました。
「何から何までありがとう、ケン。貴方が居てくれて、とても心強いわ」
「何言ってんだ、お前は。さっきも言ったけど、当たり前だろ」
「ケン……」
「そんな顔するなって」
ケンは私の頬を軽く撫でています。
「貴方のことが好きよ」
彼の愛情をほんの少しでも疑ってしまったことを深く反省していました。
「うん。えっと、だから……俺の存在をありがたく思ってくれているのなら、俺のためにも早く元気になってくれよ。しばらくの間お預けだったからさ……」
彼の言っている意味が分かって、少し赤面してしまいました。
「ケン、私別に病気ではなくて、疲れが溜まっていただけなのよ。今日は午後いっぱい休めたし、貴方がそう望むなら……その、私は大丈夫だから……」
「いくら何でも今日倒れたばかりのお前に無理強いするほど俺も鬼畜じゃねぇよ、ゆっくり休め。元気になったらしっかりお返ししてもらうから、覚悟しておけ」
そう言ってケンは私の唇についばむようなキスをしてから帰っていきました。
その夜は数日間の不安が吹き飛んだからか、久しぶりにゆっくりと休め、翌朝も気持ち良く目覚めました。
丁度お手洗いを済ませた時に私の部屋の窓を叩く音がしました。扉ではなく反対側の中庭に面した窓です。カーテンを少し開けて見たらそこにケンが居ました。
「ケン、こんなところからどうしたの?」
まだ朝早いので声をひそめます。
「夜中や早朝に男がしょっちゅう出入りしているって噂を立てられたくないだろ、お前も」
ケンは窓から身軽に私の部屋に入ってきました。
「ええ、まあそれはそうだけども」
「昨日うちの両親にも釘を刺されたことだしな。あ、これは差し入れ」
それは美味しそうな焼き菓子でした。
「ありがとう、ケン。これから仕事でしょう? 朝早くからお疲れさま」
「うん。仕事に行く前にお前の顔が見たくて、調子はどうだ?」
「昨晩は久しぶりに熟睡できたからもう大丈夫よ。心配しないで。今日も一日ゆっくりするつもりだもの」
「良かった。今日は早めに仕事を終えてまた来る。くれぐれも無理するなよ」
「一日休みで何もすることないし、どこにも出かけないから、無理のしようがないわよ。気を付けてね、ケン。いってらっしゃい」
ケンが何故か目を見開いています。かと思ったらすぐに私の大好きな笑顔になりました。
「なんか、いいよな、こういうの。じゃあ行ってくるよ」
彼は私を軽く抱きしめて口付けると入ってきた窓から外を確認した後、ひらりと中庭に飛び降りて駆けて行きました。
一日休みの私はゆっくりと着替え、それから食堂に行って遅い朝食をとりました。
「アレックスさん、昨日外来で診察中に倒れたと聞きました、大丈夫ですか?」
「ええ。でもゆっくり休めたからもう元気になりました。医者として体調管理がなってなかったのね。お恥ずかしいです」
私は食堂で働いている従業員の方々にまで心配をかけていたようです。
それから部屋に戻った私は日頃忙しくて読めない書物を読んで、午前中から昼過ぎまで過ごしました。もう外は段々寒くなってきているので日の当たる窓際のひじ掛け椅子に座っていました。
「ゆっくりできたか、アレックス?」
「え? ケン?」
柔らかい日差しの中で私は本を手にしたまま、うとうとしていたようです。気付いたら目の前にケンが居ました。
***ひとこと***
誤解もなくなり、ケンの正体も分かり、家族皆を紹介されました。後この二人に残されたステップと言えば、アレですね。
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