第十七話 両親


 寝ぼけていてしばらく状況が理解できませんでした。目をぱちくりさせる私にケンは畳みかけます。


「お前な、不用心だぞ! 朝俺が出掛けた後、窓に鍵かけるのを忘れていただろ。俺も何も言わなかったのは悪かったけど」


「えっと、そう言えばそうだったわ……」


「不法侵入したのが俺だったから良かったものの……不審者だったら金目の物を全て盗られているぞ」


「ごめんね、ケン」


 やっぱり誰が何と言おうがうちに連れて来るべきだったな……などとケンはつぶやいています。


「それにな、お前の無防備な寝顔なんてどうぞ襲って下さいって言っているようなもんだし。心配させるなよ」


 彼は立ったまま、椅子に座っている私の頭をそっと抱きしめます。


「やだ、ケンったら……恥ずかしいわ。私の寝顔って言ったって……」


「少しは自覚しろよ、危なっかしいんだよ!」


「分かりました……」


「ていうか、お前を襲いたいけしからん野郎の筆頭が俺なんだけど」


 その言葉に私は立ち上がって彼の首に両腕を回しました。


「私も貴方になら襲われたいわ」


「ちょっと……アレックスやめろって……もう俺我慢の限界だから……」


「我慢しないで、ケン」


「お前がそうやってねだるのだったら……」


 私たちはそうして熱い接吻を交わし始めました。ケンにきつく抱きしめられ、彼の手が私のドレスのボタンを外していました。ところが、私の体に火をつけた張本人のケンがいきなり体を離すのです。


「まずい、やべぇぞ、アレックス。俺、やっぱ帰るわ……」


「え? いきなりどうしたの?」


 何故か彼は慌てて扉の側に行ったと思ったら反対側の窓際に駆け寄ります。そしてまた私の所に頭を抱えて戻ってきました。


「いや、ここでコソコソ逃げるのは男らしくないからさ……それよりお前、鏡を見てドレスを直して、髪を整えろ、急げ!」


 ケンも私が外した彼のシャツのボタンをはめながら私にそう指示をします。私はまだ何が何だか分かりませんでした。


 慌てていたケンの言う通り、すぐにそこで扉を叩く音がしました。


「まあ……誰かしら? は、はい、少々お待ちください」


 私は鏡の前で自分の姿を確認してから扉に向かいます。扉の小穴から外を覗き、そこに居た人々を見て私はケンの慌てぶりの理由が分かりました。私は扉を開けました。


「お父さま、お母さま、お会いしたかったです! ルイも……三人揃って来られたのですね! どうぞお入りになって下さい」


「やあアレックス」


 父が私に軽く抱擁をして、頬に口付けます。私は母とルイとも抱擁を交わしました。その間ケンはずっと三人に頭を下げていました。


「俺達はどうやらお邪魔したのかな?」


 そう言う父は穏やかな表情をしていますが、目は笑っていませんでした。しかも何だか言い方に棘があるような気がします。


「ポワリエ侯爵夫妻にロベルジュさん、えっと……ご無沙汰しております」


「それでも、そこの窓から逃げ出すことも出来たでしょうに、堂々と私たちの前に姿を見せている心意気は汲みましょうか」


 他人が居る時は執事としての分をわきまえ、まず口を挟まないルイまでそんなことを言っています。


「何をムキになっているのよ、二人共。ミショーさん、顔をお上げになって下さい。何だか突然お邪魔して申し訳ありません」


 母が男性二人をたしなめています。


「三人ともいきなりどうなさったのですか?」


 ケンは更に深く頭を下げた後、お茶でも淹れようとしたのか、茶器を出しています。


「どうもこうもありませんよ、アレックス。魔法石が光って貴女の身に何かが起こったことが分かったのです」


 ルイは人が居る場所では普段、私のことはお嬢様と呼ぶのに珍しいです。


「ルイ……えっとね……それは……」


 私が倒れたなんて聞くと特に父とルイは大騒ぎをしそうです。あまり大事にはしたくありませんでした。


「君、まるで勝手知ったる自宅同然のようだね」


 私に尋ねることもなく、ストーブの上の薬缶と茶葉の缶を手に取り慣れた手つきでお茶を淹れているケンに父は咎めるような口調です。


「いえ侯爵、それはその……あの、皆様お茶でよろしいですか?」


「ええ、ケン。ありがとう。今コーヒーを切らしているから、私の部屋にはお茶しかないものね」


「まあまあ、皆つっ立っていないで座りませんこと?」


 母と共に私たちは皆座りました。私の狭い一人部屋にこんなに沢山の人が入ったのは初めてです。


「で、アレックス、一体何があったのだい? 心配したよ」


「はい。ちょっと疲れが溜まっていて、体調を崩しただけなのです。今日一日休んですっかり元気になりました」


「本当なの? ルイによると魔法石から貴女の声が聞こえてきて、何だか貴女がもういっぱいいっぱいの様子だとかで……だから取るものも取りあえず急いで三人でやって来たのですよ」


「ご心配おかけしました。でももう大丈夫なのです。恥ずかしいですわ」


「休みはいつまで取れる、アレックス? 王都に一緒に帰って休養したらどうかな?」


「お父さま……そうしたいのは山々ですけれど、これから年末年始にかけて忙しくなりますし、長期の休みは……無理です」


「そんなこと言ったって、体調を崩して働き続けて余計疲労を溜めこんだらもっと職場に迷惑を掛けるかもしれないじゃないか」


「違うのです、確かに疲れと心配事がありました。あることで悩んでいたのですけれど、それは私の思い違いだと分かったので、私もう元気いっぱいなのです。本当です。私ったら、医者だというのに自分の健康管理がなっていなかったのです」


 そこでケンが皆にお茶を出してくれました。


「君もそこに座りなさい」


「いえ私は、その、もう失礼させていただこうかと……ご家族でごゆっくりどうぞ」


「座れ、と言っている」


「は、はい」


「ベン、何を偉そうに……」


 母は呆れ、ルイは苦笑しています。


「で、アレックス。ルイの魔法石が光って反応したということは余程のことだからこうして取るものも取りあえず三人で来てみたのだよ。それでも君が大丈夫と言うのなら……新しい地での生活はどう?」


「ええ。仕事は忙しくて大変ですけれども、やりがいがあります。私ここに越してきて良かったなって心から思えるのです。私の居場所が見つかったというか……」


 そこで私ははにかみながらケンの方をちらりと見ました。


「まあ……うふふ」


 母は微笑み、ルイは意味ありげな笑みを浮かべています。父の少し憮然とした様子は変わっていませんでした。




***ひとこと***

ケンから訪ねて行かなくてもアレックスの保護者トリオの方からやってきました! 今のところルイよりもベンジャミンの方が手強そうです。

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