番外編 義妹(三)
アレックスさんがそろそろと体を起こしました。
「えっと、あの……お兄さんって?」
「ごめんなさいね。アレックスさん、こんな兄で本当にいいのですか?」
「ケン……ヴィオレットさんって……?」
「アレックス? お、おいどうした、な、泣くなよ!」
一見気の強そうなアレックスさんが涙をボロボロと流して泣き始めてしまいました。兄が慌てて彼女の涙を手で拭っています。
「ケ、ケン……わ、私ったら……」
「引越しや転職、一度に色々なことが起こっただろ。それに仕事もし過ぎなんだよ。二日ほど休みをもらえるらしいからゆっくり体を休養させろ」
兄は寝台に座ってアレックスさんを優しく抱きしめ、彼女は兄の胸でしばらく泣きじゃくっていました。
アレックスさんは私のことを何だか誤解していたのではないでしょうか。私はそっと病室を出てお医者さまを呼びに行くことにしました。その後は何故か私の家族総出でアレックスさんの病室に押し掛けてしまいました。
それからすぐに彼女のご両親が王都から訪ねて来られたようでした。兄はいきなりご両親に対面して少々焦ったと後で言っていました。それでもアレックスさんとの交際の許可をもらえたようで、機嫌が良すぎて少々気持ち悪かったというのが私とロンの感想です。
アレックスさんが倒れた騒動で、私自身の問題のことを少し忘れかけたと同時に月のものがやってきました。ほっとして涙が出ました。将来子供を持つなら愛し合う両親の元で育てられる環境で、と心に誓いました。
そして私の元交際相手なのですが、私の妊娠疑惑が晴れた頃に逃げるようにペルティエ領を去り、地元の街だかどこかに引き上げていったそうでした。
私は街の噂を耳にして、兄に詰め寄りました。
「お兄さん、私に何か隠し事をしているでしょう?」
「は? 何のことかなぁ?」
「しらばっくれないでよ! 街で散々噂になっているのに!」
「噂ぁ?」
「じゃあ単刀直入に言います。私が以前交際していた、あのよそ者のことよ! もう顔を上げてこの街を歩けないからとか……人は見かけによらないとか……けれど誰も私には詳しいことを教えてくれないのよ! お兄さん絶対何か知っているでしょう?」
「いや、だから、ヴィーのことを
「お兄さん、一体何をしたのよ! もしかしてロンも協力したの?」
「いや、まあね。俺一人で十分だったけどさ、あいつも面白がって一緒について来るから。でもロンの協力でもっと面白くなったのは確かだな」
私は真っ青になってしまいました。
「な、面白がるだなんて……全く!」
「そんなこと言ったってさ、ちょっとモテるからって図に乗っていた最低男だぜ。泣かされた女の子はお前だけじゃなかったろーが。皆を代表して懲らしめてやった」
「お兄さん、貴方一体何様のつもりなのよ!」
「何様って……建材店の経営者で善良な一市民ケネス・ミショーというのは世を
「あちこちからパクってないで真面目に答えて!」
「お前の方から聞いてきたんだろ。まあとにかくな、あいつはちょっと酔わせただけで女装したロンの誘惑に簡単にひっかかったね。美少女ロミちゃんが何でもシてあげるワって言うと大喜びでさあ、色々マニアックなプレイを要求してきたんだよなぁ。お前も実はそんな性癖があったのか?」
「はい? マニアック? 初耳だわよ、そんなこと……」
「そうか、お前にはまだ本性をひた隠しにしていたんだな。とにかく、ロミちゃんこと女装のロンと奴の二人は盛り上がって宿屋にしけこんだ。そこでロンはお望み通り全裸のアイツを緊縛してやったところまでは良かったんだ……俺が女装してもそこまでさせるのは無理だったろうなぁ、うんうん」
これ以上聞いてはいけないような気がしてきました。
「翌朝宿屋の主人が不審に思って警護団を呼んだんだよ。そんでもって恥ずかしい恰好のまま恍惚の表情で失神していたところを皆に発見されてよ、しかもアソコには怪しい道具を挿入したままだったんだぜ」
「キャー! ちょっと、やめてぇ、そんな細部まで説明しなくてもいいから!」
そこまで詳細は聞きたくなかったのに、遅すぎました。
「お前の方からすごい剣幕で聞いてきたくせに。そんでもって、
「最っ低!」
「何言ってんだ、俺らが制裁を加える前に親父の耳に入っていなくて良かったよ。それこそペルティエの住人に羞恥露出プレイ中の姿を見られるだけの軽い仕打ちじゃ済まなかったぞ。それに比べりゃ大恥をかいて宿屋の延長料金に罰金ふんだくられたくらい何てことないさ」
「……た、確かに。けれど……街であれだけ噂になっているのだからもうお父さんの耳にも入ってしまったわよね」
兄と弟よりも父の方がより徹底的に復讐しそうです。大人の男女の恋愛なのだから放っておいて、父には絶対言わないで、と私は兄に頼んでいました。
あんな口先だけの女たらしでも、うちの父親に痛めつけられるのは流石に可哀そうだと思ったからなのです。
「ああ親父に俺達問い詰められたよ。お前からは口止めされていたけれど言わざるを得なかった」
「……そ、それでお父さんは何て?」
「たったそれだけで見逃してやったのか、詰めが甘いな、自分だったら更に〇〇〇をちょん切って男として不能にしてやったって。な、俺らが決着付けて良かったろ?」
「良かったというか……」
「それにな、俺等の最強じーちゃんコンビが先に知って彼らが手を下したことを考えてみろ……親父どころじゃねぇぞ。拷問の末に瀕死状態にされる可能性大だな。それもな、生まれてきたことを後悔するような、ひと思いに殺してくれと叫びたくなるような語るのもおぞましい最高級の拷問だろうよ」
確かに、私の母方の祖父アントワーヌと父方の祖父ドウジュは孫娘の私を溺愛しているのです。私は更に頭から血の気が引いていくのを感じ、言葉を失いました。
「……」
「お前も反省しているし、あのロクデナシに対して未練もないんだよな」
「え、ええ、もう完全に吹っ切れています。彼のそんな惨めな姿を見せられなくても、冷め切っていて何の感情も残っていないわ」
「立ち直ってくれて良かったよ」
「とにかく、お兄さん自身も大変だった時なのに沢山心配を掛けてごめんなさい」
「いや、だから恋人も妹もどっちも大切だから」
兄のそんな照れ隠しの笑顔にほっとします。
「お兄さん、ありがとう。愛しているわ。私も素敵な人に巡り会って幸せになります」
「ああ、そうだな」
私はその後、アレックスさんを職場に訪ねました。
「アレックスさん、お仕事中お邪魔して申し訳ありません。家族に私の妊娠疑惑を言わないでくれてありがとうございました。結局杞憂に終わったことを、その、貴女に報告しておきたかったのです」
「それは……あの時ヴィオレットさんは患者さんだったので、医師として当然ですけれども……」
「我ながら軽率過ぎたなって大いに反省しているところなのです。将来を誓い合った相手でもないのに、自分の身を守ることも考えずに感情に流されてしまって……今回のことで男性を見る目が培われたと思ったらいい勉強になりました」
「そうだったの……」
アレックスさんは何と言って良いか分からないような顔をしています。
「それに……兄が……いえ、何でもないわ。とにかく、私はもう大丈夫です。心機一転、頑張りますから!」
私は思わず兄が元カレにした仕打ちのことを口走りそうになりました。
「はい? とにかく私に出来ることで何かあったらいつでも相談に乗りますよ。診察以外でも何でもよろしいですわ。私もヴィオレットさんにはお世話になっていますしね」
私はアレックスさんに深く頭を下げ、晴れ晴れとした笑顔で診察室を出ました。
ヴィオレット・ミショー二十歳、私が本当の愛を見つけるのはいつになるのでしょうか。
――― 義妹 完 ―――
***ひとこと***
さて、ヴィオレットの最低元カレはケンちゃんとロミちゃんによってしっかりお仕置きされてしまいました。
アントワーヌ君とドウジュはおじいちゃんコンビになってもまだまだ健在のようです。
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