番外編 実父(一)

― 王国歴1066-1076年


― サンレオナール王都、西部ペルティエ領




 私の名前はルイ・ロベルジュといいます。この物語の主人公アレクサンドラ・ポワリエの両親に仕える執事であり、彼女の実の父親です。彼女の兄ルイ=ダニエルも弟サミュエルも三人共、ポワリエ侯爵夫人であるソニアと私の間にできた子供です。


 子供達には皆、十代始めに出生の秘密を教えました。私たちの関係は世間には知られていません。ですから人の目があるところでは私はあくまでも執事として子供達に接しています。それでも家族内で私は三人からそれぞれに頼られ、実の父親として尊重されています。




 元々勉強ができたアレックスは生い立ちを知った後に医学を学ぶと言い出しました。私の母が流行り病で亡くなったことを聞いたことが少なからず影響したようでした。そして貴族学院を優秀な成績を修めて卒業したアレックスは王宮医師として就職しました。


 アレックスは世間知らずのお嬢様にはほど遠くて、幼い頃からかなりませていたところがありました。彼女のそんなところは母親のソニアにそっくりです。育ての父であるベンジャミンも、ソニアも、実の父の私も、若い頃から割と奔放な生活を送っていました。ですから子供達もその点では厳しくせず、自由に育ててきました。


 自立心が強く聡明なアレックスは、男性と付き合ってもあまり上手く行った試しがありませんでした。と言うよりも彼女にはろくな男が寄って来ないのです。私は度々彼女の恋愛相談を受けていました。


「ねえ、ルイ聞いて!」


 アレックスが学院から帰宅して、そう言いながらすぐに私の居る書斎に駆け込んでくるときはたいてい何か打ち明け事がある時でした。


 育ての父ベンよりも、母親のソニアよりも彼女から先に相談されることが実の父親として誇らしかったのです。元々子供達には執事として懐かれていた私でした。


 その後実の父親だと分かってから益々三人に甘えられ頼りにされるようになっていました。悩み事などを相談される度に、あまりお節介過ぎて過保護な父親面をせず、的確なアドバイスをするのには苦労しました。


 私のアレックスはそれでも、ろくでなしの男に盲目的にのめり込んでしまうこともなく、どこか冷めたところもありました。適齢期になっても仕事一筋で、恋愛などしている暇もなさそうな彼女のことが、それはそれで心配でした。




 就職してから数年後、アレックスが急に王宮医師を辞めて医者不足の地方へ赴任すると言い出した時には、私達は親として驚きを隠せませんでした。王宮での安定した職、しかも難関をくぐり抜けて得た職を捨て、西部ペルティエ領の施設で働くと言うのです。


 反対しても、アレックスのことですから自分の意思を貫くに決まっています。それにもう成人した娘を親の意のままに操れるはずもありません。


 アレックスは未知の世界に一人で飛び込む不安よりも、王都の私たち家族と離れてしまうことでかなり迷ったそうでした。


 結局私達は彼女の決断を尊重して涙を飲んで見送ることにしました。彼女は医学を志す貴族なら誰もが目指すと言われる王宮医師の試験にも合格し見事就職できたというのにその職をすぐに手放し、地方で普通医師として再就職するのです。彼女のことですからただの理想論や夢物語ではなく、余程の覚悟があるのだと、私も理解できました。


 私もベンもソニアも本音を言えば、アレックスにはもう少しの間親元で甘えていて欲しかったのです。




 アレックスはなんと一人で荷馬車を御してペルティエ領に行くと言い出しました。それには私もベンも大反対でした。ベンなど、魔術院総裁であるナタニエル・ソンルグレ様にアレックスの用心棒を紹介してもらったくらいです。


 ソンルグレ総裁はアレックスの向かうペルティエの領主と親戚関係にあります。そのつてで信頼出来る青年をペルティエ領から呼び寄せてくれました。その青年とは彼の甥であり、後にアレックスと恋仲になるケネス・ミショー様でした。


 私もアレックスを見送る際にちらりと彼の姿を見ました。ミショー様はソンルグレ総裁やソンルグレ家の皆様には似ていませんでした。彼は少し濃い色の肌に髪の毛の色も割と濃い異国の血を引き継いでいる容貌でした。ペルティエ領ということで納得しました。彼は間者の里の血を引いているのに違いありません。


 私も良くは知りませんが、間者というのは任務には忠実で、雇い主のためなら自らの危険も顧みないらしいと聞いたことがありました。私達の大事な娘を預けるには最適の人選だと言えました。




 そしてアレックスがペルティエ領に発ってすぐ、彼女の移動中に私の魔法石が彼女の危機を知らせてくれました。心配で居ても立っても居られませんでしたが、すぐに付き添いのミショー様からの報告が来たのでほっとしました。


 道中山賊に襲われたけれども無事にペルティエ領に着いたとのことでした。ミショー様が私たちのアレックスを守ってくれたのです。




 それからアレックスが就職してしばらくした頃、私は彼女を訪ねてペルティエ領に向かいました。ベンもソニアも一人で娘に会いに行く私を快く送り出してくれました。彼らはいつも私のことを子供達の実の父親として尊重してくれるのです。私が父親として人前では堂々と振舞えないので、わざわざ子供達と過ごす時間を作ってくれます。


 新天地で一人で頑張っていたアレックスは私を見ると大喜びして抱きついてきました。


「ルイ! 貴方が来てくれるなんて、知らせてくれれば良かったのに!」


 それから二人で街に出て、食事をしながらアレックスの話を聞きました。王都では二人きりで食堂に入るなんてことはまずできません。人の目を気にしなくてもいいからか、私の宿に向かって歩きながらアレックスはなんと私と腕を組んでいます。私がそのことを指摘すると彼女は微笑んで私の頬を指でつついてきました。


「私たち、王都ではこうして並んで一緒に歩くことなんて出来ないもの」


 父親としては役得でしたが、その場面を目撃したある人は心穏やかではなかったようでした。


 翌日、私は午前中に『フロレンスの家』の孤児院を見学させてもらい、午後はベンとソニアにペルティエ領の民芸品をお土産に買いました。夜は仕事が終わったアレックスと宿の食堂で夕食を取り、その後彼女を宿舎に送って行きました。私はすぐに宿に戻りかけたのですが、何かが引っかかったのでアレックスのところへ引き返しました。案の定、彼女の部屋には訪問者が居ました。何だか言い争っているようでした。


「だから不倫ではないって言っているのに、大きなお世話です!」


「パパ活なんてお前がやっているって知ったら、親はどう思うか分かっているのか? 特に親父さんなんて手塩にかけて育てた娘がって嘆き悲しむだろーが! 真っ当な相手と結婚して早く孫の顔を見せてやれよ」


 それは若い男性の声でした。


「余計なお世話よ! 私が嫁き遅れていてずっと結婚しなくても、父親と同じくらいの歳の男性と付き合っていても、誰にも迷惑は掛けていません。兄のところにはもうすぐ赤ちゃんが生まれるから私の親だって孫の顔は見られるのだし」


 話の内容が内容だけに私が踏み込んでいいものか、迷いました。




実父(二)に続く




***ひとこと***

お待たせしました。対決!実の父ルイVS大いに誤解中のケンの巻です。

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