番外編 座談会

― 王国歴1077年 初冬


― 西部ペルティエ領 アレックスとケンの新居




 その日、新婚のアレックスとケンのもとに来客があった。


「まあ、ヴィオレットさん、ロナルドさん、いらっしゃい」


「新婚家庭に急に押し掛けてすみません」


「そんなこと遠慮なさらないでも……さあ寒いでしょう、早く中に入って下さい」


「お邪魔します」


 奥からケンも出てきた。


「何だ、お前ら二人揃って何の用だ?」


「この作品も完結記念の座談会を行うことになったのです。会場はもちろんこちら、二人の愛の巣です!」


「まあ、何を喋らされるのかしら」


「とりあえず皆で座ろうか」




 上着を脱いだヴィオレットとロナルドは居間に通された。


「それにしてもこの家、改めて見ると俺達の家よりもずっと広くてよっぽど良い造りだよなぁ」


 ロナルドは着いた時からきょろきょろと家の構造や床や壁材を点検している。


「当たり前だろ。材木屋なんだから」


「ふふ、ケンが奮発して最高の新居を建てるんだって張り切っていたものね」


「俺達の家も修理改築してくれよ、兄貴」


「そうねぇ、私は台所をもっと広くして欲しいわ」


「お前らなぁ、あの家は俺がほとんど資金を出して建てたんだぞ。今現在の住人で何とかしろ。もう俺は住んでいないしな」




 そこでお茶を淹れていたアレックスが居間に入ってきた。


「ケンに初めて会った時ね、ペルティエ領で家を建てるならミショー建材を宜しくって早速営業されたのよ。けれどその本人にこんな素敵な家を建ててもらって一緒に住むことになるなんて、思ってもみなかったわ」


 アレックスはお茶を出しながら夫との出会いを懐かしんでいる。


「いや、建ててもらったって言ってもさぁ、建築費用は夫婦二人で捻出したじゃないか」


「アレックスさんって、こうしてさりげなくお兄さんを立てるのですよね。男のプライドをくすぐるのがお上手です」


「いやだわ、ヴィオレットさんったら……私、本当のことを言っただけなのに」


「まあ男なんて上手におだてて、いい気にさせておいて操ればいいのですから」


「ほら出たぞ、ヴィーの毒舌!」


「まあ……」


 男性二人は呆れ、アレックスは少々驚いているようである。


「そんな私も自分の恋愛に関しては全然ダメダメなのですけれどもね……さて、気を取り直して座談会を順に進めましょう。お二人に自己紹介をお願いいたします。アレックスさんからどうぞ」


「はい。アレクサンドラ・ミショーです。王都のポワリエ侯爵家の長女として生まれました。実の父は当家の執事、ルイ・ロベルジュなのです。王都では王宮医師として勤めていたのですが、去年思い切ってこのペルティエ領に単身引っ越してきました。ケンと出会って結婚して、この地に本格的に住み着いています」


「アレックスさんはこのようにサラッと出生の秘密をおっしゃっていますけれど、ご家族以外には他に数人しか知らない超マル秘事項なのですよね。それこそ事実がサンレオナール王国の貴族社会に露見すると大騒ぎになるほどの」


「そうなのです。私の両親とルイの三人は奇妙だけれど強い絆で結ばれています」


「俺ももちろん最初は知らなくてさ、しなくてもいい誤解をして……」


「兄貴が荒れて手が付けられなかった、あの時だね」


「おいロン、何でお前が知ってんの?」


「それはもう……俺には隠し事しても無理なんだって。ルイさんに嫉妬して、テクは劣るかもしれないけれどサイズと持久力ならって、豪語したんだってね」


「デカさについてはその時は触れていないぞ。まあそっちも自信はあるが」


「ケンッ! そんなこと堂々と自慢しないでよ、品がないったらありゃしない」


「そうだよな。お前だけが知っていればいいことだもんな」


 アレックスはケンを肘でつついてこれ以上余計なことを言うなと制しているようだ。


「お兄さんもロンもレディーの前でセクハラ発言は控えて下さい。全くもう、うちの男共は!」


「ヴィーは容赦ねぇよなぁ……アレックスさんもだけど……」




「では、お兄さんも自己紹介お願いします」


「自己紹介って何を今更……ケネス・ソンルグレ=ミショー、間者の父と貴族の母の間に生まれてからずっとペルティエ領在住。職業、ミショー建材の経営者。用心棒を頼まれたのがきっかけでアレックスに出会い、今に至る」


「それだけですか? こんな可愛い妹がいることが抜けていますわよ」


「それから、カッコ良くて仕事も出来る弟ロナルド君もいまーす」


「自分で言うな!」


「うふふ……貴方たちはいつも仲良しよね」


「アレックスだって三人兄弟で関係は良好だろう? でもうちみたいに言い合うことはあまりないか」


「我が家は兄のダニエルが威張っていて、何かにつけて私と弟のサムをたしなめることが多いわね」


「ダニエルさんって如何にもお役所仕事をしているエリート貴族って感じなんだよなぁ」


「お兄さん、失礼でしょ」


「真面目で誠実な人だって褒めてんだよ」


「確かに、兄にとって私やサムは危なっかしくて見ていられないこともあるそうです」


「分かる分かる」


「もう、ケンったら」




「さて、次の質問です。お互いへの気持ちを自覚したのはいつですか?」


「私は……そうですね、山賊から私を助けようとしてくれた時はまだそんなに意識していなかったのです。その後、フロレンスの家の宿舎で新生活を始めた私の様子をまめに見に来てくれたり、色々と平民としてペルティエ領サバイバル術を教えてくれたりした頃だったかしら。ケンは私が知り合った初めてのペルティエ領民ですから、彼には鳥の雛の刷り込みだって言われています。けれどそれはケンだったからで……誰でも良かったわけでは……」


 アレックスは少し赤くなって俯いてしまっている。


「兄貴の方は最初からアレックスさんのことが好きで狙っていたってこと?」


「第一印象は気の強そうな女だな、でも顔は結構好みのタイプかも、くらいだった。実際気は強くて、山賊に関節技をきめているしさ。でも決定的だったのは山賊を倒した後、ペルティエ領に向かっている時にいきなりシャツを脱がされて裸にされて……それで俺ドギマギしちゃって……そういう行動力ある女性に弱いんだよね」


「えっ、アレックスさんって大胆!」


「荷馬車プレイ? 揺れて振動するのがイイってか?」


「ちょ、ちょっとケン! 何言っているのよ、二人に大きく誤解されているじゃないの! その時はケンの怪我の治療をしただけですから!」


「その時は、と言うことはお二人は別の機会に荷馬車プレイに及んだことがあるのですね」


「ロン、ナイスなツッコミよ!」


「私、そういう野外や露出っていうのは苦手なの。キスまでね」


「あ、アレックス……」


 今度はケンの方が赤くなって絶句している。


「お兄さんにもアレックスさんには時々こんな感じでたじたじになることがあるのよねー」


「アレックスさん、最高」


「気を取り直して続けましょう。お兄さんは『忍び愛づる姫君』番外編の座談会でシリーズ作初登場を飾りました。赤ん坊の時のことですね」


「ああ、懐かしいな。あの時はまだデュケット先生も現役だったよ。と言っても俺は生まれたばかりで輝かしい初登場については覚えていないんだけど」


「私は前作の『ポワリエ侯爵家のお家騒動』でした。物語の後半からでしたが、出番も結構多くて活躍しました」


「アレックスさんって割と強烈な役柄でしたよね」


「そう言われると言い返せませんわね」


「十代の初めは非常にませていたアレックスも、大人になると普通の常識的な女性に成長したよな。『お家騒動』の頃ほどはじけてはいなかったよ、この物語中では。ただ王宮医師の職を思い切って辞したことだけだね」


「あの頃、王都の『フロレンスの家』で奉仕活動をしていた時はかなり迷いました。今はこうしてペルティエ領でやり甲斐のある仕事が出来て、素敵な旦那さまに愛されて、とても幸せです」


 アレックスがケンを見つめながらそんなことを言うものだから、彼は再び赤くなっている。


「アレックスさんがそうしてお兄さんのことを称賛して尊敬して、お兄さんもそんなアレックスさんのこととても大事にしている、そんな夫婦関係に憧れます」


「そりゃまあな、育った環境が違い過ぎるから、返ってお互いのことを思いやれるところもあるよね」


「ケンの言う通りね。それでも障害があろうがなかろうが、円満な夫婦生活を続けていくことには努力が必要なことは分かっています。これからも日々の幸せを大事にしていきましょうね、ケン」


「ああ、それでも今のところ結婚生活楽しくてしょうがないよ。結婚して良かったって素直に思える。俺は幸せ者だ」


「ケン……」


 新婚夫婦は手を取って見つめ合っている。


「さあ、私たちはそろそろおいとましましょうか」


「新婚さんがラブラブモードに入ったから邪魔者は消えますよ」


 そうしてヴィオレットとロナルドは帰っていくのだった。




     ――― 座談会  完 ―――




***ひとこと***

聞き役はルイや保護者トリオとか迷いましたが、結局ミショー三兄弟で揃えました。親よりも兄弟の方が言い易いことも多いと思ったからです。

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