第十二話 秘密


 ケンは私も彼が欲しいというその言葉に、私の腰と背中に回していた腕を放し、そのまま私を横抱きにして早歩きで別荘の中に入っていきます。


 私を抱えているというのに彼は軽々と階段を上り、主寝室の寝台にそっと私を降ろしました。その後は二人とも無我夢中でお互いを貪るように愛を交わしました。




 ケンの逞しい胸の中に居る、彼の温もりに包まれている、私はそれだけで満足でした。情事の後、こんなに満たされた気持ちになれるだなんて、今までになかったことです。少し枯れかけていた花が水分を得て生き返ったような感じでした。


 何度も何度も口づけては肌を重ね、気付いたら外は真っ暗になっていました。ケンが私の乱れた髪を撫でながら優しく微笑んでいます。


「流石に腹減ったか? 何か作るよ」


「お腹はそんなに空いていないわ。貴方が別の意味で私の全身を満たしてくれたから。けれど喉は乾いたわね。それにキスのし過ぎで唇が腫れぼったいというか……」


 私の愛しい人はクスクスと笑いだしました。


「それでも腹ごしらえをしないとな、今晩もたないぞ」


「ねえ、それってどういう意味よ?」


「そのまんまの意味。さ、下に降りるぞ」


 ケンはズボンを履いただけで立ち上がり、私にバスローブを持ってきてくれました。私にバスローブ姿で部屋の外に出る習慣はありません。けれどよく考えてみれば、ここには私とケンの二人きりで、誰にも見とがめられないのです。


 私はそんな解放感にあらがえず、そのローブを羽織っただけの姿でケンと手を繋いで下の台所に向かいました。


「実はあまり凝ったものを作ろうとは思っていなかったんだ。干し肉でいいか?」


「ええ、何でもいいわ」


 そうは言ってもケンは簡単な野菜のスープまで作ってくれました。まず葡萄酒で乾杯をしました。


「俺達の関係の始まりに」


 グラスを掲げたケンは至極真面目な顔つきでそう言いました。


「ええ。それに私たちの健康、無病息災に」


「ははは、流石アレクサンドラ・ポワリエ医師。乾杯も言うことが違うな」


 ケンはすぐに普段のおどけた表情に戻りました。




 食事の後は一緒に湯を浴び、そして寝室に戻り、再びお互いを求め合い、二人抱き合って眠りについたのは明け方近くになっていました。


「愛している、アレックス」


 彼は私の耳元で何度もそうささやいてくれました。


「私もよ、ケン。貴方を愛しているわ」




 翌朝目が覚めた時にはもう日も高く昇っていました。


「ケン?」


 彼の姿がないと思ったらすぐに足音が聞こえました。


「お早う、アレックス」


 階下から水差しとコップを持ってきてくれた彼は素っ裸のままでした。彼の笑顔が眩しくて、裸の体を直視できなくて、私は布団の中に隠れました。


「や、やだ……ケンったら、そんな姿でうろつかないで。何か着てよ……」


「他に誰もいないし、お互いの裸なんて昨日から散々見ているじゃないか」


「それはそうだけども、だって……」


 私はバスローブを羽織っただけで家の中を歩くのにもまだ少し抵抗があるのです。


「しょうがねぇなぁ……」


 それからちゃんと服を着たケンが朝食兼昼食を作ってくれて、それを二人で食べながら私は家族の話を彼にしました。というのもケンに聞かれたからです。


「なあ、もう教えてくれてもいいだろ? お前とあのロベルジュさんってどういう関係? お嬢様とただの執事だなんてしらばっくれるなよ」


「ルイは……私の本当の父親なの」


「ああ、やっぱりそうだったのか……お前の両親は黒髪なのにお前は割に明るい茶髪だから少し不思議だったんだよな。これでやっとお前たちの親しさの意味が分かった」


「良くそんな細かい所を見ていたわね。私がペルティエに旅立つその朝、見送りに出てきた両親にも初めて会って挨拶しただけでしょ?」


「いや、まあね……」




***




 ケンに告げた通り、私は少々複雑な家庭環境に育ちました。実は十二の歳までは両親と兄と弟のごくごく普通の幸せな五人家族だと思っていたのです。


 十二歳で私たち兄弟の出生に関する真実を両親から知らされた時からは、普通とは違うけれど今までよりももっと幸せな家庭になりました。


 本当の父ルイに私は憧れてやまないのです。書類上の父ベンジャミンも承知の上で、母とルイとの間に私たち兄弟は生まれました。


 もちろんそんな事情、ルイが私の父であることは世間には知られていないし、知られてもいけないのです。


 ルイは私たち三人が生まれた時からずっと陰ながら私と兄弟の側で見守っていてくれました。兄から私は正真正銘のファザコンと言われています。そういう兄も弟も実は私と同じでルイが大好きなのです。


 もちろん育ての父親ベンジャミンのこともルイと同じように愛しています。けれど私達兄弟三人のルイに対する感情は一言では言い表せません。


 両親に対して反抗心が目覚める年頃に、急にルイが本当の父親なのだと言われた兄は、かなり荒れました。彼は葛藤を乗り越えるために丸一日以上部屋に閉じこもっていました。


 私は真実を聞かされた時に妙に納得出来ました。というのも私は薄々と両親とルイの間にある何かを感じていたからです。今までずっとあった違和感の謎が解けた感じでした。


 弟のサミュエルも柔軟に物事を考えられる性格で、十二の歳で秘密を知った時には喜んでいました。彼はそれこそルイに抱きつかんばかりの勢いでした。




***




「ロベルジュさんがお前を訪ねて来た時、街の食堂でお前と二人きりで食事中だったのを見かけたんだよ。それからロベルジュさんの宿屋に寄ったよな? 腕を組んで寄り添って歩いていたからどう見ても恋人同士にしか見えなかった」


「えっと……それは貴方に誤解されてもしょうがなかったわね……だって私ルイと街の中を堂々と一緒に歩けるのが嬉しくて。だって王都ではどうしても侯爵令嬢とその家の執事という関係なのですもの」


「二人で宿屋の部屋に入っていっただろ? すっかり頭に血が上ってしまってさ、俺」


「ケン、嫉妬したの? あの時はルイに生もののお土産を渡されただけで、私はすぐに宿舎に帰ったのよ」


「ああ。嫉妬で何も見えなくなっていて、お前にもロベルジュさんにも色々とみっともないことをまくし立てたよな」


「そう言えば彼に比べると貴方の方がずっと若いから何とかって言っていたわね」


「ロベルジュさんがお前の実の父親だったら彼と比べる必要もなかったんだな。なあそれでも、長持ち度とスタミナは自信あるし。俺、それを証明できたか?」


「そうねえ、ギリギリ合格圏内かしら?」


「ア、アレックスちゃん……」


「冗談よ。私、色々知識だけで経験はあまりないから良く分からないわ」


「俺、マジでドギマギしてしまった……」




 楽しかった別荘滞在はあっという間に終わり、ペルティエの街へ戻る時間になりました。


「ケン、素敵な時間をありがとう」


「また一緒に来ような。冬は湖がしっかり凍っていればスケートが出来るし、夏は泳げる」


「ええ」


 ペルティエの街に着くまでの道中、私は幸福感に満たされていました。




***ひとこと***

おっ、ここにも全裸で家の中を歩き回る人が一名。ジェレミーやナタニエルもそうでした。というのもケンは……

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