第十話 進展


「そろそろ行くぞ、アレックス……」


 乗合馬車の停留所で、ルイの乗った馬車が見えなくなってもたたずんでいた私はしびれを切らしたケンに促されます。


「え、ええ……」


 二人並んで、私の宿舎に着くまでずっと無言でした。


「なあ、アレックス……」


「あの……」


「ちょっと話がしたい」


「私も……そこの、中庭でもいい?」


 秋は段々深まってきたとはいえ、まだ風の気持ち良い季節でした。それに、宿舎の玄関のところにある待合室には他に人が居るとゆっくり話も出来ません。かと言って私の部屋でケンと二人きりになることも躊躇ためらわれました。


「いいよ」


 私たち二人は中庭の隅にあるベンチに座りました。患者さんや職員がお昼を食べたり散歩したりしています。


「昨晩は悪かったな。あの人について散々酷いことをまくし立てた」


「私じゃなくてルイに謝りなさいよ」


「もう謝ったよ。彼には俺の気持ちも良く分かるって言われた」


「ルイは昨晩貴方が私に言っていたことを全部聞いていたのかしら……」


「途中からだってさ。俺も頭に血が上っていて、外の彼の気配にずっと気付かなかった」


 普通だったら壁の向こうの人の気配など気付かないものです。


「彼の様子からは侮辱されて怒っているようでもなかったけれど……」


「ああ、笑って水に流してくれた。俺は……お前にも酷いことばかり言ったな、すまなかった」


「もういいのよ。貴方にはしっかり誤解されてしまったけれど、私とルイは恋愛関係ではないわ」


「ああ、彼もさ、神に誓ってそれはないって」


「あのルイが神に誓うだなんて……信心のかけらもないのに、彼」


「ロベルジュさんも同じこと言ってたよ。この信心深くない私が神に誓うということはよっぽどのことですからとかなんとか……」


 私はケンのその言葉に笑ってしまいました。そしてしばらく二人の間に沈黙が流れました。


「ケン、私たち仲直りできたのよね。また……友達として仲良くしてくれる?」


「それは出来ない」


 私はこの見知らぬ地で初めて出来た友人を失うのでしょうか。


「そんな、ケン……」


 ケンは私の方を向いて私の両手をしっかりと握りました。


「俺はお前に友達以上の感情を抱いているから」


「えっと、それって……」


「お前のことが好きだ」


「ケン……」


 私も、と言おうとしたその口を彼のそれで塞がれてしまいました。


「こんなところで……恥ずかしいわ……」


 私はそっと彼の胸を押し返します。


「今日は俺の馬、いないぜ」


「けれど……庭に出ている患者さんとか……だから……」


「今この状態でお前の部屋に通されたら即襲ってしまいそうだから……お前が心の準備が出来るまで我慢するよ。でも、本音を言わせてもらうと、辛抱するのは結構大変だ。お前が魅力的すぎるのが良くない」


「もうケンったら……分かったわ。あの……ありがとう」


「今度の休みはいつだ? ラプラントの街に行ったことあるか? まだだったら案内するよ」


「行ってみたいわ。ペルティエの街よりずっと大きいのでしょう?」


 そうして次の休みに一緒に出掛ける約束をした後、ケンは私の唇に一瞬口付けて帰っていきました。




 約束の朝、早く迎えに来てくれたケンの荷馬車に乗って私達はラプラント領に向かいました。


 私たちの関係は今までとは少し違います。その証拠にケンの笑顔がとても眩しくて、彼に見つめられると私は心臓がドキドキすると同時にほんわかと温かい気持ちになるのです。


 街を抜けて野原に出ると隣で手綱を握っているケンは私の方に寄り、肩に手を回されました。


「ケン、今日は歌わないの?」


「だってお前に音痴って言われたからさ……」


「いえ、それは本気ではなかったのよ。私、あの日は少し両親の過保護ぶりに対して不満があったから……最初は貴方に対して不快な態度で接してしまったわよね。ごめんなさい。けれど実際山賊に遭ってしまったわけだから、貴方が同行してくれていなかったらどうなっていたかと思うと身震いが止まらないわ……」


 最初はケンのことをがさつで無神経な人だとばかり思っていた私です。けれど彼が頼りになって信頼出来る人だということはすぐに分かりました。


「俺にしてみればさ、お前にも会えて、それから少しでも役に立てて良かったよ」


「少しだけじゃないわよ……」


 しばらく二人の間に沈黙が流れました。そしてケンはいきなり歌い出します。


「南部港で愛さ~れて♪ ペルセの埠頭で虹を見て、ボションの街で酔わされて♪」


 ラプラントの街に着くまで二人ぴったりと寄り添って行きました。まだ寒くはなく、少し涼しいだけで過ごしやすい季節でした。けれどケンの温もりは私に多大な安心感を与えてくれました。




 私はケンに案内されてラプラントの市場を回り、二人で食事をして楽しい時間を過ごしました。


「賑やかなところね」


「ああ、ペルティエからそう遠くないし、良く買出しに来るんだよ。知り合いに会うこともあまりない。街が広いからだろうな」


「そうね、ペルティエよりもずっと賑わっているわね」


「この地で取引されている木材も時々視察したりね。やっぱり自分の街とは市場の規模から違うし需要も大きいから参考になる」


「今日は仕事しなくてもいいの?」


「休みの日にお前とデート中、俺が木目が切り口がとか言い出してもつまらないだろ?」


「ふふふ」


 私たちは人目も気にせず、手を繋いだり腕を組んだりしていました。時々ケンに軽くキスまでされました。


 帰りには馬車の上でケンが何度も熱く口付けてくるので、私もそれに応えるのに夢中でした。気付いたら馬車が止まっていたこともありました。


「もう、ケンったら!」


「ごめん、つい……」


 慌てて馬車を再び走らせるケンでした。その後は機嫌の良いケンの歌に私も一緒につられて歌いながら帰路に就きました。


「木材いろいろ♪ 太さも~いろいろ 値段だってい~ろいろ 取り揃える~の~♪」


「街の灯りがとても綺麗ねペルティエ♪ イエローライトペル~ティエ♪」


 流石にペルティエの街に近くなると人の目が気になるので私たちは少し離れました。




「なあアレックス、二日連続で休み取れるか?」


 ケンが私を宿舎に送ってくれて、帰り際にそう聞いてきます。


「ええ、来月の始めは休みが二日入っているけれど、どうして?」


「もし良かったら一緒に北部の湖畔に泊りがけで出掛けないか? 見事な紅葉が見られるよ」


 一泊二日の小旅行に私を誘うということは、ケンは私と深い関係になりたいという意味です。少し返事を躊躇ためらってしまいました。


「ケン……」


「いや、別に、まだそんな気になれないなら、いいんだよ。それにお前は貴族だから、その、そういう関係になるのは駄目って言うのなら、はっきり断ってくれ。俺は全然構わない、いや少しは気にするけれど……いややっぱり大いに落ち込むかも……」


「貴方と……行きたいわ、ケン。それに私、貴族令嬢としては型破りな生き方をしているから……」


「本当か? ああ、良かった。じゃあ計画立てておくから。楽しみだ!」


 破顔して私を軽く抱きしめるケンのことがこれ以上なく愛しく感じられました。


「私も楽しみよ」




***ひとこと***

誤解も解けたようで、進展どころか大大進展です。手繋ぎデートに、なんと次回は嬉し恥ずかし婚前旅行!

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