第36話 文化祭 1
文化祭当日、俺はいつもより早く家を出た。少し家を出た時間が違うだけで電車の中の混みようはだいぶ違う。いつもは座るスペースすらほとんどないのに今日は余裕で座ることができる。朝7時前の電車は遅く起きる俺には少しつらい時間なのだが、仮装のメイクの時間を多く取りたいということで昨日の夜に連絡が回って来た。仮装するメンバーが全員早く行くと返事をしたのに俺だけ行かないとはさすがに言えなかった。
その旨を純恋にはすぐに伝え、今日は待ち合わせをしないことにした。最初は「私も早く起きて行く」と言っていたが、用事もないのに早く行って待たせるのも悪いと思い、彼女の提案には乗らんなかった。
席に座り、手で口元を覆いながら大きなあくびをする。すると横から声を掛けられた。
「おはよう、眠そうだな」
あくびが収まると前を見る。前では揺れる電車で倒れないようにつり革を持って立っているクラスの女の子がいた。
「おはよう、朝は苦手なんだ」
「そうなんだ、横いい?」
俺は頷くと彼女はそっと横に腰を下ろした。自分の鞄を膝上に置くと彼女と目が合う。
「ごめんね、こんな早くに学校に来させて」
「いいよ、別に」
とは言いつつも再びあくびが自然と出てしまう。早く学校に来てほしいと提案したのは彼女を含め女子四人のメイク担当の人たち。メイクに時間が掛かるからということらしい。メイクをするのは四人、この四人はクラスでメイクが得意と言われている人たちがそろっているらしい。しかし当の彼女たちはほとんどメイクをしておらず、逆にどこをメイクしているのか聞きたいぐらい控えめなのだ。
横に座る彼女はあくびを繰り返す俺を見ながら頬を緩めた。
「眠い?寝ててもいいよ。着いたら起こすから・・・と言ってもすぐに起こすことになると思うけど」
「いいや、起きておく。それより俺のメイクってどんな感じにするの?」
準備期間中、一度もメイクをしての仮装はしていなかったのでどんな感じになるのか気になっていた。
彼女はカバンから自分のスマホを取り出すと一枚の写真を俺に見せた。
「こんな感じにしようと思うんだけど、どうかな?」
写真の吸血鬼は顔が肌色で目の周りが黒く、口には尖った牙がむき出しになったいる。
「顔の色って白くなくていいの?」
よくイメージされる吸血像との違いを彼女に言うと彼女は自分のスマホを見ながらう~ん、と唸った。
「私も最初はそうしようと思ったんだけど、顔全体を白くするためのメイク道具なんて使わないから持ってないし、ほかのみんなに聞いてもないって言うからそのままでいいやって。それに吸血鬼のコスプレの写真をいくつか見たんだけど、ほとんどが肌色のままだったから」
「へ~、最近は白じゃないんだ」
小さいころから吸血鬼は体の色が白に近いと思っていたので、時代の変化を感じる。それに肌色の方がどちらかと言うと吸血鬼になるには適している気がする。純恋も彼女のお父さんも決して白い肌ではないのだから。
「メイクってどれぐらいかかるの?」
「そう~だな・・・このメイクならそんなにかからないと思う。目の周りの黒いところを均等にしたり、牙を取り付けるだけだから。かかっても10分ぐらいかな」
「なら早く来なくてもよかったような・・・」
「あ!そうかも」
彼女にそう言われて苦笑いが出てしまう。しかし彼女はスマホの画面を見ながら話を続ける。
「宮岡くんはどう思う?」
「なにを?」
「この吸血鬼のメイク、血があった方がいいと思う?」
彼女は再びスマホの画面を見せて来る。そこにはさっきとは違う顔や服に血が付いた吸血鬼のコスプレの写真が出ていた。その写真は人を噛んだ後と言われなくてもわかるようなものだった。
「私たちの出し物ってお化け屋敷だし、こういったメイクの方がいいのかなって画像検索しながら今思ったんだけど」
「血を演出するための道具ってあるの?」
「あると思う、ゾンビのメイクに使うって言ってたから」
写真を見ながら暗い部屋で脅かされることを想像するとかなり怖いことが容易にわかる。お化けに対して怖いと思わない人と、脅かされてされても動じない人以外は何らかの反応をしてくれるだろう。血の付いていない吸血鬼で驚かすよりはついていた方が本格的な気がする。
「なら、やってみてもいいね。どうせやるなら本格的に」
買い出し中に小野鬼さんが言っていた言葉と似た言葉が自然と口から出た。やはりやるからには本格的に、楽しくやりたい。
「うん、時間かかると思うけど任せて」
彼女はスマホの電源を切りながら頼もしい返事をした。
クラスメイトと文化祭のことを話ながら教室に着くとすでに数人が来ていた。それから少しいて仮装する人とメイクする人が全員揃うと早速メイクを始めた。メイクは全員が終わるまで1時間以上かかった。俺も少なくても30分は椅子に座っておとなしくしていた。
メイクをしてもらうのはこれが初めて、さっきまで話していた彼女の顔が近くに来るとドキドキしてしまうが、彼女はとても真剣に俺の顔にメイクをしていった。
終わって鏡を見せてもらったときは映っている人が自分とは思えなかった。目の周りや牙はさっき見せてもらったものとほとんど変わらないが、顔の周りに飛び散った赤い血が怖さを引き出している。
「どう?怖いでしょう」
彼女はこのメイクにとても満足がいっているらしい。俺もここまでとは思いもしなかった。幼稚園児の前に出ると泣かれるのではないかと心配になるメイクには俺は驚きの声しか出なかった。
「・・・すごい」
「ならよかった」
メイクを終えた俺は同じくメイクを終えたみんなと顔を合わせて笑った。男子はとことん怖く、女子は怖さのなかに可愛さを含んでいる。メイクをした四人は皆が満足気の顔をしている。
そのあとはクラスの全員の前でコスプレをした状態で登場し、みんなが関心の声を漏らしていた。教室に来た担任を脅かす計画がその場で組まれ、数人で教室に来た担任を脅かした。担任は尻餅はつかなかったものの、後ろにのけ反るくらいにはびっくりしていた。
そんなハイテンションのまま、校内に文化祭の開始を知らせる放送が鳴った。
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