第13話 帰ってからの二人

 家に帰ったあと、俺はベットの上に寝転んだ。窓から見える空はまだ明るく、白い天井がよく見える。家にはまだ誰も居らず、外から聞こえる車の音や犬の鳴き声が聴こえてくる。


 俺は鬼条さんと付き合うことになった。


 正直実感は湧いて来ない。あれは夢だったんじゃないか、今でもそう思う。


 本当ならもっといい感じのムードを作って、そこで告白する方が良かったのでは?と終わった後に思う。


 でも唐突にどうしても言いたくなった。振られてもいいから伝えたいと思った。あの時俺はどんな顔をして彼女に伝えたのかわからない。


 彼女は今なにをしているのだろう、駅で別れてから数時間しか経っていない彼女のことが気になった。




「ただいま」


 見慣れた大きな家の玄関で靴を脱ぐ。その靴をいつものように右端に置くとリビングにいたお母さんが廊下の方に顔を出した。


「お帰り、どうだった?」


 お母さんが何に対して聞いているのか察すると私は少し恥ずかしくなりながらも答える。


「美味しいって、言ってくれた」


「そう、それはよかったね・・・?」


 お母さんは私の顔を見ながら首を傾げた。


「ほかに何かいいことでもあった?」


「どうして?」


 聞くとお母さんは口角を上げながら嬉しそうに私に言った。


「女の感、よ」


 そう言うとお母さんはリビングの方に姿を消した。私は一度自分の部屋に戻るとカバンからサンドイッチを入れていたプラスチックケースを取り出すと一階に降りた。


 リビングに入るとお母さんがキッチンでコーヒーを入れていた。部屋中にはコーヒーの香りが漂っている。


「今日ね、買い物に行ったときにおいしそうなクッキーを売ってたからつい買っちゃた。純恋も食べるでしょう?」


「うん」


「飲み物はコーヒーでいい?」


 私が頷くとお母さんは食器棚から私がよく使う白地に四葉のクローバーが描かれたコーヒーカップを取り出すとインスタントコーヒーの粉を入れてお湯を注いだ。


 それを見届けながら食卓を囲むテーブルのいつも座っている場所に腰を下ろした。お母さんもトレーにコップ二つと平皿に盛ったクッキーを持って私の向かい側に座った。


「ミルクと砂糖は自分で入れてね」


「わかった」


 トレーの中に入っていたミルクと角砂糖を二つほど入れてかき混ぜる。お母さんはミルクだけを入れると熱いコーヒーに息を数回吹きかけると一口飲んだ。


「それで~、宮岡くんとは何があったのかな~?」


 お母さんはニコッと笑いながら聞いてくる。その顔は恋バナをしているときの友達にとても似ている。


 お母さんに嘘をついてもダメなような気がして、私は素直に答えることにした。


「えっとね・・・宮岡くんにね、告白された」


「キャー、青春ね」


 お母さんは頬に手を当てながら顔を左右に激しく振っている。


「で、で、なんて返事したの?なんとなくわかってるけど」


「ならいいじゃない」


「やっぱり本人の口から聞きたいな」


「・・・OKしたよ」


 目を逸らして言った。口にすると数時間経った今でも恥ずかしくなって顔が熱くなる。


「よかったね、告白してもらって」


「うん・・・」


「アタックばっかりして、全然告白する様子がないからどうするのかな~って思ってたんだけど、そっか、あっちからしてきたんだ」


 お母さんはよりいっそ笑顔になる。


「それで、もうキスとかはしちゃった?」


「ま、まだだよ!今日告白されたのに」


「え~!?そこまでしてきたんだとばかり思ったのに」


 私は言葉に困り、目の前に置いていたコーヒーカップに口をつける。


「そういえば、お父さんとお母さんってどうやって出会ったの?」


「どうしたの急に?」


「今まで聞いたことなかったなって思って」


 彼に会うまで恋なんて無縁に思っていた私は、自分の両親の出会いにすら興味はなかった。けど今は気になってしょうがない。私たちのこれからにとても参考になることがあると思ったから。吸血鬼と人間の恋愛に。


「そうね、お父さんとの出会いは大学生徒の時だったな」


 お母さんはコーヒーカップから出ている湯気を見ながら話し始めた。


「お母さんとお父さんは同じ学校だったけど、学年も専門も違ってね、関わりなんて何一つなかったのよ」


 お母さんは皿に盛られたクッキーを一つつまむと口に運んだ。私も同じようにクッキーを手に取る。


「それでね、ある日お母さんの友達から合コンに行かないかって誘われたの。本当は人数が集まっていたんだけど、一人が合コンの日の前に告白されて、それにOKしちゃって。人数合わせだからって言われて。そのときはお母さんも彼氏とかいなかったからその誘いにOKしちゃったの」


「そこでお父さんと?」


「ううん」


 お母さんは首を左右にゆっくり振った。今の話の流れだとその合コンにお父さんがいて、意気投合して付き合うことになったのではと思った私の考えは違ったらしい。お母さんはさらに話を続ける。


「確かに合コンに集まっていた男性陣はとてもかっこよかったよ。お父さんよりもね」


「お父さんかわいそう」


「いいじゃない、結局はお父さんと結婚したんだから。でね、その合コンが終わってからお母さんすぐに帰ることにしたの。友達は誰かしら捕まえて二人で二次会に行くって言ってそこで別れたの。それで電車に乗って家に向かっているとき、お母さん痴漢にあったの」


「痴漢!?」


「うん、年配のおじさんだった。今でも覚えているよ。上下こげ茶色のスーツを着た髪の毛の薄いおじさん。時間的には人は少ない方だったんだけど、席は全部埋まっていてね、座れないから仕方なく扉の前に立っていたの。そしたらそのおじさんがいろいろ場所は空いているのに私の後ろに来てね、お尻を撫でられたの」


「その人最低!助けは呼んだ?」


「呼べなかったの。恐怖もあったし、何より相手を刺激したらどうなるかわからなかったから。あの時は体全身が震えてた。そんなときに後ろから大きな音のシャッター音がしたの」


「シャッター音?」


 なんでシャッター音がしたのかわからなくて首を傾げる。お母さんは左側にある外の窓に目を向けた。


「うん、私の痴漢をされているところを後ろからね。男は私のお尻から手を放すと走って別の号車に行ってしまったの。そのシャッター音をさせたのがお父さんだったの」


「お父さん、もっとかっこいい助け方できなかったのかな?」


「例えば?」


 お母さんに聞かれ少し考える。


「・・・その男の手をつかんでその場で押さえる、とか?」


「当時のお父さんにそうされたら、私即告白だったかもな~」


「で、そのあとどうなったの?」


 お母さんの想像のお父さんは私にはわからないけど、私は話の続きが気になって仕方なかった。


「うん、お礼を言ったらお父さんすぐ次の駅で落りちゃって。でも大学の廊下を友達と話しながら歩いているときにお父さんが友達と話しながら歩いてきたの。私ね、すぐに駆け出してお父さんにお礼言いに行ったの。そこでお礼がしたいって一緒に食事に誘って、それから何回か誘って、告白したの」


「お母さんからしたの?」


「そうよ」


「なんか以外」


 お母さんはコーヒーを飲み終えたようで、空になったコーヒーカップを持ってキッチンに向かった。


「それほどお父さんが好きだったのよ」


 お母さんは恥ずかしそうに頬を染めながら笑顔を見せた。


「でもね、振られたの」


 さっきまでの話の流れからは想像もしていない言葉が耳に届く。


「デートの帰りにね、近くの人気のない公園でお父さんに言われたの。君とは付き合えないって。すごいショックだった。理由を聞いても教えてくれなくて。お父さんはそのあとすぐに公園を出て行ったの。でもね、あきらめられなかったの。だからお父さんを追いかけたの。そしたらお父さんが倒れてて」


「吸血症状・・・」


 私はすぐにその言葉が出てきた。自分もそうだったから。


「お父さんね、そのときはもう両目が赤かったの。私の顔を見て「逃げろ!」って大声で言われたわ。でも苦しそうなお父さんを見てたら逃げられなくて。そのままお父さんに首筋を噛まれたの。そのあとお父さんに吸血鬼だって聞かされたの」


「・・・言えないよね、自分が吸血鬼なんだって、ほかの人と違うんだって」


 自分がそうだから、お父さんもそうだったんだと思う。ほかの人に自分の正体を口にするのはとても怖い。いじめ・・・そんなものでは済まないことだってあるかもしれない。今仲良くしている友達だって私の正体を知ってら、きっと・・・。


「聞かされたときは本当に驚いたよ。そこら辺を歩いている人と同じ人間だと思っていたもの。でもね、そんなことでお父さんを嫌いにはなれなかった。だってお父さんの優しさとかいろんなところが好きだったから。だから私はそれでもいいって言って、少し強引にお父さんと付き合うことになって、今があるの」


「お母さんって結構グイグイいく人だったんだね、知らなかった」


「女の子は恋をすると狼にすらなるのよ」


 お母さんは夕食の準備をするようで包丁を手に自慢げに言った。


「そんなものなのかな?」


 私は冷えてしまったコーヒーを口にしながら呟いた。







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