第14話 デートの約束
夏休みが始まって三日が経った。外はより暑さを増し、セミの声は車の音より耳障りになっていった。
「どうしようかな?」
俺は勉強机に置いたスマホを見ながら考えていた。実は鬼条さんと付き合ってからまだ一度も会っていないのだ。俺から連絡をする用事もなく、また彼女からの連絡もないまま、三日が過ぎてしまった。しかも今日はもう夜になっている。
「よし!」
さすがにこのままではいけないと思い、LINEで彼女のアイコンにタッチして電話を掛けた。変に緊張して手汗が出てくる。メッセージでもよかったのでは、と耳にスマホを当てながら思ったがもう遅かった。短いコールの後少し上ずった声が耳に届く。
「は、はい」
「もしもし鬼条さん、久しぶり」
「お久しぶりです!」
彼女は緊張でもしているのか敬語が出ていた。その言葉遣いが懐かしくてクスッと笑ってしまう。
「どうかしましたか?」
「ふふ、敬語になってるなって思って」
「へ!?あ!・・・」
彼女も気付いたようでスピーカー越しにクスクスと笑う声が聞こえる。
「本当だね、なんだか久しぶりに使ったかも」
「俺も久しぶりに聞いたよ、出会った頃の鬼条さんが懐かしいな」
二人で笑いあう。さっきまでの緊張はもうどこにもない。掻いていた手汗も知らないうちに渇いていた。
「それでどうしたの?」
彼女は電話をしてきた理由を聞いてくる。でも理由なんてない。ただ・・・。
「声が聴きたくなって」
「・・・そうなんだ、私も聞きたかったよ、宮岡くんの声」
口にした時よりも言われた方が恥ずかしくなる。彼女には見えないが顔が赤くなっているのが自分でもわかるぐらい顔が熱い。
でも恥ずかしがっている場合ではない。せっかく電話したんだから話がしたい。
「鬼条さんはこの三日間何してた?」
「家のことと、あと宿題をすこし」
「少しってどれぐらい?」
「数学と英語は終わったかな」
それって少しって言うのだろうか?俺みたいに数学40ページ中15ページぐらいまでを言うんじゃないかな?
鬼条さんと俺の少しには大きな差があることを実感した。テスト勉強しているときも家では少ししかしていないって言ってたけど、5、6時間していそうだな。
「俺なんて全然やってないよ」
「わからないことあったら言って。教えてあげるから」
「ありがとう。それとさ」
「なに?」
「明日デートしない?」
「・・・」
鬼条さんの声が急に聞こえなくなった。とっさに思ったことを提案したのが悪かったのではないと後悔する。彼女の用事も考えず急に言って。
「ごめん、やっぱり・・・」
「いく」
提案をなかったことにしようとしたとき、ようやく彼女の声が聞けてきた。
「私、行きたい。宮岡くんとどこか行きたい」
「じゃ、じゅあどこか行きたいところとかない?」
「・・・水族館」
水族館か、小学生の時に一度家族で行ったっきりずいぶんと御無沙汰だった。夏休みだしそういった普段行かないような所に行くのもいいな。
「よし行こうか、水族館」
「いいの?」
「いいも何も、鬼条さん行きたいんでしょう?」
「・・・うん」
「なら行こうよ。集合は電車の中でいい?時間はこっちで調べてから伝える」
「わかった」
「じゃあ、また明日」
「うん、また明日」
スマホを耳から離して赤いボタンを押す。画面には通話時間20分と表示された。そんなに長々と話していたつもりはなかったのだが。
ホーム画面に戻ると検索アプリで電車の時間を調べる。水族館は彼女の住んでいる町の方向にあるので先に俺が電車に乗ってあとから彼女が乗るかんじになる。水族館のある町までは乗り換えなしで行けるが到着まで50分かかるらしい。車で行った時って何分かかったんだろう?
電車の時刻表を見て遅すぎず、早すぎずと考えると9時25分の電車がいいような気がした。そう決まると彼女にラインで俺の乗る時間を伝えた。メッセージはすぐに既読になり、帽子をかぶった茶色のウサギが敬礼をしたスタンプが送られてきた。それを確認するとすまほを机に置いてクローゼットを開けた。
「明日、何着て行こう?」
腕を組んで自分の持っている服を眺め始めた。
「デート」
ベットの上で大の字になりながら天井を見上げている。今自分がどんな顔をしているのかわからない。もしかしたら今まで見たことのないゆるっゆるに緩んだ顔をしているかもしれない。
電話が来たときは少しうとうとしていた。時間は別に遅くはなくまだ八時。良い子ですらまだ寝ていない時間。でもベットで寝転んでいたら自然と眠気に襲われていた。
そんなときに電話が来た。
電話に出ないと、とだけ思っていたので何を話そうか全く整理がついていなかった。だから癖になっていた敬語が出たと言われたときあ!って声が出てしまった。
彼と少し話した後、彼がなんで電話してきたのか気になった。要件ならメッセージでもよかったのにって思ったから。でも彼は意外な言葉を口にした。
「声が聴きたくなって」
その言葉を聞いた途端顔が一気に熱を持った。告白されたときと同じくらいに。
彼の言葉に動揺しながらも私も彼に本音をぶつけることにした。だって私だけこんなに恥ずかしくなるなんて不幸平だから。
彼の恥ずかしくなったのか、ほんの少し沈黙があった。
それからいつものような会話をして彼の口からデートと出てきた時は心臓が飛び出るのではと思ってしまった。彼に行きたい場所を聞かれたとき部屋中を見渡した。何かアイデアは~と探したとき、部屋に置いていた魚のキーホルダーが目に入った。小さいころに買ってもらったキーホルダー。今はカバンとかに付けずに部屋に飾っている。
昔行った水族館の思い出が懐かしい。だから今度は彼との思い出も作りたいと思った。
彼から電車の時間が送られてきて、ようやくデートするんだと実感が湧いてくる。心臓の音がまだ収まらない。ドクンドクンと速く鳴っている。
「明日どんなデートになるんだろう」
頭の上に置かれた枕を抱きしめながら明日のデートの想像をした。
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