第12話 気持ち

 あの日以降水曜日と金曜日に勉強に付き合ってもらった。彼女の教え方はとても分かりやすく、先生の授業の何倍も理解出来た。多分鬼条さんが教えてくれたからってのが大きいような気もするけど。


 テスト当日は鬼条さんに会うことはなかった。空き時間も教科書やノートを開けて教えてもらったことを復讐した。


 その成果が出たのか終業式の日に貼り出されたテストの順位は上がっていた。一つ二つでも嬉しかったのに中の上にまで名を上げる事が出来た。彼女は相変わらず一番上に名を連ねていた。


「まだ鬼条さんに負けた」


 順位の掲示板を見ていると横で一番上を見ながら悔しそうにしている生徒がいた。眼鏡をつけたいかにもガリ勉って感じの生徒が悔しそうに眼鏡の縁を持って手を震わせていた。


 一方の彼女はというと、いつも見かけるメンバーと順位を見ながら話していた。彼女の方を見ていた俺に気づいたのか彼女は目が合うと笑顔を見せた。それに釣られて俺も頬を緩めた。


 テストの順位も見終わったので俺は一旦教室に戻るとカバンを持って昇降口に向かった。今日は午前中だけで終わったので購買は当然開いておらず、昼食も持って来る必要もなかったので今はとてもお腹が空いている。


 早く帰ってご飯食べよう。


 そう思いながら下駄箱に靴を入れたときスマホが鳴った。音楽が短かったからメールかLINEだろう。


 スボンに入れていたスマホの通知を見ると鬼条さんからだった。


「まだ学校に残っていたら屋上に来て」


 屋上?何で屋上なんかに?そう思ったものの俺はしまった上履きをもう一度履くと階段を上がった。



 屋上には久しぶりに向かう。鬼条さんの家に来て欲しいと言われた日以降屋上には来ていなかった。テスト週間はクラスのやつと食べていたし、テストの日は一日二時間の一週間を過ごすからお昼なんてそもそもなかった。

 

 テスト終わってからも屋上に向かう気にならなかったから行っていない。だから三週間ぶりになる。


 屋上の扉を開ける時の金属音すら懐かしく感じる。扉を全部開けると屋上の中心あたりで黒く長い髪を風に揺らしている鬼条さんが背を向けて立っていた。


 屋上に足を踏み込んで扉が自然と閉まると彼女はこちらを向いた。


「宮岡くん、お腹空いてる?」


「そりゃあ、もうお昼だし」


 お腹からはぐーぐーとなる音が聴こえてくる。幸い彼女までは聴こえていないようだ。


 俺の答えを聞いた彼女は自分のカバンをあさりはじめた。そして大きなプラスチックケースを取り出した。


「ここでお昼にしない」


 彼女は手に持っていたプラスチックの蓋を開ける。中には白いパンに挟まれた野菜や卵などが見えた。それも容器一杯に。


「貰ってもいいの?」


「そのために多く作ってきたんだから」


 彼女はプラスチックケースを持ったままフェンスを背に日の当たるところに腰を下ろした。俺が突っ立っていると彼女は横に来いと言わんばかりに地面を2、3回叩いてみせた。それに従うように横に腰を下ろす。


「どうぞ」


 俺が座ると彼女は俺の前にサンドイッチの入ったプラスチックケースを突き出した。先に取れと言っているようだったのでサンドイッチを一つ取る。パンにチーズとレタスが挟まれたサンドイッチを一口かじる。サクッとレタスが切れる音がし、口に入ったサンドイッチを噛んでいくとほんのりとマヨネーズの味がした。見たときには分からなかったらぐらい少量だが入っているようだった。


「美味しい」


「それはよかった」


 彼女の顔を見ながら感想を伝えると彼女は嬉しそうに笑った。やっぱり彼女の笑った顔が好きだと実感する。それと同時に自分の中の彼女に対する気持ちが一杯になっていくことにも。


「本当は作って来るか迷ったんだ」


 彼女は自分の膝の上にプラスチックケースを置くと呟いた。


「テストも終わったからどこかに行ってもいいなって最初は思ったんだ。宮岡くん、勉強頑張っていたから美味しいスイーツの店にでも誘ってみよっかなって。でも宮岡くんが甘いものが好きかわかんなかったし、抹茶が好きって言ってたからお店探したんだだけど、この付近にはなかなかなくて」


 そこまでしてくれてたんだと思うと胸に苦しくなる。とても嬉しい。嬉しいんだ。でも俺は彼女にそんなことをしようとは思っていなかった。全て彼女から誘われるばかりで、自分からは何も誘えてない。勉強のことだって、結局は自分のため。彼女にメリットがあったわけではない。むしろ勉強の邪魔をしただけ。


 それでも彼女は嫌な顔を一つせず、俺の勉強を手伝ってくれた。


 だからこの気持ちだけは、俺から言わないといけない。


手に力を入れ、自分の持てる勇気を出す。あとのことなんて考えない。その時はその時に考えればいいことだから。


「鬼条さん」


「なに?サンドイッチに異物が入ってた?」


「好きだ」


「え!?」


 彼女の顔を見ながら伝えると彼女は目を大きく開けてフリーズした。その顔がお父さん似なのはさすが家族って感じがする。やがて彼女が俺から目を逸らした。


「え〜と、私、吸血鬼だよ?」


「もちろん知ってる」


「普通の子とは違うよ」


「理解してる」


 彼女はえ〜とえ〜と、と言いながら言葉を探している。だからもう一度言おう。彼女が次の言葉を考えつく前に。へんにループする前に。


「それでも好きだよ、鬼条さん」


 言い終えると彼女は一度目を合わせると俺のほうに倒れて来た。顔を隠すように。


「鬼条さん!」


 驚いて裏返った声が出てしまう。けれど彼女はいっそ体を俺のほうに傾ける。


「今、顔を見られたくない。多分変な顔になってるから」


 鬼条さんの温もりが懐かしい。あの時は血を吸われた後だったっけ。あの日と変わらない温もりを今日はいっそ強く感じたい。


 そっと彼女の背中に手を回す。彼女はビクッと体を跳ねらせたが、決して嫌がる素振りを見せなかった。だから彼女が顔を上げるまで俺は彼女を抱いていた。


「私も好きだよ」



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