第24話 校内案内 前編

 放課後ということで一番最初に訪れた売店はシャッターが降りていた。昼間に見える大蛇のような列も当然見受けられない。


「この学校には売店があるんだね」


「小野鬼さんのいた学校って売店なかったの?」


「売店はなかったよ。その代わりに食堂があった」


「そっちの方がいいじゃん」


「そうでもないんだよね。食堂だから座れる人数には制限があるし、時には席がないまま昼休みが終わってしまうこともあったよ」


「それは辛いね。その時は?」


「しょうがないからお昼抜きで午後の授業だよ。お腹鳴らないかヒヤヒヤしながらうけるからいつも以上に精神使っちゃって」


「それで余計にお腹が空くと」


「そう!」


 彼女は強く言い放った。今までそんな経験はないが、お腹が空いた状態で授業を受けるのは出来ればやりたくない。お腹の音は俺は別に気にしないが、残り二時間の授業を乗り越えられるための体力が持たないだろう。


「それにパン戦争してみたかったんだ」


「パン戦争?」


「あれだよ、多くの生徒が売店に走って行ってバーゲンの時みたいに取り合うやつ」


「それか〜。この学校では無理かな」


「無理って?」


「そもそもそんな状態にならないんだよね。うちの学校学年関係なく列に並ぶから。割り込みする生徒もいないし」


「そうなんだ、ちょっと残念」


 彼女は本当にパン戦争とやらをしてみたかったんだろう。露骨に溜息をついている。入学して初めて来たときの俺の感想と同じ。彼女は見た目によらず活発な子なのだろうか?


「まぁ、俺からすると食堂の方がいいかな」


「どうして?」


 下を向いたまま視線だけを上げてくるので自然と上目遣いになっている。ドキッとまではいかなかったが可愛いと改めて思わされた。


 俺は彼女から目を離し近くの窓に目を向ける。


「売店はパンがメインだから全部常温なんだよ。でも食堂だったら熱いカレーとか、冷やしラーメンとかありそうだし」


「カレーはあるけど冷やしラーメンはないかな。日替わり定食が私のおすすめだったよ」


「どんなメニューなの?」


「均一350円でご飯と味噌汁が固定で後は唐揚げと魚が交互に出てくるの。魚は旬のものが多いかな」


「小野鬼さんは唐揚げの方が好きなんじゃない?」


「どうしてそう思うの?」


「なんとなくそんな感じがしたから」


 単なる当てずっぽだった。俺は彼女のことを何も知らないのだから当然だ。答えは二つに一つ。俺の選択はあっていたらしく、彼女は笑顔をこちらに向けてくる。


「正解だよ」


 彼女が笑顔を見せているとグランドの方から部活をしている人たちの掛け声が聴こえてくる。ようやく放課後の部活が始まったらしい。


 何分ここにいたのかわからない。売店前でこんなに話すとは思ってもいなかった。


 案内したのはまだ一件目。これから音楽室、理科室、家庭科室、図書室と案内しないといけない場所はまだある。


 別に今日中に全部回らないといけない訳ではないが、明日は理科があるし、もしかしたら日課変更になるかもしれないのでなるべく今日中に回っておきたい。


「次、二階に行こうか」


「一階はもういいの?」


「一階は売店と職員室、校長室と生徒会室と保健室ぐらいかな。生徒会室の前を通って二階に行けばいいと思って」


「わかった、じゃあ行こう」


 彼女は学校探索が楽しいようで場所も知らないのに歩き出した。


「小野鬼さん、そこ右」


 左に行こうとしている彼女はUターンをして右の方へと歩いて行く。そんな彼女を追いかけるように後を追った。



 生徒会室を通り過ぎて保健室がその道の奥にあること伝えると東の階段を上がった。普段からあまり使わない東階段は屋上につながる西階段を何ら変わらない。違いは屋上に行けるかどうかだけ。


 二階に着くと左側に二年生の教室、右に図書室がある。


「ここが図書室」


「入っていい?」


「そうりゃあもちろん」


 彼女は教室のドアより大きいガラス扉を開ける。開いた隙間からはひんやりとした冷たい風が向かってくる。室内はクーラーがかかっているようで廊下とは偉い温度差だった。


 室内にはそれほど人はいなかった。部屋の中央に六個もの長机が並べられ、そこに大きな本を見ながら何かをノートに写している男子生徒と小説を姿勢よく読んでいる女子生徒、貸出カウンターで時計を見ながらまたかまだかと委員会の仕事の終わりと待っている男子生徒の三人だった。


 彼女はそんな彼らに見向きもせず、本棚の方に歩いて行く。


 本棚の前に立つと流し流しに小説のタイトルを眺めて行った。一段目、二段目、三段目・・・最後の六段目まで見終わると今度は隣の棚を同様に見ていく。それを隣で見守った。


 四つ目の棚を見終わるとようやく彼女が俺の方を振り返った。


「探している本はあった?」


 彼女は首を左右に振った。


「この学校にはないみたい」


「どんな本を探しているの?」


「探しているってわけじゃないんだ。ただ本のタイトルを読んでこれだ!って思ったものがあれば借りようかなって思ってただけだから」


「そうなんだ」


 彼女はもう一度本棚を眺めた。


 うちの学校の図書室はあまりにも小説が少ない。本の八割が歴史や地図、図鑑や雑誌で残りの二割が小説になっている。もちろん調べものなら本で調べるよりスマホを使った方が速いのでわざわざここに足を向ける必要はない。それに加えて最近の小説があまりにも少なく、生徒が借りに来ることはほとんどないらしい。うちのクラスの図書委員をしている奴は自分の本を持っていくらしい。それほど本ののバリエーションがないのがわかる。


「次行こう」


 用は済んだようで俺たちはクーラーの涼しさを惜しみながら再び熱気に覆われた廊下に出た。


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