第10話 放課後クレープ
放課後、言われた通り学校の校門前に立っている。鬼条さんたちのクラスはまだホームルームが終わっていないようで、まだ来ていない。さすがに日差しが当たるところにいると汗をかいてくるので、木陰の方に移動した。
何十人の生徒を見送った後、ようやく待ち人は姿を現した。
「ごめん、ホームルーム長引いて」
ホームルームが終わって走って来たのか、彼女は膝に手を突きながら荒い息を整える。
「落ち着いたら行こう」
「ありがとう」
彼女は体を起こすと手を広げて大きく深呼吸をした。
「よし、行こう」
息を整える終えると彼女は歩き出した。俺も彼女の横を歩く。
公園は駅とは反対の方角らしくいつも帰る道のりとは逆に進んで行く。
「今から行くクレープ屋ってどんな味?」
「とにかく美味しいの。種類も多くてチョコバナナとか苺とか、後抹茶ってのもあるよ」
「抹茶いいな、あったらそれにしよう」
メニューを見ることなく決めた俺に鬼条さんはへ〜、と声を出した。
「抹茶好きなの?」
「うん、いつからかは分からないけど、小さい頃から和菓子が好きでね、自然と抹茶にもハマって」
「そうなんだ。私は特にこれってものはないけど、どちらかと言えば桃が好きかな?」
「人肌みたいだから?」
「違います!」
彼女はそっぽを向いて否定した。俺の言いたい事が伝わったのだろう。桃って赤ちゃんのお尻に例えられるから、吸血鬼の彼女はそれが人肌のように見えてる噛みたくなったのかなって。さすがに違ったみたいだけど。
「単純に美味しいからです。吸血鬼は関係ないです」
拗ねている彼女はまた可愛かったので頬が緩んでしまう。
「なんでしょ笑ってるの」
「なんでもない」
そんな会話をしているとあっという間に着いていた。多分彼女と話すのが俺は好きなようだ。
目的地には数人の小学生と大人が座っていた。その奥にはピンク色の大きな車が置かれていた。すでに数人のひとが並んでいるのが見える。
「もうひと並んでるね、早く行こう」
彼女に右手を掴まれると引っ張られるようにして車の方に向かった。彼女の手は小さくて細く、柔らかかった。俺を引っ張ってまで早くクレープが食べたかったのだろう。
列に並ぶと前に五人ほどが並んでいた。クレープは一から作っているので生地を焼くのに少し時間がかかっていた。焼くところは並んでいるところからでも見える。
店員さんはラグビー選手のような体をしていていかつい。それを緩和させるかのように車と同じ色のピンクのエプロンが似合っている。ギャップがとてもいい。
ようやく俺たちの番が来た。
「クレープの桃が一つと・・・」
「抹茶が一つ」
「あいよっ」
夏祭りの屋台のような掛け声を上げたおじさんは同じ工程を繰り返す。焼いた生地に桃、クリームの順に並べてから扇子の閉じたような状態に巻いていく。その上にアイスと桃、チョコを乗せて完成した。抹茶も似たような感じだったが、クリームに抹茶パウダーをかけ、丸めた後も抹茶アイスに抹茶チョコと抹茶パラダイスだった。
しかしおじさんがクレープを受け取った俺たちを止めた。
「待ちな」
俺たちが振り返るとおじさんは手招きをしている。鬼条さんと顔を見合わせてから車の元に戻った。するとおじさんは俺たちのクレープの上にもう一つチョコアイスを載せた。
「サービスだ」
俺たちは重くなったクレープを溢さないように頭を下げた。
「「ありがとうございます」」
「サービスして貰っちゃったね」
「そうだな」
俺たちは公園内の空いた椅子に並んで腰を下ろした。
俺たちがアイスをもらった後、おじさんは店を閉じて車で公園を出て行った。多分俺たちが最後の客だったのだろう。
「もったいないな、こんなに美味しいのに」
「そうだな」
クレープを食べながら車のあった方を見る。本日最後と書かれた看板も目立つ車もどこにもない。見えるのはそこで追いかけっこをしている子供の姿だけ。
クレープは食べるのがもったいないほど美味しかった。そんなクレープが最初で最後なのは心苦しい。もっと早く知りたかったと今では思う。
「そういえば勉強を教えて欲しんだったよね?」
遠くを見ていた俺はようやく彼女の方を見る。
「鬼条さん成績いいから教えて欲しいなって」
「明日からでいい?」
「ありがとう、助かるよ」
クレープに乗っていたアイスはもうないから焦って食べる必要はないのだけど、口の中が空になると味が恋しくなってまた含んでしまう。
「明日どこでやる?」
「そうだな~・・・」
彼女に聞かれて頭を悩ませる。無難な場所は図書室だろうか。でもみんなが来ていそうだ。今日も席を埋めるほどの生徒で混雑していそうだ。教室って案もあるか?ホームルームが終わった後俺を含め多くの生徒が教室を出て行ったし、残っている生徒も少ないだろう。
「図書館とかどうかな?」
図書館か、確かに思いつかなかった。席も多いし、わからないことがあればすぐに調べられていいかもしれない。
「あ、でも図書館ってこの付近にあるのかな?」
彼女は自分の提案に自分で質問した。彼女も俺のこの町の出身ではない。学校があるから来ているが、それでも駅から学校までの範囲ぐらいだろう。俺なんか今日初めて駅とは反対側に来たぐらいだから。
「持ってて」
彼女に食べかけのクレープを預けるとポケットから自分のスマホを取り出した。科学の進歩はすごいなとこういうときに思う。ロック画面を解除してからマップアプリを開く。検索口に図書館と打つと近くに一件だけ見つかった。駅から反対方向をさらに奥に行けばあるらしい。
「ここから近いっぽい」
「じゃあ、明日はそこでする?人が多かったらまた考えよう」
「そうだな」
スマホをしまうと預けていたクレープを返してもらう。彼女のクレープは俺がスマホを使っているあいだに残り一口ぐらいになっていた。
「ごちそうさま。まだ食べてていいよ、私はごみを捨ててくるから」
そう言うと席を立ってトイレの近くに置かれているごみ箱の方に歩いて行った。俺はクレープを口にくわえながら空を見上げた。見上げた空は東側がオレンジに染まり、西側は暗くなり始めていた。
「どうかしたの?」
前を向くと鬼条さんが戻ってきていた。
「なんでもない。ただ空が暗くなり始めたなって思ってただけ」
「そうだね、そろそろ帰ろうか」
手に持っていた残りのクレープをすべて口に入れるとごみ箱に捨てると彼女と合流して駅に向かった。
「今日はありがとう、一緒に来てくれて」
「こちらこそ、おいしいクレープが食べれてよかったよ。あれが最後なのはちょっと悔しいけど」
「ほんと、またやってほしいよね」
「そうだな・・・そろそろ電車が来るからいくわ」
「うん、じゃあね、また明日」
「また」
電車の乗り場が違う俺たちは改札を抜けるとそれぞれのホームに向かった。
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