第18話 水族館編 4
水族館を全部回った俺たちはお土産売り場に向かった。売り場にはすでに多くの人が店内をグルグルと回っている。
商品は可愛いパッケージのクッキーや大きなスナメリの人形、クリアファイルなどの文房具などいろいろな物が置かれている。
彼女と一緒に回っていると急に足を止めた。
「何かいいもの見つけた?」
俺が聞くと彼女は二つのストラップを手に取った。
「これどうかな?」
手には色の違うクラゲのストラップがぶら下がっている。そのクラゲは半分でギザギザに分かれている。
「かわいいじゃん」
「そうじゃなくて」
彼女は俺から目を逸らす。
「一緒に着けるなら」
俺はようやく理解した。最初そのストラップをみせられたとき両親へのお土産にするんだと思った。俺自身彼女と何か同じ物を持とうという考えを持っていなかったから。でも彼女は違ったらしい。
そうわかると恥ずかしくなって別のところに目を向ける。
「いいんじゃない?」
「うん」
周りが賑やかな中、俺たちの周りだけが静かになる。
「えっと、これ買ってくるね」
「いや、俺が・・・」
「いいの」
彼女の手からストラップを取ろうとすると彼女はそのストラップを胸に抱いた。
「私が買ってくる」
「でも・・・」
「入場料のお返しだから」
彼女はまだ忘れていなかったらしい。俺は館内を回っているうちに忘れていたのに。
俺は伸ばしていた手を降ろした。
「わかった。じゃあお願いします」
「うん・・・じゃあ買ってくるね」
彼女はスタスタと長く並んでいる列の方に一人で歩いて行ってしまった。俺も追いかけようとしたが、彼女に任せたのでレジの近くにある長椅子に腰を下ろすことにした。一緒に付いて行ったら並ばなくていいよって言われそうな気がしたから。
木の長椅子に腰を下ろしてからスマホを取り出す。時間はすでに1時を過ぎていた。昼が過ぎているとわかると急にお腹がすいてくる。
スマホのマップアプリから近くのレストランを探す。検索結果は速く見つかり、とても近いところに海鮮市場やその他のお店が並ぶ場所があるようだった。付近にはフェリー乗り場もあるらしい。
「お待たせ」
会計を終えた彼女が俺のもとに戻って来た。手には袋を持っていないのでリュックにしまっているようだ。
「何してたの?」
「昼どうしようかなって」
「そっか、もうお昼なんだ。早いね」
彼女はスッと俺の横に腰を下ろす。俺は彼女に今見ているスマホの外面を見せた。
「この近くに海鮮料理を中心にしている店があるんだけど、そこで食べる?」
「海鮮か~、食べたいけど・・・」
「けど?」
「高そうだから今日はいいかな。あまりお腹も空いていないし」
「そっか。じゃあ来る途中にあったファストフードの店にでも行こうか。俺はお腹が空いたし」
「うん、わかった」
そう決まると近くの出口から外に出た。二枚の自動ドアを出ると来た時と同じように潮の匂いがする。俺たちはさっき来た道を今度は歩いて帰ることにした。
「さすがに暑かったね」
「汗やばいかも」
服をつまんで前後に揺らす。彼女も持って来ていたハンドタオルで額を拭いている。汗をかいた体に店内のクーラーがひんやりと体を冷やしていく。それでもまだ暑いと感じるので俺はバックにしまっていたパンフレットを取り出すと彼女の方に向けて扇いだ。
「ありがとう」
礼を言いながら涼しそうに風を浴びている。後ろで束ねた髪の風になびいて揺れる。
海岸付近にいたときは風が強かったが、海を離れた今は建物で風が遮られている。そのため上から注ぐ日差しが俺たちの体温を上げていった。
彼女に風を送りながら空いた手で注文したポテトを口に運ぶ。ファストフードに来るでに約束していた服屋などを回っていたので着いた時には3時を過ぎていた。
店内は人が少なく、サラリーマンのパソコンをたたく音が響く。ほかにも人はいるのだが席との間が離れている。
店に着いた俺たちはすぐにレジに並んだ。俺がダブルチーズバーガーセット、彼女はドリンクとポテトのMを注文した。
「何にも買わなくてよかったの」
扇ぎながら彼女に聞く。彼女は「もういいよ」と言ってポテトを口に運んだ。俺は彼女に向けていた風を自分に向けた。
「うん、気に入ったものがなかったから」
「どれも似合ってたけどな」
彼女は何回か試着室で着替えては着た服を見せてくれた。どれもこの時期のトレンドを入れているらしい服装は本当によく似合っていた。
「ありがとう」
彼女は笑いながらストローを加えた。
水族館の周りを歩き回った後、日が沈むころには電車に乗った。帰りも通勤時間をずらしたので人の数は少ない。
「鬼条さん・・・?」
彼女に問いかけるが反応はない。その代りに肩に体重がかかる。横を向くと彼女は目を閉じ、こちらに倒れていた。たぶん疲れたのだろう。初めて訪れた水族館に子供のように楽しんでいたし、服屋などでも楽しそうに見ていたから。
降りる駅の前まで寝かせてあげよう。電車はまだ一駅しか通過していなかった。
俺は電車に揺られながら時より彼女の寝顔を見ていた。スマホばかり見ていてもつまらなかったから。
彼女の降りる駅の前のアナウンスが鳴ると彼女の肩を揺らした。
「鬼条さん起きて」
彼女はすぐに目を開けた。そしてゆっくりと俺の顔を見上げた。
「宮岡くん?」
「おはよう、鬼条さん」
彼女は周りをきょろきょろと見渡す。まだ意識が朦朧としているのか目はトロンとしている。しかしここが電車の中だとわかると体を起こした。
「私寝てたんだ」
目を擦りながら彼女は言う。
「結構長くね。次の駅が鬼条さんの住む街だよ」
「ありがとう」
意識が戻って来たようで目が大きく見開かれている。
「あ!そうだ」
彼女は声をあげると足の上に置いていたリュックのチャックを開けた。取り出したのはクジラのイラストの描かれた袋だった。彼女はその中に入っていたクラゲのキーホルターを取り出すと青い方のクラゲだけを外した。
「これ、渡し忘れるところだった」
彼女が渡して来たキーホルターを受け取る。受け取った半分だけのキーホルダーは単品ではとても不格好だった。でも二つ揃うと一匹のクラゲになる。とてもカップル向けの商品。
「お揃い」
彼女はもう半分のピンクのクラゲを持ち上げるて笑った。その顔が今日一番可愛かったとは本人には言わなかった。
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