第3話 記憶の手がかり
「ユウ、風呂空いたわよ」
「わかった」
部屋で安静にしていた俺は下着だけもって風呂場に向かった。
「はぁー」
浴槽につかると自然と声が漏れる。今日は何か忙しい行事があったわけではないが、体の方はかなり疲れているようだ。
帰ってからも何度も記憶を思い出そうと試みたが全く思い出せる気がしない。屋上まで行った後の記憶がないまま。
何か手がかりはないだろうか?
首に貼られた絆創膏に触れる。絆創膏は水に濡れたせいかふやけていて、はがれかけている。それをつまんで勢いよくはぎ取った。鏡が曇っていて傷口は見れないが、絆創膏が貼ってあるからかすり傷程度だろう。
ほかに手がかりはないか考えていると一人の人物の名前が挙がった。
「・・・鬼条さんか」
顔を水に沈めながら口にする。
保健室の先生は彼女が教えてくれたと言っていた。彼女が第一発見者なのかもしれない。だとしたら彼女なら何か知っているかもしれない。
「明日、直接聞いてみるか」
そう決めるといつもより長く浸かっていた湯船を出た。
「そういえば傷口ってどうなってんだろうか」
体を拭いてズボンまで履いたところで思い出した。洗面台に向かって傷口が見えるように映す。首筋には血溜まりが二か所出来ていた。それもとても小さなもの。どうすればこんなものができるわからない。本当に俺の身に何があったんだろう。
風呂を上がると必要ないと思いながら首筋に絆創膏を貼った。その傷どうした?と聞かれてもどう説明すればいいのかわからないので隠すことにした。
翌日学校に行くと多くの生徒から心配の声と質問を受けた。質問は覚えてないと言って流した。
「裕司、今日こそ一緒に食おうぜ」
「悪い、今日は用事がある」
昼休みが始まってすぐに大智が誘いに来たが断った。
「わかった」
「すまん」
そう言ってから教室を出た。鬼条さんに会うために。
「鬼条さん居る?」
隣のクラスなのに自分のクラスと違って別世界に来てしまったような感覚に襲われる。
俺の声に反応してクラスに残っていた生徒が一斉に俺に注目する。でもそんなことを気にせず、俺は一人に女の子に目を向けた。教室の中央で数人のクラスメイトと共に弁当を食べているところだった。
彼女は周りの友達に断りを入れると俺の前に来た。
「昨日のこと、だよね」
彼女は俯きながらも俺の聞きたいことを察してくれたのか「ついて来て」と言って教室を出て行った。少し遅れて彼女の後を追った。
彼女が向かったのは昨日倒れたという屋上だった。真ん中あたりまで歩くと彼女は下を向いたままこちらに体を向けた。
「昨日のこと、でいいんだよね」
彼女はもう一度確認する様に聞いてくる。
「うん。実は昨日のことさっぱり覚えてなくて、どうして倒れていたのかもわかんないんだ。だから知っている範囲でいいから教えて欲しい」
「え!?」
不意に顔を上げた彼女は目を大きく見開いていた。口も少し開いて呆然としている。
「本当に覚えてないの?」
「うん。屋上の扉を開けたところから全く思い出せなくて」
「そ、そうなんだ」
彼女は何かを考えるように腕を組んで唸っていたがすぐにやめた。目を逸らし、口を開けた。
「昨日ね、私が気分転換に屋上に来ていると急に扉が開いて、君が倒れるように入って来たの。何度も声をかけてみたけど反応がなくて。それで保健室に」
彼女は目を晒したままだったが昨日のことを話してくれた。
「何で倒れたかはわかる?」
「・・・ごめんなさい」
「そっか。でもありがとう、話してくれて。時間取ってごめん」
「ううんいいよ。お昼まだあるし」
「じゃあ、教室戻ろうか」
そう言って一歩踏み出すが彼女の動く気配がなかった。その場で立ったまま動こうとしない。
「どうかした?」
「あ、あのね、名前、聞いてもいいかな」
そういえば自己紹介していないことを忘れていた。俺は彼女が新入生代表の挨拶をしたから名前を知っていたが、別のクラスでしかも関わりが一度もない人間の名前何で知っている方が不思議だ。
扉の方に向けていた体を再び彼女に向ける。
「一年A組宮岡裕二、よろしく」
「一年B組鬼条純恋です。こちらこそよろしくお願いします」
彼女はゆっくりと頭を下げた。彼女は初めて見たときのイメージ通りの人物だった。礼儀正しく、清楚で品がある。それに加えて勉強が出来るとは格の差があり過ぎる。
でも友達にはなりたいなと思った。
「教室戻ろうか」
「はい」
今度こそ彼女は歩き出した。そのまま二人で教室に戻った。教室にもどる間、会話はあまり弾まなかったが、これから話す機会はあるだろう。
しかし肝心な事が何にも分からなかった。倒れた理由、首筋の血の塊。誰が知っているのか本当に検討がつかなくなった。
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