第20話 夏祭り編 2
夏休み最後の夜、俺は鬼条さん家の最寄り駅に来ていた。祭りということで大勢の人が駅を利用している。祭り会場はこの駅から数百メートル離れた神社までらしい。大きな道路は規制されいろんな人が行き来を繰り返している。
俺はスマホの画面に目を向ける。時間は7時13分と表示されている。
「遅いな、鬼条さん」
待ち人は一向に姿を現さない。彼女と約束をしたのは7時。駅前に置かれた電話ボックスのところで会う予定だった。
スマホのLINEを開く。トーク履歴には俺が送った今どこにいる?という言葉が最後になっえいる。既読の文字のない。さすがに不安になって来た。彼女は今まで待ち時間に遅れることはなった。むしろ俺より早くに来ている方が多いかった。そんな彼女が今日は10分以上遅れている。
何かあったのではないか、俺の嫌な想像をしてしまう。スマホを開き、LINEの無料電話をかけた。コールが数回なる。そのコール音は下駄の音とともに近くでなって来た。
横の通路から息を荒くしている彼女が現れた。手に持っているスマホは今も鳴っている。
「本当にごめん、着るのに手間取っちゃって」
彼女は紫の生地にピンクや水色の朝顔の絵が描かれた浴衣を身にまとっていた。腰には薄ピンクの帯が巻かれている。手には同様の柄の巾着を持っていて、髪の毛は右側に団子を作り櫛で止めている。
「よかった無事で」
「ごめんね。そしてありがとう、心配してくれて。家を出たのが遅れて、そこからできる限り走って来たの。途中でLINEがあったけど返事をする余裕なくて」
「そうか」
俺の体に入っていた力が一気に抜けた。
「じゃあ行こうか」
俺は彼女に向けて手を差し出す。彼女もそれに気づいてその手を握った。水族館以来握っていなかった彼女の手はやはり小さくて頼りないけれど、とても暖かかった。
俺たちはお互いに寄り添うと人混みの中に入って行った。
お祭りは人が多すぎて歩くのがやっとだった。金魚すくいはどこの祭りでも人が多く、屋台のまわりに順番待ちをしている人が多く見受けられた。かき氷やアイスを売っているところも同様で皆が冷たいものを求めて並んでいた。
「宮岡くん、あれ食べない?」
人混みの中、彼女は指を指した。その先には赤いテントとお祭り恒例と言っていいような食べ物が台に突き刺さっておかれていた。
「リンゴ飴か、買おうか」
俺たちはリンゴ飴の屋台を目指した。
「おじさん、リンゴ飴二つ」
「あいよ!二個で400円ね」
俺は財布を出すと500円玉を出した。おじさんはそれを受け取ると100円を俺に返した。俺がそれをしまっている間に彼女がリンゴ飴を二つ受け取っていた。
「まいど!」
おでこにタオルを巻いたおじさんの声を背に歩いていると次の客が来たのようで同じような会話が聞こえてきた。
「ありがとう」
俺はバックに財布をしまうと彼女からリンゴ飴を受け取った。
「どこか座れる場所に行こう」
せっかく買ったリンゴ飴が誰かの服についたりして欲しくないので俺は彼女の手を引きながら人の少ない屋台裏に向かった。
向かった屋台裏にはちょうどいい階段があったので座ることにした。屋台裏は俺たちと同じように唐揚げ棒やかき氷を持った子供や大人がいた。人通りの多いところでは食べれないからだ。
リング飴のビニールを外して先に食べていた彼女が俺の方を見てきた。
「食べないの?」
俺はその質問にビニールを外すことで答えた。
前回ここに来たときはいなかった数の人が行き来しているのが屋台の隙間から見える。お祭りということでいろんな町から人が集まっているのがわかる。
「これ食べ終わったら行きたいところがあるんだけどいいかな?」
「行きたいところ?」
「そう、今日しか行っても意味のないところだけど」
今日しかという言葉に引っかかったが、彼女が行きたいと言うなら行ってもいいだろう。
「わかった、行こうか」
「うん」
そう決まると彼女は手に持っていたリンゴ飴をさっき以上のスピードで食べ始めた。
「どこまで行くの」
「もう少し」
リンゴ飴を食べ終わってから彼女について歩いた。彼女の行く先はどんどん祭りから離れていく。彼女に目的地を聞いても着いてからのお楽しみと言われるだけ。徐々に建物は減り、民家すらもまばらになっていく。
「ここの上だよ」
彼女の止まった先には急な石階段が伸びていた。暗くて見づらいが鳥居が見えるので階段自体はそこまで長くないらしい。
彼女は何も言わずにその階段を上がって行く。急な階段を彼女は慣れた足取りで上がって行く。
階段を登り切り、鳥居を抜けると小さな神社が建てられていた。
「ここは何の神社?」
「いちよう学問の神様なんだって」
「へ~」
ところどころ苔が生えた柱や賽銭箱からはすごい年期を感じる。
「宮岡くんこっち」
彼女は神社に目もくれず、横に生えている木々の中から俺を呼んでいる。彼女のことは信じているが、目的地もわからず、ただ人気のない方に進んでいかれると、どうしても疑ってしまう。それでも俺は木々のある方に歩いて行った。
木々はすぐに抜けられるほど広くなく、その先にある拓けたスペースに彼女は立っていた。
「ここだよ」
彼女のそばに立つと明かりで光輝く町が一望できた。いつか屋上で見たときのような感情が湧いてくる。町の中心部はほかに比べてより明るく光っている。きっとあそこが祭り会場なのだろう。
「すごいね」
その言葉が自然と口から出る。
「でもね、すごいのはこれからだよ」
彼女はスマホの画面を見ながらカウントを始めた。
「4、3、2、1・・・」
ゼロになると同時に町の離れたところからおたまじゃくしのような光が宙に上がって目の高さで大きく咲いた。その花火はどんどんいろんな柄や色、模様のものが連続で上げられる。俺は初めて見る首を上げなくて見ることのできる花火を真剣に見つめた。花火の模様と町の明かりがとてもいい景色を生んでいる。
「すごいでしょ、ここから見る花火」
「本当にすごいよ」
俺は彼女を見ずに答える。
「・・・ねぇ、裕二くん」
「ん!?」
急に下の名前で呼ばれ見ていた花火から目を離す。
「今度からそう呼んでいい、かな」
「それはいいけど・・・」
「だったら私のことも下の名前で呼んで」
彼女の下の名前は彼女の友達がよく呼んでいるからたやすく出てくる。でもいざ口に出そうとすると恥ずかしくなる。俺は彼女から目を離し、花火を見た。
「純恋・・・」
なんだかちゃん付けが名前異常に言いづらくて呼び捨てになった。
「ごめん、やっぱりちゃんを付けた方が・・・」
「いいよ、呼び捨てで」
彼女は俺の服をつまみながらそう言った。花火に照らされる彼女の顔は耳まで真っ赤になっている。その姿が愛らしくて、愛おしいて、俺は彼女に顔にそっと顔を近づけた。彼女も俺が何をしようとしているのかすぐに理解したらしく、目を泳がせながらも瞳を閉じた。そんな彼女をそっと抱きしめると優しく唇と重ねた。彼女もそれに応えるように腰に手をまわしてくる。
初めてのキスは心臓の鼓動がうるさかったが、彼女のやわらかい唇の感触はこの思いでと共に忘れられる気がしなかった。
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