第39話 文化祭 4

 屋上からそのまま昇降口に来た。昇降口には普段ひかれていないブルーシートが前面に広げられていた。その上に格好いい色の靴や小さい女の子の靴まで校外の人のが揃えて置かれていた。


 革靴を自分の下駄箱から取り出すと揃えられた靴を踏まないように避けながら外に出た。


「人多いね」


 昇降口を出て彼女が最初に発した言葉がそれだった。校門から昇降口までの一本道の端にいろんなクラスや部活の屋台が並んでいる。テントは統一して学校の物なのでカラフルではないが彼女と行った夏祭り並みに人で混んでいる。


「離れないように手繋いで行くか」


「え!?・・・う、うん」


 俺の提案に動揺を見せるが手を握ると拒否ることはしなかった。校外では気にはならないはずの視線がとても気になってしまう。見られているのではないか、見られていないとしても人の視線が気になる。多分昇降口で立ち止まっているせいだろう。


 俺は彼女を引いて人混みの中に入って行った。



 人混みに入ると人の視線を気にしていた意識は自然と屋台の方に移る。それは俺だけでないようでさっきまで下を向いて恥ずかしがっていた彼女が逆に俺を引っ張って歩いている。


「ねぇ、あそこ」


 彼女は少し離れたところに見えるテントに吊るされた看板に指を指す。


「クレープ?」


「懐かしくない?私買って来る」


 そう言うと彼女は手を離して人混みを駆けて行った。


「ちょっと!」


「そこの吸血鬼さん!」


 すぐに彼女を追いかけようすると後ろから声がした。追いかける足を止めて振り向くとメモ帳にボールペンを持った女の子とマイクを持った女の子が俺の方を向いて立っていた。


「あなた一年一組の子ですよね、少しお時間いいですか」


「あなたたちは・・・?」


 同じ学校の生徒ということだけは制服を見ればわかるのだが、彼女たちは誰なのかわからない。


 マイクを持った子はマイクの電源?を切るとマイクを持った手を下ろした。


「私たちは新聞部二年、西島と・・・」


「一年の神子島みこしまです」


 メモ帳を持った同級生の神子島さんは軽く頭を下げた。


「私たちは今日の文化祭で多くの人気を勝ち取っているクラスを回っては取材をしているんです。さっきまでサッカー部のカレーを取材をしに行っておりまして、その帰りに吸血鬼の仮装をしたあなたを見つけて声をかけました」


 西島さんは再びマイクの電源を入れるとマイクの先を俺に向けて来た。


「取材、いいですか」


「えーと今は・・・」


「裕二くんここにいたんだ」


 彼女を追いかけないといけないと断ろうとした矢先に両手にクレープを持った彼女が戻って来ていた。


「純恋戻って来たのか?」


「そうだよ、ついて来てくれていると思ったのにいないから少し探したんだよ。・・・それでこちらの人は?」


 彼女が視線を向けると西島さんと神子島さんはさっき俺にしたのと同じ自己紹介を彼女にもした。


「初めまして。私は新聞部、二年の西島と一年の神子島です。通りがかりに話題のお化け屋敷のクラスの人を見かけたので取材をしようと思いまして」


「そうだったんですね」


「取材いいですか?」


 西島さんはさらにマイクを俺に近づけて来る。さっきは断ろうと思ったが彼女が帰って来たので断る理由はなくなった。


「わかりました」


「ありがとうございます。それとそちらのメイドさんも取材いいですか?」


「私もですか!?」


 純恋は自分も受けるとが思っていなかったようで驚きを見せる。


「はい、鬼条さんには一年3組のメイド・ヒツジ喫茶についてのお話も聞きに行く予定でしたのでお願いします」


「どうして私の名前を」


 西島さんはその質問にニヤリと笑った。


「私たちは新聞部ですよ、入学当初から男子に絶大的な人気を誇っていた人の名前なんて知らない方がおかしいってものです」


 西島は自信ありげ答える。そして俺の方に視線を戻した。


「そしてあらゆる男子の中でも鬼条さんが選んだ男性の名前も知らない訳がありませんよ、宮岡裕二さん」


「新聞部ってすごいね」


「そうだな」


 二人して新聞部の情報に関心をしていた。まぁ、ゆっくり考えればたかが学校内、名前ぐらい少し探れば出てくるか。


「ここでは人がいますのであそこに移りませんか」


 さっきから全然話さなかった神子島さんがテーブルの置かれたテントの方を指差した。


「そうね、休憩所に行きましょう。ここでは通行の邪魔になるから。お二人もいいですか?」


 俺たちは頷くと二人の後を追った。



 俺たちはテントに入ると四人が座れる席を見つけると俺と純恋、向かいに西島さんと神子島さんが座った。


「それではまず宮岡さんから。あ、クレープ食べながらで構いませんので。カップルを別れさせるほど怖いと噂ですが工夫した箇所はどこですか?」


「あの噂って本当なの?」


「工夫したところは特にないし、噂のことは俺もよくわかってないんだ」


 俺がひとまず答え終えると彼女の質問には西島さんがサッと手を挙げた。


「噂は本当のことで間違いないですよ。三階の階段で午前中にお化け屋敷から出て来たカップルが別れ話をして女性が怒って帰ったって多くの人の目撃証言が取れてます。その女性はこの学校のOBで、しかも去年卒業したばかりの先輩ですね。名前は伏せますが」


「そうなんだ、お気の毒に」


 彼女が浮かない顔をするのを別に西島さんは一人ぶつぶつと独り言を言っていた。


「やっぱり直接体験してみて記事にした方が・・・」


「先輩、それには私は同行出来ませんよ」


「?、どうして」


「私お化けはちょっと」


「そっか、私もお化けは無理だからこうして聞いたのだけどな。本当にないのかい?」


 西島さんは再び俺に尋ねて来る。


「本当にないんですよ。中身も普通のお化け屋敷ですし、強いて言うなら最後が一番怖くなるようにしているとしか」


「それだけで十分です。では鬼条さんたちのクラスの喫茶店についての工夫点はありますか?」


「私たちのクラスの工夫点です?・・・お客様が男子ならメイドが、女性ならヒツジが相手をするようにしてます。本当のメイド喫茶には行ったことがないので本格性にはだいぶ欠けてますが、来てくれた人が楽しかったと思えるように心がけています」


 彼女は相変わらずというか俺と違ってすらすらと言葉が出て来る。それを聴きながら神子島さんは真剣にペンを走らせ、西島さんはマイクを近づけている。・・・そのマイクっているのだろうか。


「なるほど、とても良い話を聴けました。それでは最後におひとつ別の質問をしてもいいですか?」


「別の質問、ですか?」


 俺たちは目を合わせると二人して首を傾げた。


「実はですね、いろんな人に聞いて回っても分からないって言われてばっかりで全然話がわからない案件があるんです」


「へーそんなものがあるんですか。他の人が知らないことが俺たちがわかりますかね?」


「そこは心配ないです。二人にしか分からないことなので」


「私たちにしか?」


「はい、ズバリ二人の付き合った経緯です!」


「「え!?」」


 二人揃って声を上げた。西島さんは腕を組んだ。


「ずっと疑問だったんですよね。お二人のことを聞けば聞くほど共通点が全くないんです。中学校も部活もクラスも違うときた。探れば探るほど謎が深まって気になっていたんです。しかし私たちも部活で忙しくお二人に直接聞く機会がなくて。なのでこの機会に教えて下さい、二人の馴れ初めを!」


 勢いよくテーブルに身を乗り出してくる西島さんに俺たちはのけぞりながらお互いの顔を見た。


 馴れ初めと言われても俺たちは正直には話せない。純恋が吸血鬼であることを隠した状態でこれまでの経緯を伝えるにはいくつもの矛盾が生まれる。それを誤魔化しながら話せるほど俺の頭はうまく回らない。きっとどこかで嘘だとバレる。


 彼女も同じことを考えているようで険しい顔をしている。しかし何かを思いついたように目を見開くと俺の方を向いて小さく頷いた。任せて、そう言っているように見えて俺も頷き返す。


「えーと、出会いは駅のホームでした。入学してすぐの事、私は痴漢に遭っていたんです」


「痴漢にですか!」


 俺は何気ない顔をして頷きながらあたかも本当の事を言っているという雰囲気を作ることに徹することにした。


「はい、怖くて声もです、ただなされるままでした。そんなとき裕二くんが助けてくれたんです」


「おー!どのように?」


「痴漢をしている男性の顔をスマホで撮って、それに気づいた男性はそのまま逃げて行きました。そのときに「大丈夫だった」って心配した顔で言ってくれた時のことは今でも鮮明に思い出せます」


 俺そんなこと多分出来ないよ!と思いながらも話を合わせる。


「いや、あの時はたまたま目に入っただけだから」


「宮岡さんやりますね〜。これは描きごたえがあります、取材協力ありがとうございました」


「ありがとうございました」


 二人は頭をぺこりと下げると休憩所を出て行った。


「記事にされるんだな」


「うん、そうみたいだね」


 二人して嘘をついたことに罪悪感を抱かずにはいられなかったが仕方ない、そう割り切るしかなかった。






















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