第6話 大切な話
鬼条さんの告白から数日が経った。あれから鬼条さんと廊下で出会うとお互いに頭を下げるだけで特に二人で話したりはしなかった。あの日は鬼条さんの目の腫れが薄くなるまで二人で屋上にいた。さすがに泣いている鬼条さんを一人置いて教室には戻れなかったから。
「ようやく昼休みか」
今日の授業は特に疲れた。体育の後の調理実習は体育館から教室、そして家庭科室への移動。校舎近くの体育館から三階に戻ってまた一階に向かう。それだけでも大変なのにそれに加えて着替えがある。クラスのみんなでドタバタしていた。女子の中には遅れてくる人すらいた。
「裕司、一緒に食おうぜ」
「おう」
いつものように弁当を持ってきた大智を快く受け入れる。大智は俺の前に開いた机をくっ付けてくる。
「二人で食うのは久しいな」
「そうだな、最近屋上に行ってたからな」
「もういのか、行かなくて?」
「もういいよ」
友達には記憶が戻ってことは言っていない。戻ったと言っても説明が難しいし、鬼条さんのことはたぶん言ってはいけないと思うから。
「そっか」
そんな会話をしていると黒板側の入り口で何やら人が集まっていた。
「なんだろうな?」
「さ~?」
大智と不思議そうにそちらを見ているとそこに集まっていたクラスメイトが一斉に俺の方を見た。
「宮岡呼び出しだ」
「誰が?」
そう言い返すとクラスメイトたちは俺から入り口が見えるように道を開けてくれた。そして入り口に立っていた人物に驚愕した。
「宮岡くん、一緒にどうかな?」
入り口に立っていた鬼条さんが手に持っていた弁当袋を軽く持ち上げた。俺は横に机をくっ付けている友達の顔を見る。大智は露骨にため息を吐いた。
「行って来いよ」
「・・・わかった」
俺はまだ開けてない弁当袋を手に持つと鬼条さんのもとに向かった。
「行こう」
「うん」
先頭を歩く鬼条さんに付いて行く。後ろからはすごい視線を感じたが振り返ることをしなかった。
鬼条さんに付いて行くとすっかりおなじみになった屋上に来た。7月に入って暑さが増した。下に生える木々からはセミのうるさい声が鳴り響く。また、甲子園が近いということもあって吹奏楽部の力の入った音色が聞こえてくる。
「ごめんね、友達と食べてたのに邪魔しちゃって」
「いいよ。俺も同じことしたし」
「そうだったね」
俺たちは入り口で影ができているところに腰を下ろした。
ここでようやく俺は彼女に違和感を感じた。鬼条さんってこんな話し方だったかな?
俺が不思議そうに彼女を見ていると彼女はこちらを向いて首を傾げてきた。
「どうかした?」
「鬼条さんって前からこんな話し方だったっけ」
「ううん、敬語を使っていたよ」
彼女は太ももの上に持ってきた弁当箱を載せながら言葉を続ける。
「友達に言葉使いが硬いって言われて。先輩や先生には敬語でもいいけど、同級生にはタメ口でいいんじゃないかって。変かな?」
「変じゃないよ、むしろ堅っ苦しくなくて話しやすいよ」
「宮岡さんもそう思っていたんですね」
そう言われると苦笑いを浮かべてしまう。それにまた敬語に戻っているし。
「それよりも今日は大事な話があって誘ったの」
大事な話って何だろう?彼女とのこれまでの出来事を思い出してみる。
血が欲しいとか?それなら死なない程度ならあげるけど。まさか吸血鬼のことを知られたから殺さないといけなくなったとか!?
しかし彼女が口にしたのは俺の想像を遥かに上回るものだった。
「お父さんがね、宮岡くんに会いたいって」
「き、鬼条さんのお父さん!?」
「うん。あ、でも大丈夫。宮岡くんは」
「俺はって、何かあったの?」
俺が聞くと鬼条さんの顔は一瞬にして真っ青になった。
「昨日、鬼条くんとの出来事を全てお父さんに話したの。黙っているつもりだったんだけど、日を追うごとに黙っていることにすごい罪悪感を感じちゃって。そしたら家中に響くぐらいの大声で怒鳴られた」
彼女の顔を見ればわかる。鬼条さんのお父さんは怒ると怖い。
「それを3時間ずっと聞かされてた」
そこまで言われるとすごく会いに行きたくなくなる。それでなくても他人のお父さんに会うなんて怖すぎるのに。
「あ、ごめんね、怖いイメージを想像させちゃって。いつもはとても優しいから」
「そ、そうなんだ。へ〜・・・」
優しさより怖さの方が具体的すぎて想像するだけで足がすくんでしまいそうになる。
「それでね、今週の土曜日にでもどうかなって。別に用事があるならいいけど」
最後に手のひらを左右に振りながら目を逸らして寂しそうにされると余計に断り辛い。しかもここまで話を聞いてしまっている。今更怖いからって逃げるのもどうかと思う。
「土曜日だね、わかった」
強張っているせいで棒読みみたいになったがなんとか返事をする。
土曜日・・・って明後日じゃん!ヤバイ心の準備が!
鬼条さんのお父さんの話題が出た頃ぐらいから弁当が喉を通らなくなってきた。口に入れる量が徐々に少なくなり、最終的には弁当の中身が残っているが蓋を閉じた。
「そ、それとね」
彼女も弁当を残して蓋を閉じるとスカートのポケットに手を入れた。ポケットの中を少し探った後、白いケースに入ったスマホを取り出した。
「連絡先分からないと困るからLINE交換しよう?」
両手でスマホを持って小首を傾げながら言われたその言葉にはとんでもない破壊力があった。日本の火山が一斉に噴火したような衝撃が走った。・・・って例えが悪いな、これ。
例えるなら推しのアイドルの握手会に行って自分一人だけハグされた、ぐらいかな?行った事ないから分からんが。
「宮村くん?」
そんな彼女に見惚れていた俺は彼女に名前を呼ばれてようやく我に帰った。素早くポケットからスマホを取り出すとLINEアプリを開いた。
「QRコードでいい?」
「うん」
彼女のQRコードを自分のカメラで撮影する。すぐに白い髪の吸血鬼の女の子のアイコンとすみれと平仮名で書かれた名前が表示される。
「これでいい?」
念のために画面を見せると彼女は首を縦に振った。それを確認してから友達登録のボタンを押した。それと同時に彼女のスマホの着信音楽が鳴る。彼女も確認のために俺に画面を見せる。
「宮村くんのアイコンの鳥、可愛いね」
彼女はそう言いながら登録ボタンを押した。
俺のアイコンは北海道に生息している固有種の鳥(シマエナガ)にしている。雪の妖精と言われているらしく、犬や猫、パンダ以上に可愛い。
「でも意外だな。鬼条さんのアイコンが吸血鬼なんて」
「可愛いでしょ」
「うん、可愛いよ」
彼女本人に言っているみたいな気分になったがさすがに変な誤解はしていないだろう。今のはアイコンの話だったし。
画面に映るすみれのアイコンを見ていると急にスマホが鳴ってすみれの文字の横に①と表示された。
俺はトーク履歴を開くと鬼条さんから一言来ていた。
(これからよろしくね)
横を見ると鬼条さんはスマホを見ながら頬を赤くしながらも笑っていた。俺もメッセージを打ち込むと飛行機マークをタッチした。
(こちらこそ、これからよろしく)
二人の初めてのメッセージを送り終えると丁度いいタイミングでチャイムが鳴った。
「教室戻ろうか」
「・・・またお昼誘ってもいい、かな?」
「いいよ、なんなら毎日でもいいし」
そんな冗談を言いながら、俺たちは各自の教室に向かった。
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