第16話 水族館編 2

 水族館付近は海があるということで風が吹き、潮の匂いが飛んでくる。


 チケット売り場では多くの列ができている。営業開始時間が10時半からでまだ開いていないらしい。


「あと五分後だって」


 スマホの画面を見ていた彼女が教えてくれた。


 幸いにも列は日陰に沿って並んでいて、日差しは全く当たっていない。俺たちの前には子供連れの家族が多く見える。夏休みだからお父さんが連れてきてくれたのだろう。中には「おさかなさんまだ~!」と駄々をこねている女の子がいた。


「ふふ、懐かしいな~」


 スマホをしまった彼女がその子を見て笑っていた。


「鬼条さんもあんな頃があったの?」


「あったよ。初めて水族館に連れて行ってもらったときね、10分以上速く着いちゃってね。そこの水族館ここみたいに屋根がなくて、熱くて待つのが嫌になって帰りたいって言ったんだって」


「そのあと帰ったの?」


「ううん、そのまま待って水族館の中に入ったよ」


「鬼条さん駄々こねている姿か」


 どんな感じだったんだろう?前の子みたいに足をバタバタさせたのかな?それとも泣いていたんだろうか?いろんな鬼条さんが想像できてしまう。


「あんまり想像してほしくないな」


 彼女は頬を膨らませて上目遣いで言ってくる。


「わかった」


 彼女にそうは言ったものの入り口があくまでそのことばかり考えていた。


 入り口は時間通りに係員さんが開けた。先に来てチケットを購入していた人たちはささっと中に入っていく。俺たち列が進むのに付いて行く。


 チケット売り場は四人の係員さんがいて、空いたことろに隙間なく人が詰めていく。


「こちらにどうぞ」


 そう言われて空いていた場所に俺たちも向かう。


「海響館にようこそ」


 若い係員さんがガラス越しに歓迎してくれる。高校生は大人料金に含まれるらしい。


「大人二枚」


「はい、4180円になります」


 そう言われ俺はバックから財布を出す。彼女も同じように財布を出そうとしている。


「出さなくていいよ、俺が出すから」


 そう言って彼女がお金を出す前にちょうどの料金をガラスの下に空いた隙間に置かれたお金受け皿の上に置いた。


「4180円ちょうどですね。こちらチケットです、行ってらっしゃい」


 お金受け皿の上に置かれたチケットとパンフレットを受け取るとチケット一枚を歩きながら彼女に差し出した。


「お金・・・」


 彼女はまだ手に財布を持っている。その財布を開けて札を出そうとしている。


「お金いいよ、出さなくて」


「でも私の入場料だし」


「気にしないでいいよ。それに俺がデートに誘ったんだし」


「でも・・・」


 彼女は腑に落ちないのか納得のいっていない顔をする。お財布も直すそうぶりも見せない。


 どう言えば納得してくれるだろうか?納得するまでお金を出そうとするだろうし・・・。そこまで考えてある案を思いついた。たぶんこういったら納得してくれそうだ。


「じゃあ、次こういった場所に来た時に出してもらうから、今日は俺に出させて」


 そう言うと彼女は目を少し細めた。しかしため息をつくと手に持っていた財布をリュックの中にしまった。


「そういうことなら」


 さすがに頑固な俺に負けたのか、彼女の方が折れてくれた。このまま二人とも折れずにいるとさすがに俺が折れていたかもしれない。でも俺も男だからっていう見栄を張りたかった。


 彼女が財布をしまうと入り口前にいる係員さんにチケットをみせてから中に入った。


 中に入ると矢印の示す方に歩いて行く。その先には上の見えないほどの長いエスカレーターがある。周りには魚の絵や写真、魚の紹介などが描かれていた。


 エスカレーターに乗っている間彼女はふぁ~、と声をあげながら周りと見渡していた。俺も同じように昔を思い出しながら眺めていた。


 エスカレーターを昇り終えると四階まで来ていた。そもそも入り口が二階にあるので二階分一気に上がって来たことになる。


 四階に着くとすぐに大きな水槽が現れた。水槽の奥は窓ガラスになっていて、そこからは関門海峡と海が見える。


「すごいね」


「鬼条さんはここに来るの初めて?」


「うん。家族で行ったのは別の場所だから」


「それって昔住んでいたところの?」


 俺が聞くと彼女は目を見開いた。そして再び窓の向こうを見つめた。


「お父さんから聞いたんだね」


「うん」


「・・・そっか」


 鬼条さんはお父さんから俺と話をした時のことを全然聞いていなかったらしい。もし聞いていたら彼女はこんな反応はしなかっただろう。


「でももう終わったことだから、気にしないで」


 彼女は数段の階段を下りると大きな水槽の前にしゃがんだ。


「それより見て、いろんな魚がいるよ」


 小さい子供のようにはしゃぐ彼女の横に並ぶ。


 水槽の中は流れが速いのか、魚たちは一生懸命泳いでいる。みんな同じ方向に向かって泳いでいるのだが進んでいるのはほんの少しだけ。反対に泳いでいる魚がその何倍もの速さで流れていく。


「この水槽ってこの施設の中で一番大きいんだって」


「そうなの?」


 聞くと彼女は横に書かれたプレートに目を向ける。そこには魚の名前とかが書かれていた。その文の中に彼女の言っていたことも書かれていた。


「ねぇ、下見て」


 彼女に言われて下を見ると魚たちの泳ぐ中に人の姿が見えた。水泳スーツにボンベを付けた人ではない。私服のいたって普通の人たち。


「どうやって行くんだろう」


「先に進めばわかるよ」


 俺はこの水族館は久しぶりだが、かすかに覚えている記憶をさかのぼる。確かこの先にあったと思う。


「じゃあ先に行こう」


 彼女は立ち上がると長いスカートをはたいた。はたき終ると二人で矢印のほうに歩いて行く。するとすぐに彼女の行きたがっていた場所に出た。


「すごーい」


 彼女は上を見ながらそう声をあげた。海中トンネルは足元を含め透明な厚いガラスに囲まれたこの道は少し斜面になっている。


 魚たちはトンネルがあることを理解しているように避けて泳いでいる。トンネルの周りを見渡すとひと気は存在感を出している魚たちがいる。


「イワシの群れすごいね」


 彼女は渦を巻きながら泳ぎ続ける魚に目を奪われている。そんな彼女を見てしまう。


 さっき昔の話をしてしまって気まずい雰囲気になってしまって心配したが俺の考えすぎだったのかもしれない。


「宮岡くん下見て、砂の中にも魚がいるよ」


 彼女は足元を指さしている。しかし俺からは彼女の指している魚が見えない。


「どこ?」


 俺は彼女に近付いて砂の中を見るがそれらしいものが見えない。俺はさらに彼女に近付く。すると彼女の方から俺の方に倒れてきた。


「どうした?」


「ごめん人に押されて」


 彼女の横を見るとさっきまで少なかった人の数が増えていた。通路も人でぎゅうぎゅうになっている。


「先に進もうか」


「うん」


 俺たちの後ろに並んでいた人たちが一斉に上がってきたらしい。上がって来てほとんど動いていない俺たちに追いつくのは当たり前だった。


 人で混んできた海水トンネルを素早く抜けることにした。


 海水トンネルを抜けると広いスペースに出た。大きな水槽は海水トンネルを抜けた先にも続いていた。そこからは海中トンネルも上がって来たエスカレーター付近の景色も見える。


「こっちの方がガラスの面積が大きいね」


 ガラスの方に近付きながら彼女が言う。ガラスは俺たちの何倍もある。でも水槽は同じなのであまり長く見ることなく移動した。


 その先にはフグの水槽が置かれていた。フグたちは俺たちの方を向かって砂に隠れていた。口と目だけが横に並んでいる様子が面白くて二人で笑った。その先にはマンボーやハリセンボン、サンショウウオなどを見ることができた。


 三階を見て回ると拓けた場所に出た。するとアナウンスが鳴った。


「まもなくイルカとアシカのショーを行います。会場は三階の外、アクアシアターです。繰り返します・・・」


 そのアナウンスに近くの人たちが移動を始める。


「俺たちも見に行こうか?」


「うん」


 俺は彼女の手を握った。多くの人が同じ方向に向かう中で離れてしまうのではないかと思ったから。俺が握った手を彼女は握り返してくれた。細くて頼りない手はとても暖かかった。


 いろんな人に流されながらアクアシアターに向かった。席はもう満席になっていた。前の方に座っている人はみんなカッパを着ている。座ることのできなかった俺たちは後ろの方で立って見ることになった。ほかにも立っている人は多い。


「みなさーん、これからイルカとアシカのショーを行いまーす」


 飼育係さんの合図で横にいるアシカが頭を下げ、水の中にいたイルカが二頭水面から顔を出して体を曲げる。それを見て観客から拍手が送らえれる。俺たちも賢いイルカたちに拍手を送る。


「では早速ですがイルカのジャンプをご覧ください」


 こうしてイルカとアシカのショウーが始まった。



















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