第8話 純恋の過去 後編
「ただいま」
「お邪魔します」
彼女の声の後に俺も続いて挨拶をする。玄関は整理がされており、足元には靴一つ置かれていない。また壁には額縁に入った絵が数枚飾られ、その中に写真も置かれていた。高身長の男性とその上に肩車された女の子、その横で笑顔で笑っている美しい女性。たぶん彼女の家族の写真だろう。鬼条さんってこの時から可愛かったんだな。
玄関に入ってからしばらくすると一番近い扉が開いた。
「お帰り、それといらっしゃい」
出てきたのは黒い髪がとても似合う女性だった。写真で笑っていた人だろう。顔を見るとどことなく鬼条さんに似ている、と言うか鬼条さんが似ているのか。顔のパーツはお母さんになんだろうな。
「お邪魔します」
俺はその女性に頭を下げて挨拶した。女性は笑顔を見せた。
「男の子は元気があっていいわね。純恋、お父さんもうすぐで返って来るらしいから、彼を客間に連れて行ってあげて」
「わかった」
彼女は靴を脱いで玄関の右端にそろえるしゃがんだままでとそう答えた。彼女が廊下を少し歩くと俺も同じように玄関の端にそろえて置いた。
そのまま彼女について家の中を歩く。家の作りは至ってシンプルだが、その広さが以上だった。
「ここが客間ね」
そう言われた部屋はうちのリビングぐらいの広さがあった。部屋の中には向かい合うように置かれたソファが二つとその間に長机が一つ。ほかにもいろんな家具が置かれている。外にはさっきも見えた花たちが一面に広がっていた。
「そこに座って」
そう言われてソファに腰を掛ける。彼女も向かいのソファに腰を下ろす。
「ごめんね、お父さん朝に職場から急に呼び出しがあったみたいで」
「鬼条さんのお父さんってなんの仕事してるの」
「警察官だよ。どこの部署かは難しくて覚えてないけど」
「そうなんだ・・・」
聞かなければよかったと後から後悔した。さっき玄関で見た写真ではお父さんと思しき人は決して笑ってはいなかった。真剣な顔をで写っていた。
やばい、また手が震え出した。
そのとき扉がノックされた。
「は~い」
彼女が返事をすると扉が開き、背の高い男性が入って来た。金色の髪に鋭い目、厳つい顔、服装は帰ってすぐにこの部屋に来たのか警察の服のままだった。
「お帰りお父さん」
「お、お邪魔しています」
俺は反射的に立ち上がり頭を深々と下げた。今まで生きてきた中で一番きれいな礼だったと思う。
鬼条さんのお父さんは俺の方をチラッと見ると座っている彼女の方に視線をやった。
「純恋、すまんが席を外してくれ」
彼女は俺の方を心配そうな顔で見るが「わかった」と言って席を立った。
彼女はそれ以上何も言わず部屋を出た。代わりに鬼条さんのお父さんが向かいのソファに深々と腰を下ろした。
「まぁ、座りたまえ」
「は、はい!失礼します」
向かいのお父さんの顔を見ていると背中や額から変な汗が出てくる。高校面接なんてこれに比べてばなんともないかもしれない。それぐらいの威圧感を感じる。
「君は宮岡裕二くんで間違いないね」
「はい!聖南高等学校一年A組、宮岡裕二です」
やばい!緊張しすぎて面接みたいになってる!落ち着け、落ち着け。
「純恋に襲われたそうだな」
「え!?あの・・・えっと・・・」
「すまなかった」
急に両ひざに手を置いて鬼条さんのお父さんは頭を下げた。
「保護者として謝らなければならない、すまなかった」
「頭を上げてください」
そう言うと鬼条さんのお父さんはゆっくりと頭を上げた。そして服のポケットから茶封筒を取り出すと机の上に丁寧に置いた。
「これは?」
「君に渡さないといけないものだ」
茶封筒に目を向ける。何も書いてない茶封筒は確かに何かが入っているようで膨らんでいる。それを受け取り、一度お父さんの顔を見てから中身を開けた。その中には万札が束になって入っていた。十枚ぐらいだろうか。自分の目が大きく見開いていることがわかるぐらい驚いていることがわかる。
「これは?」
もう一度同じ質問をすると鬼条さんのお父さんはこのお金に関しての説明を始めた。
「君は純恋にあげた、もしくは持っていかれたであろう血のお金だ」
「血のお金・・・」
俺はしばらくそのお金の束を見つめ続けた。今まで仕事もバイトもしたことのない俺からすればこんなお金の束をいっぺんにもらうことはまずない。一時期おこずかいがこれぐらい貯まったことはあったが今はもうない。
俺は手に持っていた茶封筒の開け口を閉めると再び机の上に置いた。
「これは受け取れません!」
俺の答えに今度は鬼条さんのお父さんが目を丸くした。
「どうしてだい?」
「・・・僕はお金のために鬼条さんに血をあげたわけではありません。確かに最初は襲われたことすら記憶から失くしてしまうぐらい怖ったです。このまま死ぬのかも知れないとも思いました。でも彼女が苦しみながらまた現れたとき、怖いよりも助けたい、力になってあげたいって思ったんです。・・・だからお金はもらえません。これは僕が自分からしたことですから」
鬼条さんのお父さんは再び目を丸くして、そして声をあげて笑った。
「はっはっはっ。そうか、純恋はとてもいい人に出会ったんだな」
鬼条さんのお父さんは膝の上に肘を置いて手の平を合わせた。
「昔、純恋がまだ小学校の頃同じような事件が起きた。そのときはたまたま純恋が血を持っていっていなかった日だった。その日は衣替えの日だったらしく、制服に入れたまま置いて行ったしまったらしい。純恋も欲求を昼まで抑え込んでいたようだが、さすがに限界が来てね。純恋は一人の女の子を襲ってしまったんだ」
「その子は?」
「なんともなかったよ。そのときたまたま先生が通りかかってね、暴れる純恋を押さえてくれたんだ。だから怪我人はいなかった」
それを聞いてほっとしたがお父さんの話はまだ続いていた。
「それから純恋はクラスの子から化け物って言われるようになった。押さえてくれた先生も見てしまったんだよ、純恋の赤くなった目を。だから学校で純恋と仲良くなってくれる友達はいなくなった。それはだんだん保護者まで伝わってね、私たちは引っ越すことになった」
俺は何も言えなくなった。大変でしたね、これまでいろんな苦労があったんですね、そんな言葉を送ってはいいようなものではないとわかったから。
「ちょうど私の社内転勤が決まってね、それでここに引っ越して来たんだ・・・すまないね、重い話をしてしまって」
鬼条さんのお父さんは引きつった笑顔を見せた。
「そんなことありません!」
俺は声を張り上げてそういった。お父さんの顔からは笑顔が消えた。
「聞けて良かったです。鬼条さんの過去のこと」
「・・・ありがとう」
二人の間に沈黙が流れる。話を聞いてこれからの鬼条さんとの付き合い方を考えないといけないと考えてからやめた。たぶん彼女はそんなことを願っていないと思う。出会って話した期間は短いけど、たぶんそう言うような気がした。
「お金は娘さんの欲しいものなどに使ってあげてください」
「君は私の想像よりもしっかりしているんだな。わかった、そうさせてもらうよ」
話が終わってから気が付いたが最初の緊張はどこかに行ってしまっていた。たぶん鬼条さんのお父さんが見た目に寄らず家族思いの優しいひとだとわかったからだろう。彼女が言っていたことは間違っていなかったらしい。
「もうこんな時間か」
鬼条さんのお父さんが手に付けた腕時計を確認すると部屋に置かれていた時計が音楽を奏で出した。時間はもう5時になっていた。夏だから日が落ちるのが遅いせいで全く気が付かなかった。
「宮村くん、今日はうちで食べていかないか?」
驚きの提案をされたが手と首を横に振って断った。
「さすがにそこまでお世話になるわけには。家では母が夕食を作っているでしょうし」
「そうか、それは残念だ。なら、またいつか家においで。歓迎するよ」
「はい、その時はお願いします」
軽く頭を下げた。
「純恋に駅まで行かせよう、二階の奥の部屋が純恋の部屋だから行ってみるといいさ」
「そうなんですね」
「私は職場に戻るよ。やり残した仕事があるからね」
そう言うと立ち上がって部屋を出て行ってしまった。
鬼条さんのお父さんが出て行った後、俺は言われたように二階の鬼条さんの部屋の前に来た。部屋にはわかりやすくローマ字でSUMIREと書かれた木が掛けられていた。その扉を二回ノックする。
「は~い」
「入っていい?」
「宮岡くん!?ちょっと待って!」
部屋の奥では何かにつまずいたのか彼女の悲鳴とドタンッという音が聞こえてきた。
「どうぞ」
しばらくしてから彼女が部屋の扉を開けたので中に入った。
「好きなところに座っていいから」
女の子の部屋に入るのは初めてでドキドキが止まらない。彼女の部屋はいかにも女の子の部屋って感じがする。青の水玉の布団に葉っぱの模様のカーテン、ピンク色の絨毯の上には小さな机といろんな種類のクッションが置かれている。勉強机には今さっきまで勉強をしていたのか教科書とノート、書き途中のルーズリーフが置かれていた。
「ごめん、勉強中だった?」
「大丈夫、生き抜きをしていたところだから。それよりお父さんとは何を話していたの?」
「・・・鬼条さんの小さいころの話」
彼女はどんな話を聞いたの!と聞かれて恥ずかしい過去でもあったように問い詰めてくる。そんな彼女に対して何だったかな~?ととぼけてみた。
本当のことを話してもよかったと思う。でもあえて言わないことにした。もしかしたらお父さんの方が俺に話した内容を話すかもしれないが、そのときはその時だろう。今は過去を思い出して沈んだ顔の彼女の顔を見たくなかった。
「今日はありがとうね」
彼女の部屋には長く居座ることなく、日が傾き始めた頃には家を出た。しばらく彼女のこの町での思い出話を聞いているとあっという間に駅に着いた。
「いいよ、俺も話が聞けて良かった。じゃあね」
「うん、また学校で」
お互いに挨拶を交わし終わると俺は駅のロビーへと足を向けた。駅内は時間が悪かったせいで人が多かった。行きはあんなにすいていた車内がきつきつだった。クーラーが効いているはずなのに人口の多さで熱く感じた。
最寄り駅に着いたときにはすでに日は落ちていた。家に帰ると一気に疲れが体に来て、風呂に入った後は夕飯を食べることなく布団に倒れこんだ。
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