俺を襲ったのは優等生だった!

加藤 忍

一学期

第1話 物語の始まり

 春と言えども少し肌寒く、学ランを着てちょうどいいような四月の初め。不安や期待、高揚感などを胸に抱いた新入生160人が冷たいパイプ椅子に座り、長々と祝辞を話す校長の方を見ている。中には今日のことで緊張して寝れなかったのか、首をカクンカクンと上下させている生徒すらいる。


「・・・です。新入生の皆様、今日はご入学おめでとう」


 校長が祝辞の書かれた紙をたたみ、演説台の上に置くと司会の先生が生徒を立たせ、号令と共に礼をさせる。


 その後校長は国旗に向かって礼をし、PTAや中学校の校長に向かって礼をすると他の先生の列に入って行った。


 着席の合図で全生徒が席に着く。温められたパイプ椅子はもう冷たさを感じされない。


「次に新入生代表挨拶。新入生代表、鬼条きじょう純恋すみれ


「はい!」


 館内に女の子の綺麗な声が響き渡る。後ろから聞こえた声の主は入場してきた真ん中の通路を背筋を伸ばし、腰あたりまである黒い髪を揺らしながら登壇して行く。


 彼女が通り過ぎた列ではザワザワと小声の話声が聴こえる。


「あの子すごくスタイル良くない?」


「それ思った!それに顔立ちも」


「そうそう!」



「おい見たかよ」


「ああ、あの可愛さヤベェって!」


「きじょうさんだっけ?俺この学校受かってよかったわ」


「俺もそう思う」


 校長のときとは打って変わって、彼女の登壇は新入生の意識を全て持っていってしまった。さっきまで首を上下させていた生徒ですら、まじまじと彼女の方を見ている。


 それは俺も例外ではなかった。彼女から遠く離れているため顔のパーツがぼんやりと見る程度だが、決して悪くはない。むしろアイドルやモデルやってますって言われてもおかしくないほどのものだった。


 彼女は俺たちの方を見ると一度目を閉じ、大きく深呼吸してからポケットにずっと入れていたであろう紙を取り出した。


「あたたかな春のおとずれと共に、私たちは聖南せいなん高等学校の入学式を迎えることができました。」


 彼女の第一声で周りのざわめきはすぐに収まった。まるでみんなが彼女の次の言葉を心待にしているように聞き入ってしまっている。


「本日は、このような立派な入学式を行っていただき、ありがとうございました。今日から私達160名は聖南高等学校の仲間入りです。受験勉強は大変でしたが、・・・」


 彼女の挨拶は校長のながったらしい祝辞と同じぐらいの量があったと思うが、聞いていて全く嫌になることはなかった。気がつけば終盤に入っていたぐらいだった。


「・・・私は悔いのない高校生活が送れ、しっかりした行動が取れるよう自分自身を向上させていきたいと思います。新入生代表、鬼条純恋」


 彼女は読み終わると紙をたたみ、まるで何事もなかったかのように教師、PTAに登壇の時と同じように礼をしてから自分の席に戻って行った。彼女の挨拶をもって高校初めての行事は幕を閉じていった。




 ポカポカと日差しが差し込む昼間、数学の教師の授業の退屈さと日差しの心地良さが相まって凄い眠気に襲われる。遠退きそうな意識を取り戻すため自分の頬をつねる。思いの外つねり過ぎたのか手を離した後もジンジンと痛む。


 教室内は教師の声以外ほとんど聞こえない。寝ている生徒、紙を回す生徒、ノートをしっかりとっている生徒、皆それぞれに数学の授業を過ごしている。中には教科書を立ててスマホをいじっている生徒もいるが気にしない。教師も面倒なのか見て見ぬふりをしている。


「・・・で、ここの答えがこうなるわけだ。」


 問題を解き終わると丁度いいタイミングでチャイムが鳴る。寝ていた生徒も含め皆が席を立ち、学級委員長の合図のもと、数学の教師に礼をすると教師はスタスタと教室を後にした。


「裕二、一緒に飯食おうぜ」


 授業が終わるや否や弁当箱を持って俺に声をかける男子生徒の方を見る。


「悪い大智たいち、今日弁当ないから購買行ってくる」


「そっか、買ったら戻って来いよ」


「ああ」


 大智にそう言うとカバンから財布を持って一階の購買に向かった。


 本校は三年が一階、二年が二階、一年が三階にクラスがある。なぜそうしたのかはわからない。何かしらの理由があるとは思うが聞くほどのことでもない。


 階段を二段飛ばしに降りると購買付近には長蛇の列が出来ていた。高校の購買といえば漫画などで描かれるのような戦場を想像するのだが、この学校は規則正しいようで学年関係なく来た順に一列に並んでいる。


 四月の初めは近付く勇気すらなかったのだが、五月に入り友達と数人集まって来た時からこうして一人で行くことが増えた。


 入学してもう二ヶ月か、と浅い高校生活の記憶を思い出していると順番はすぐに回って来た。


「何買う」


 購買のおばさんが笑顔で言ってくる。カウンターにはプラスチックの長細いケースの中に色々なパンが入っている。メロンパンやクリームパン、購買では王道の焼きそばパンやカツサンド。他にもカップケーキや自販機にはないジュースも売られている。


「メロンパンとあんパン、ナタデココのジュース一個ずつ」


「はいよ・・・はい、410円ね」


 頼んだ品が入った袋とぴったりお金を交換する。


「ありがとうね」


 笑顔を再び作ったおばさんに軽く一礼しながら列を外れた。俺の後ろにもさらに多くの人が並んでいる。中にはさっきまで授業を教えに来ていた数学の教師すら生徒に混じって並んでいる。


 買ったばかりのジュースを一口飲んでから階段を上がって行った。



 三階に上がり終えると足が止まった。このまま右に曲がればすぐに教室に着く。多分友達も待っているだろう。


 でもそれ以上に気になったことがあった。


「この先って屋上だっけ?」


 誰もいない階段で質問を投げかける。もちろん誰も答えてはくれない。校舎は三階建てで、この上はすぐに屋上になる。行ったことはないが立ち入り禁止とも聞いたことはない。


「行ってみるか」


 興味本位で上に上がる階段に脚を向ける。友達には「購買に人多くてさ」って遅くなった理由を言えばいい。


 屋上に向かう階段は途中からすこし埃ぽかった。隅には埃の塊すら見える。あまり人が来ないようだ。


 扉の前に着くと周りを少し見渡した。しかし立ち入り禁止の看板やそれに近い警告の標識は見つからない。


 一通り見終わると目の前のグレーの扉のドアノブを握る。少し回して扉を開けると開いた隙間から外の風が中に入って来る。その風で足元の埃が階段のほうに飛ばされて行く。


 高い金属音を響かせながら開いた扉の向こうには緑色のフェンスに囲まれた屋上と青い空が目に入った。屋上には人気はなく、温かい風が吹き抜ける。ドアノブを放すと扉は自然と閉じていった。誰もいない屋上を歩いてフェンスに近付く。フェンスの向こう側には海といつも見ている街並み、それらを囲むようにそびえ立つ山々が広がっている。


「なんかいいな、こういう景色も」


 いつもならこんな高い場所から街並みを見ることがないからかとても新鮮味がある。


「そろそろ戻るか、待ってるだろうしな」


 次はここで昼食をとるのもいいなと思いながら校舎に戻ろうとしたときドタッと何かが倒れる音がした。視界には倒れるようなものは一つもない。じゃあどこから?

 

 扉の横にはフェンスとの間に少しのスペースがあった。可能性は扉の横だけだった。


 ドアに近付くと人が倒れているのが見えた。いつからいたかわからないが一人の女子生徒が胸あたりを苦しそうに抑えていた。


「大丈夫!?・・・って鬼条さん?」


 入学式の時に顔を見ただけで話したこともない彼女の名前がぽつりと口から出る。なんで鬼条さんがここにいるのかわからなかったが、今はそれどころではないことは理解している。


「保健室連れて行こうか?」


「・・・血」


「え!?」


 かすれた彼女の声が聞こえた。彼女の体全体を見るが怪我をしている様子はない。聞き間違いだろうか?もう一度聞こうとすると彼女が口を開いた。


「欲しい・・・血が欲しい」


「え!?ちょっと!」


 急に飛びかかって来た鬼条さんに押し倒されるように地面に倒れた。彼女は俺の上に馬乗りになっている。


「赤い、目・・・」


 俺の上に乗る鬼条さんは俺の見たことある彼女ではなかった。確かに見た目は彼女そのもの。だけど開いた目の色が違う。虹彩が赤く染まっていた。その眼はまるでおとぎ話の吸血鬼のようだった。


「血、ちょうだい」


 彼女はそう言うと俺のワイシャツを引っ張って首筋をあらわにさせる。そこにゆっくりと顔を近づける。


「鬼条さん、待って!」


 彼女の肩をつかんで力強く押し返そうとするがそれでも彼女との距離は縮まるばかり。全力で抵抗しているのに彼女はそれ以上の力で首筋を狙ってくる。


「もう・・・無理」


 抵抗していたものの彼女はゆっくりと口を開けると俺の首筋に噛みついた。


「いっ!」


 声にもならない声が出た。首筋に注射針を二本同時に刺されたのではないかと思うほどの痛みが走る。彼女は出てきた血を吸っているようで皮膚が吸われている感覚がある。血を吸われているからか視界が徐々にぼやけてきた。瞼も重くなり、意識も薄れていく。


 俺はそのまま彼女に血を吸われながら意識を失っていった。








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