第25話 学校案内 後編

 それから二年生の教室前を通って西にある家庭科室に行ったものの鍵が開いているわけがなく、すぐに西階段から三階に上がった。三階に上がってすぐ左側に理科室があるがここも開いていなかった。


「どこも開いてないね」


「さすがに教材とかあるしね。ないと思うけど家庭科室の包丁を人に向けて使ったり、理科室の危険な薬品を持ち出して悪用されたら困るからね。そこは厳重なんだよ」


「そうだよね、もしかしたらそんなことも起こるかもしれないもんね」


 二人であってほしくない会話をしているとどこからともなく楽器が奏でる音楽が聴こえてきた。


「吹奏学部ってどこで演奏してるの?」


「そうりゃあ音楽室だよ。あそこの」


 俺は自分たちの教室の先にある部屋を指指した。彼女もその先を見る。ここから音楽室まではかなり距離があるのでまぁ見難い。図書室から家庭科室までと距離は同じ。階段があって教室を六組分挟んで階段の先にある。扉はなんとなく見えるが音楽室と書かれた文字を見ることはできない。


「音楽室は・・・当然入れないよね」


「そうだな。演奏の邪魔になるし」


「そっか、ならこれで全部回ったんだね」


「そうなるね。ほかは倉庫とかになるし」


「じゃあこの上は?」


 彼女は階段の上を指している。西階段の上、屋上の入り口だ。


「そこから屋上に行けるんだ」


「屋上行けるの!」


 彼女は急に眼を輝かせながら興味を示して来た。その勢いに少し後ろにのけ反ってしまった。


「いける、けど」


「行きたい!」


「わ、わかった」


 俺はいつもの横幅が少し細くなっている階段を上がることにした。



 初めてこの階段を上がったときは埃まみれだったが今は中央だけ埃がなくなっている。俺と純恋が歩いたからだろう。俺はそんなことを思いながら金属音をさせながら屋上につながる扉を開けた。


 隙間からは夕日が少しずつ室内に入って来る。扉を全開まで開けると沈みつつあるオレンジ色の太陽が目に入る。


「綺麗」


 そう囁きながら彼女はフェンスに手を添えた。


「そうだね」


 俺たちは無言でオレンジ色に染まっている街並みをしばらく眺めていた。


「今日はいろいろありがとう」


 しばらくしてから彼女は俺の方を見ながらそう言った。彼女の顔はオレンジ色の光が照らしている。少し強く吹いた風で髪がなびかないように左手で髪を押さえる。その姿に今度はドキッとしてしまう。彼女の仕草のせいなのか、それともこの雰囲気に当てられているだけなのかは分からない。


「いいよ、今日は家に帰っても何もすることなかったからちょうどいい時間つぶしになったし」


「そうなんだ。それでもありがとう」


 彼女は今日何度も見せた笑顔を作った。


「そうれじゃあ帰ろうか」


「そうだね・・・宮岡くん!」


 校内に戻るために一歩踏み込んだところで彼女が呼び止められた。


「なに?」


「宮岡くんって私と同類?」


 俺は彼女の意味のわからない質問に首を傾げた。


「えーと、生体系というか生き物の区別的な意味の方」


「俺も小野鬼さんも人間だろ、なんでそんな質問してくるの?」


「ううん、なんでもない。ごめんね変な質問しちゃって、帰ろう」


 彼女はスタスタと立ち止まっている俺を抜かして扉の方に向かって行く。小野鬼さんがなんであんな質問をしてきたのかわからなかったが、そのことを今考えても答えが出てくる気がしなかった。もやもやとした気持ちはあったけど彼女の後ろを追いかけた。



 昇降口に着く頃には日はほとんど見えなくなり、反対側は暗くなっていった。外では今でも部活をしている声が聞こえてくる。


「宮岡くん、また明日ね」


 靴を履き替えた彼女が軽く手を振ると昇降口を出て行った。帰る方向が同じなら駅まで一緒に行ったのだが、彼女はこの町の一角に引っ越して来たようで帰路が逆らしい。


 彼女が昇降口を出るまで軽く手を振り返した。靴箱から革靴を取り出し履き替えていると廊下の方から声がした。


「裕二くん、今帰り?」


 学校指定のカバンを足の前で両手に持っている純恋が立っていた。


「純恋も?」


「うん。担任から頼まれた仕事で保健室に行ったんだけど、そこで保健室の先生と話しが盛り上がっちゃって。裕二くんは?」


「俺は学校の案内してた」


「案内?」


「ああ、小野鬼さんに頼まれてね」


「もうそんなに仲良くなったの!?」


「それはどうだろうな」


 俺はさっきまで彼女が見えていた場所に目を向ける。しかし彼女の姿は昇降口はもちろん、その先に見える校門付近にもなかったのですぐに純恋に視線を戻す。


「それで小野鬼さんは?」


「先に帰ったよ。家の方向が逆らしいから」


「そうなんだ・・・」


 彼女は俺の方を向きながらもその先を見ていた。


「どうかした?」


 彼女は俺に視線を戻すと首を左右に軽く振った。


「なんでもないよ。それより履き替えてくるから待ってて、一緒に帰ろう」


「わかった」


 返事をすると彼女は俺の反対側の下駄箱の方へと消えて行った。上履きを脱ぐと下駄箱の中に入れて扉を閉める。革靴に履き替えると昇降口のガラス扉に背を預けて彼女を待った。


 彼女は素早く履き替えたようですぐに姿を見せた。


「行こう」


「ああ」


 体を起こすと彼女のそばを歩いて学校を出た。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る