6.地形変化
「ハムートの魂が全部角にあるだって!?」
ルシフは思わず声をあげて聞き返す。
そのこと自体を理解できないということも含まれていたが、驚いたのはその点ではなく、ハムートの魂が体に宿っていなかったということだ。それでは生きられるはずがない。人は誰しも魂を体に宿しているからこそ生きられる。それこそがルシフの持論だ。
魂の存在しない体は生きているとは言えない。
「兄さんは角に魂を奪われたと言ったほうがいいかな? 兄さんは5歳の時に魂、すなわち角を奪われて死んだんだ……それが15年前の事。そして、半分しか魂を持たない僕が生きている理由の一つ……そして、それがあの惨劇を生んだ」
アリサは寂しさを醸し出してそう漏らし、懐かしむように話し始める。
「悲しい話はやめよう……とにかく僕は生まれて直ぐに死ぬはずだったんだ。だけど、レヴィア様と兄さんが僕を生かしてくれた」
「……」
レヴィアは面倒くさそうにアリサとルシフを遮った。
「その話はもう終わりね。このままじゃ気分が悪くなる一方だわ」
間に立ったレヴィアはそう言い放つと、屈託な笑顔でアリサを見る。
「ごめんなさい、僕はまた場を盛り下げてしまったようだね……」
アリサは試合の時とはまるで別人のようだ。ずっと謝ってばかりで俯きがちに青い顔をし続けた。彼女には覇気がなく、ルシフにとってはまるで自身の現状に絶望した末期の患者に見えた。
「じゃあ、こうすればどうだ? アリサとハムートの2人とレヴィアで魔法試合をする。そうすれば後腐れもなくなるだろ?」
ルシフの思いつきの発言は恐ろしいものだった。アリサとレヴィアは飛び出すような目でルシフの方を見る。
「ルシフ、あんた正気なの!?」
「そんな事をしたら大変な事になるよ! ルシフさん!」
2人は同時に叫ぶ、ルシフはその内容を聞き取ることが出来ず耳に手を当てる。
「は? なんだって?」
「だ~か~ら~、本気でやり合えば、この街が消し飛んじゃうわよ!?」
レヴィアは自分の力とアリサもといハムートの力を高く評価しているようだ。本気で消し飛ぶと言っていることがその表情からも読み取れる。もちろん、数年前のこととはいえ、彼女の力を近くで見続けてきたルシフだ。そんなことは重々承知している。
だがアリサも同じようで、レヴィアの言葉に何度も頷き同意していた。
「誰もここでやれとは言ってないだろ? 街の外でやるんだよ!」
言葉の意味を理解していない2人にそう提案するルシフだが、一番言葉の意味を理解していないのがルシフだった。
――数時間後、ルシフは自身の言葉に強い後悔を抱いて倒れ伏していた。
街の入口には永遠に続く大草原、だが、今となっては焼け野原。焼け野原と言っても比ゆ的な表現で、実際には何も燃えてはいない。
ただ全ては『灰燼に帰していた』という言葉が今の状況に一番近い。
だが、アリサもレヴィアも本気の魔法を使った訳ではない、どちらも初歩の魔法であるお互いの得意な属性の魔法を放った。しかし、その威力は初級ではなく、まさに上級のそれだ。
しかもまずい事に2人ともお互いの魔法の威力をみて、さらにやる気になってしまった。
「レヴィア様。僕が地角の聖者と呼ばれている理由を思い出させてあげるよ……」
「私こそ、この私の渦巻きの聖女の本当の怖さを教えてあげるわ」
アリサは頭に二本の角をつけ猛り、レヴィアがそれに応えるように自身の最強魔法リヴィアタン・メルビレイの詠唱を始める。
大地が揺れ、海が荒れる。その様子はまさに終末の時だ。いつアポカリプティックサウンドが鳴り響いても不思議ではない。
「……大いなる地の神よ! 化のものにその力を示したまえ!」
「……海を統べる白鯨よ! その姿を現し、恐れを集めよ!」
2人とも同時に詠唱が終わり、アリサからは茶色い魔法陣、レヴィアからは水色の魔法陣が現れ空気が揺れる。
「地殻魔法。ダイアストゥロフィズム!」
「白鯨魔法。リヴィアタン・メルビレイ!」
2人から出ていた魔法陣がそれぞれの右目に宿る。
アリサが地に手を当てると同時に恐ろしいほどの地響きが起こる。
レヴィアが右手を振り上げ、手のひらを天に掲げると空に水でできたクジラが渦巻きとともに現れる。
ルシフは死を覚悟した。2人ともルシフや街のことなど御構い無しに最大火力で魔法を放とうとしていたのだ。2人の言っていたことは大げさでも何でもなく、本当に街は消滅してしまいそうに思えた。
アリサが持つ二本の角から魔力が滾り、オーラとなって現れる。それに伴って地響きは収まった。だが、ここからが本番だ。地面の土から巨大な龍が現れ、その巨大な角をクジラに突き刺す。
クジラは龍を包み込むも、どちらも均衡しているようで動かない。
彼女達の目に映った魔法陣にヒビが入る。どうやら魔力が持たなかったようだ。ヒビが入ると直ぐに崩れてしまった。
しかし、すでに魔力によって操られていたクジラも龍も本来の質量を失うわけではない。それは魔法が消滅しようが変わらない事実だ。いくら形が崩れようとも何万トンもある水と土がいっせいに流れ出すのだ。それが外敵から街を護るために何年、何十年とかけて幾人もの命を犠牲にして作られたものだったとしても、想定外の濁流の前には何の役にも立たない。
巨大な壁に囲まれた街はあと一歩のところで消滅する危機を迎えていたが、濁流が街に入る瞬間透明な壁に阻まれたように平原の方に戻って行った。なんとか持ち堪えたが、草原には小規模な山と大きな濁った水溜りが出来てしまう。
草がほとんどなくなってしまった草原に小さな泥山と泥の湖だ、本来生息していたはずの生物はどうなったかを考えるだけでも恐ろしい。おそらく生態系は大きく変化してしまうだろう。僕達はそんな大規模な人的災害を引き起こし張本人だ。もしかすると捕まる、最悪は死刑もあり得る。というか、ほぼ死刑確定だ。
「「……」」
黙って見つめ合うレヴィアとアリサ、全力の戦いのあとは言葉などいらない。2人は固く手を握り合った。
「騎士になる夢……実に短い夢だったな」
そんな様子を見ていたルシフは、恐怖と不安で胸が押し潰されそうだった。
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