8.賠償金
魔法の話をしている間は、終始ニコニコ笑っていた所長もこの話を切り出す時ばかりは真剣な顔となる。流石にベテランだ、仕事に入ると雰囲気もがらりと変わる。
「さて、では仕事の話に入るとしようか。まず街の門の金額だが、あれは特注品でな、王国金貨で500枚だな」
あまりの値段に目玉が飛び出すルシフ。
「金貨500ぅ!? そんだけあれば新しい教会が建てられるぞ!? 教会へのお布施を全部払い続けても何十年かかるか……」
金貨1枚で半年分の食事に困らない
「まてまて、早まらないでくれるか、まだ城門の値段しか伝えてないだろう。壁の修繕費に……生活環境も一気にかわるだろうから浸水してしまった入口付近の家々への賠償金も必要だ。それからもっとも重要なのは、道の整備費用」
所長は紙に様々な費用を書きだして合計する。
「でた。しめて100,000と言ったところだね」
「じゅっ、100,000だと……? いやいや、返せるわけが無いだろう!?」
「わかっているよ。そこは私とルシフの仲だ。街の財政からお金を貸してやろう。ルシフのことだと説明すれば住民たちも理解してくれるだろう……だからゆっくり返せばいいよ」
「そういう事じゃねえ! いくら待ってもらっても無理つってるんだ!! お前らも何か言え!」
頭を抱えながらも応援の声を求めてルシフは2人の方を見た。
「うーん、100,000枚か……私の給料50年分位かな?」
「いや、レヴィア様。騎士団の給料はそこまで高くはないよ。500年分位かな……僕の場合は800年ほどかな」
ルシフの望みとは裏腹に、2人は間抜けなやり取りをしていた。現実逃避というやつだ。ルシフもそれに混じる。
「俺の給料なら4000年分位かな。そもそも、門の代金だけでも20年はかかるな。」
簡単に言えば、100,000枚の金貨というのは、おそらく国の中でも最も高い賃金をもらっている王国騎士団の聖者ですら、その生涯をすべて捧げても返すことの出来ない額だということだ。
ちなみに王国宝くじの1等賞で1,000枚だというのだから桁がまるで違うということは誰にでも簡単に理解できるだろう。港町の1年分の予算を半分以上費やしてようやくまかなえるほどの金額だ。
通常の人間が同じことをしたら有無を言わさず実刑判決だ。犯罪者にとってもその方がいい。そうでなければ、街の住民たちにも殺されてしまうかもしれないからだ。
しかし、ルシフは街の人々に信頼されている父親がいたからこそ、これほどの問題を起こしても許してもらえる。ルシフはそれを理解したうえで、それでも街の人々に対して申し訳ないと思えるほどの人物であったからこそ、街の人々もドラ息子だと感じながらもあたたかく見守っている次第だ。
それは所長も同じで、彼はルシフが王立騎士学校にいた時から心配し続けてきた大人だ。
「まあ慌てないでくれ、100,000というのは、あくまで壁をもとに戻した場合の話だ。地角の聖者が魔法を駆使すれば、元通りとはいかずとも十分な壁を作れるだろう?」
だからこそ自分の頭の中で考えられる限りの譲歩をした。
本当ならば、壁はもとに戻してもらうべきだ。王国全体から見れば大した意味を持たない壁であったとしても、街にしてみれば最大の防衛線だ。それがなくなれば、検問も検閲も難しくなる。
余計な人間……悪魔たちが街に入りやすくなるからだ。それだけは何としても防ぎたい。だからこそ、早めに壁を修復しなければならないのだ。所長はそれを理解していたからこそ、聖者の魔法に頼って不完全でも壁をもとに戻すことを優先したのだ。
「確かに……でも僕の魔力であれほどの壁を修復するとなると、2、3日は必要になるよ?」
アリサは簡単に言い放つ。
普通の人間ならば簡易の壁を築くだけでも何か月、もしかすると何年かはかかるはずだ。
「2、3日ね……よし、わかった。だったらそれまでの間は等間隔にギルドの人間を配置しておこう。費用を差し引きして……草原の方は……」
「水を何とかするなら1日もあれば私が出来るわ」
今度はレヴィアが提案する。
しかし、所長の表情は渋い。実のところ、水を引いたところで、草原は元通りにならない。誰が考えたってわかることだ。
「うーん……草原のモンスター狩りをして生計を立てていたハンターや、移動のたびについて回っていたギルド員たちの仕事内容が変わってしまう事の方が重要だ。水を排水したからと言って、その点が解決するわけでもない。まだ調査も終わっていないから排水することによってどのような事態が生じるかとか何とも言えないしね……とりあえずそこは保留しておいて、対策を立ててからもう一度考えるとしよう。とにかく今重要なのは、街の人々が安全に過ごせることを考えることだ。あれほどの災害が発生したのだから、住民たちは酷く混乱しているだろう。とにかく街のボスである会長がどう動くか……それを確認してからになるだろうね。となると――」
所長はニヤリと笑って、レヴィアとアリサを見た。
その時点でルシフは嫌な予感がしたが、まだ予感だけだったため特に行動することはなかった。ルシフは後悔することになる。この時、動いておけばと。
「――レヴィアとアリサの魔法をもう一度見ておきたい!?」
あれほどの惨劇を見た後で、よくもそんなことを口にできると、ルシフは思った。だけどそれと同時に理解も出来た。所長は精神が狂っているからだ。
所長、『魔法狂いの男』とルシフは王都にいたころからの知り合いで、ルシフは彼がいかほどに魔法に陶酔しているかも理解しているつもりだった。だけど、それよりも遥かに狂っていたというだけの話しだ。それはルシフにも十分に予想できたことでもある。
「ああ、当たり前だろう? 見ておかねば……見ておかねば魔法使いとしての名が廃れ――ああ、いやこれからの計画を立てるのに支障が出るだろう?」
真っ白な歯をルシフ達に見せびらかすかのような屈託の笑顔で所長は笑う。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 確かに2人は魔力を消耗していて、さっきほどの最大級の魔法は発動できないだろうが、それでも十分に街を破壊できるほどの威力を持っているはずだ」
「なんだ? そんな心配をしているのかい?」
「そりゃまあ……心配だ」
「ふーん。まあ確かに街の近くでやればさっきの二の舞だ。ルシフ君が心配するのも十分に理解できるね。たけど、そんな心配はいらない。実はとっても面白いものがあるのだ……私も魔法使いとしては常に上を目指しているからね。私の魔法も進化し続けているのだよ」
所長はそう言って、机から立ち上がり、部屋の外へと3人を招いた。
なにやらとっておきの何かを見せてくれるようだ。
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