7.魔法

 2人の戦いは歴史に名を残すことだろう。たぶん。

 

 だが、ルシフにとって重要なのはこの壊れた街の壁と、大幅に変容してしまった草原をどうするかだ。答えは簡単だ、彼の力ではどうすることも出来ない。

 かといってレヴィアとアリサの2人でどうにかなるとも思えないし、彼女たちがいくら国家的な組織に入っていようが、私的な試合において国が賠償金を払ってくれる訳がない。それどころか、むしろ彼女たちも国家的犯罪者の仲間入りだ。

 街の壁はもしかすると2人の魔法でどうにかなるかもしれないが、一度崩れてしまった生態系はどうすることも出来ない。命というのはどれほど些細だと思っていたような命であったとしても失われてしまえば二度と取り戻すことが出来ない大切なものだ。3人ともそのことはよくよく理解していた。

 

 だからこそ、戦いの後で街の役場に連れられた3人はお先真っ暗だった。元来、この街もそこまで裕福な街ではないし、壁を立て直す様な金はない。そのうえ、王国の最南端にあり、漁が盛んで、王国随一の港町であることから国の重要拠点ではあるのだが、街の北部を一直線につなぐ壁自体が旧国家の名残で、王家が王都に移った200年ほど前から壁自体はそれほど重要視されていなかった。だからこそ、それほど重要ではない壁のために国は大金をかける道理もない。

 だからといって壁が全く必要なかったということはない。危険生物が街に入り込む可能性も十分にあり、野党が街を襲う可能性もあるからだ。

 つまるところ、今回のことで街を危険にさらし続ける原因を作ったということだ。その主犯たる3人が許されるはずもなく、一部始終を目撃していたある男に連行されることになった。誰も文句の1つ言わず、無言のまま無言の男についていく。

 道中はまるでさらし者だった。特にルシフは街の中ではかなりの有名人だからこそ余計に目立った。ルシフは申し訳なさそうな顔で自分たちをもの珍しそうに見ている人々に頭を下げながら歩いた。

 3人が連れられてやって来たのは、丁度中央通の中心に位置する役所だ。

 そこは街の中心とも言える場所で、街に数か所存在している区役所をまとめる場所でもあり、地下には犯罪者をとらえておく刑務所が存在していると言われているが、誰ひとりとしてそれを見たことはない。

 

 その役所がボロボロで古臭い木造建築のままであったことから誰も信じていない噂だ。だがこんな状況だ。ルシフはその噂を事実だと理解した。

 ボロボロさではルシフの教会が大敗することは間違いない。

 

 無愛想な受付を通され、2階へと招かれて小さな部屋に缶詰め状態にされてから、もう一時間はたっていた。3人とも申し訳ないという気持ちから椅子に座ることが出来ずにずっと黙り込んでいたが、ようやくルシフが口を開く。

「これからどうするか……」

「とにかく、悪いのは私とアリサよ……ルシフに乗せられたとはいえ。ムキになってあんなことをしてしまったんだから」

 レヴィアはいつにもなくしょんぼりとしている。練習試合においてあれほどのことをしでかしてしまったことにおいて反省しているのだろう。

 しかしルシフは彼女が感情を抑えられるほうではないことを知っていた。

「いいや俺が理解できてなかったんだ。聖者同士の戦いがどういうものかって……」

「僕だって――」

 アリサがそう言いかけたところでドアが勢いよく開く。

 

「――いやぁ、待たせたね。ひとまず、街の人々に対する説明はしてきたよ」

 

 ドアの向こうからはルシフ達を連行した頭に白髪の混じりで体が痩せ細っている初老の紳士が現れた。

 彫りが深く、若い頃は相当モテたであろう。そんな面影を残していた。

 いくつかあった椅子の中で一番ボロイ椅子に座り込むと、気の抜けた様な声で3人に向かって瞳を輝かせながら話しかけた。

「えっと、渦巻きの聖者と地角の聖者だったね? すごい物を見せてもらったよ……あれほどの魔法を見たのは四半世紀ぶりくらいかなぁ。ぜひ魔法の研究について語り合いたいぐらいだよ」

 連行される間もずっと無表情で黙り込んでいたことからも彼のことを厳格な法の守り手だというイメージを持っていたため、あまりにも軽い口調にレヴィアとアリサは開いた口がふさがらない。

「相変わらず魔法狂いだな……所長」

 ルシフは彼が、所長が大の魔法好きで、見た目からは程遠いほどに軽い男だということを理解していた。

 所長は机に乗り出し興味津々の様子だ。

「当たり前だろう!? あれほどの魔法を見たのだ。今でも興奮冷めやらぬと言ったとこだね」

「俺は殺されるかと思ったけどね……」

 呆気にとられていたレヴィアがその言葉に反論する。

「いや流石にそれはないわよ!」

「もう一度、草原を見ても同じことが言えるのか?」

 自分が提案したことだったとはいえ、ルシフはさすがにレヴィアを擁護出来ない。

「うぐっ……!」

 

「というかお前達さえいれば、隣国との戦争も簡単に終結するんじゃないか?」

「それは流石に無理だよ。あの威力の魔法は何日もの間ため込んだ魔力を全部使い果たしてようやく使えるものだから」

 両手を振るそぶりに加え首をぶんぶんと横に振りながらアリサが否定する。

 ルシフは(そんな魔法を単なる練習試合に使うなよ!)と内心思っていたが、自身も当事者の1人だったので何も口にしないことにした。

 そんなことよりも、ルシフは所長がぶつぶつと何かをつぶやいている方が気になった。

 

「へー、それはこの街の所長としても興味深いな……魔力をため込んで一気に放出することは確かに出来るが……それでも私が同じことをしたとして、あれほどの威力が出るだろうか……いや、おそらく無理だろう……やはり聖者と私達普通の魔法使いでは……いやまてよ……魔力をため込んでおける物質に毎日魔力を注ぎ込んでおけばあるいは……」

 

 こちらのことなど一切気にも留めず、所長は何か一人でぶつぶつと呟いている。

 流石魔法狂いと言ったところで、魔法の理論について頭の中でまとめているらしい。研究職から外されて事務作業をしている今でも魔法のことで頭がいっぱいらしい。それが数十分続いたかと思おうと、彼は突然正気に戻り再び話を始めた。

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