4.聖なる少女1

 人は簡単には変わることができない。今まで怠けていたものなら尚更である。

 それは、ルシフも例外ではない。

 もちろん、彼も努力は怠らない。その証拠に、今日は早く起きたが、立ち上がるのが酷く憂鬱に感じた。

 仕方なく窓から外を眺めて、やる気が出るのを待つことにした。

 窓の外には住宅街しか見えないが、そこで遊んでいる子供達を見てその熱を貰おうと思ったのだ。

 しかし、あるのは後悔ばかりである。

 

(あーあ、俺も少し前までは何も考えず走りまわっていたのに……。一体どこで間違えたのだろうか?)

 

 ルシフは考えても仕方ないことばかりに時間は使うことが好きである。なんといっても、時間を無駄に使う感じがたまらない。

 しかし、今日のルシフは一味違う。彼はベッドの横にある机、その上に無造作に置かれた聖典を手に取って、あろうことか勉強を始めた。

 仕事だけではなく、勉強も嫌いなルシフだ。勉強は結局1時間ほどで切り上げ、ベッドから立ち上がった。そうして掛け布団を無造作に片付けると、ドアのそばにある本棚へと向かう。

 まずは部屋を丁寧に片付けることにした。部屋を整理したくて仕方がない。

 

 それからは、散らかった本を本棚に戻したり、放ったらかしのゴミをゴミ箱へと入れたり、床を箒で掃いたり、水拭きしたり、乾拭きしたり、埃を取ったりと大忙しだ。

 流石に、物凄いゴミの山だ。自分がいかに何もしていなかったのか思い知らされる。

 ピカピカになった部屋をみて満足げなルシフだが、何かを忘れている気がしないこともない。

 

「これだけ部屋を綺麗にしたんだぞ? 今日ぐらいは午後から働けば許されるだろう……たぶん……」

 

 とりあえず、午後から懺悔を聞く仕事をしようと考えた。

 仕事をするなら、まずは腹ごしらえからだろう。

 そう考えたルシフは、廊下を出てリビングへと向かうことにした。しかし、今はまだ朝の11時だ。まだご飯の準備など出来ているはずもなく、あったのは母の驚きと質問責めだけだった。

 

「こんな早くに起きて、どうしたの? いつもはまだ寝ている時間でしょ? どこかでかけるの? それにその服は……まさか、本当に神父として働いてくれるの? 今日だけじゃないわよね? 一体どういう風の吹き回し?」

 

 そんなにいっぱい聞かれても、答えられるはずもない。そう思い、げんなりする。しかし、母にはそれが一大事なのだろう。

 だが、今のルシフにとってはそんなことより腹ごしらえの方が重要だ。

 誰にとっても信じられないことであろうが、もちろん、その後仕事をするつもりである。

 

「いや、ちゃんと働くよ、もちろん。でも昨日から何も食べていないから腹が減っちゃって……食べられるものなら何でもいいから、何か食べられるものを作ってほしいな……なんて……。ダメかな?」

 

 流石に可愛い息子の頼みだし、マリアは作ってやるのもやぶさかではないという風だった。だが、このままでどうせルシフがサボってしまうだろう。

 

「いいでしょう。ただ1つだけ条件があるわ」

「条件?」

 今までは、頼んだだけで食事を作ってくれていただけにルシフは驚いた。

 しかし、今までの自分の状況を振り返るに、いつ愛想をつかされてもおかしくはなかったため、別段何を考えるでもなく単純に聞き返すことが出来たのだ。

「なに、そんなに難しいことではない。いたって簡単で誰にでも出来ることよ。もちろんあなたにも出来ること……どうする?」

 

 甘えてばかりもいられないとルシフは考えて、条件を聞くよりも早く返事を返した。もちろんイエスと。今思えば早まったことをした、ただ後悔はしていない。

 彼女は計画通り言わんばかりで、明らかに悪役みたいな表情をしていた。彼女が息を吸い込む音がする。

 

「そう、条件はただ1つ」

 

 絶妙な間にルシフは息を飲む。

 

「条件とは……」

「条件とは?」

「その条件とは……」

「その条件とは?」

「答えはコマーシャルの後で!」

 

 ルシフは彼女がなにを言っているのか理解不能だった。コマーシャル? なんだよ、それ? ルシフは困惑し、一瞬言葉につまる。

 

「……っ? いったい、コマーシャルがなんだか分からないけど、さっさと条件を言ってくれよ。母さん!」

 ルシフがあわてている様子を見て母は大げさに笑う。

「ごめん、ごめん、あなたがとても真剣だったからつい」

「ついじゃねぇ!」

「条件は最低でも今日と明日は真面目に働くことよ!」

 条件は非常に緩く、それを聞いたルシフは安堵した。それと同時に彼は悲しくもなった。

「なんだ。そんなことか……今日から真面目に働くって何度もいっただろう? 信用してないんだな?」

 

 実の親に信用されないのは辛いことだ。だが、そもそもルシフ自身の行いが悪いので、母親を責めることは出来ない。むしろ、自分のことが情けなくなる。

 こんな出来事があったからこそ、きちんと働こと考えることが出来たのだ。

 

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