8.リスクの襲来
夕焼けに染まる街並みはどこか、昼間に比べ寂しさを感じ、センチメンタルになる人も多いだろう。どうやら、商業通りを賑わしている者達も同じようだ。昼に比べ活気がなくなっている。そんな静けさの中、教会入口のすぐ真横にある庭で、ルシフだけが真剣に稽古に取り組んでいた。
中央通りには、役所や市場から帰る人がちらほら見え、その中にはルシフが修行する光景を嘲笑う者もいた。それでも、ルシフはそんなことを少しも気にも止めず一心不乱に剣を振り付けた。
彼が働かざる男だと知っているものからは時々声援もあるが、それにすら気がつかない様子で剣を振る。そんな彼の姿が人々の心を引きつけ、いつの間にか観衆が集まっていた。そんなことにも気が付かず、ルシフは何かあろうとも剣を振った。
ルシフが剣を振り始め、少しだけ時間が過ぎた頃のことだった。辺りはすっかり暗くなり、観衆はすでに誰も居ない。少しだが、市場の方からは明かりや声が漏れている。
その中で、ようやく剣の感覚を取り戻したルシフは、刻印を持つものとしての感覚も取り戻しつつあった。
長らく使っていない力は錆び付くもので、随分使わなかった悪魔魔法も例外ではない。魔法の副作用か目が少し疲れるのを感じた。
研ぎ澄まされた感覚により、暗闇の中にある違和感があるルシフだが、それが何かは分からない。
まるで、奥歯に何かが詰まっているような感覚だ。
一瞬だったが、庭の奥にある木陰から只ならぬ気配を感じたような気がした。ルシフは木陰の方をじっくりと見つめる。
「そこにいるお前、出てこい!」
ルシフがそう威嚇する。
だけど、姿を現した人物はルシフがよく知っている者だった。
「ごめん、気になって見ていたんだ。ルシフがずっと帰ってこないから」
陰から出て来た人物……。それは、レヴィアだった。
「なんだ、レヴィアか」
ため息をつきそう呟くルシフだが、やはり違和感は払拭出来ない。あの気配が本当にレヴィアの気配だったのか、その真意は分からない。
考えるように黙り込むルシフ、その様子をレヴィアは心配した。
「どうしたの? 黙り込んじゃって」
そういう彼女の口調も動作もまさにレヴィアそのものだった。しかし、ルシフはあることに気がついてしまった。
「……お前誰だ?」
その言葉に焦る様子もなく彼女は返した。
「なに言っているの? 私はレヴィアだよ?」
「もう、気付いているんだよ……さっさと姿を表すんだな!」
彼女は一度も見たことがないような狂気を見せ、ニヤリと笑った。
「よく分かったね? 僕がレヴィア=ライじゃないってこと。最初のヒントが大きかったのかな?」
ルシフに緊張が走る。最初に感じたあの気配、あれはまさに人を殺す悪魔、それもかなり強い悪魔が発する物に違いない。
そんな奴に暴れられたなら、街が崩壊してしまう可能性も考えられる。
「一体なにしに来たんだ? 狙いは俺か……?」
言葉を慎重に選ぶルシフだが、それをみて彼女が嘲笑う。
「僕は君なんかに興味ないし、暴れるつもりもないよ。ただ、君のその目が欲しいんだよ。もちろんくれるよね?」
彼女から発せられる殺意がルシフを襲う。殺意だけで気を失いかけるルシフだが、何とか持ちこたえる。
「まじかよ! これじゃあ悪魔というよりも魔神じゃないか!?」
ルシフが叫び、恐怖におののく。
その時、勢いよく教会のドアが開く、中から出て来たのは本物のレヴィアだ。
「まさか、こんなにも強い悪魔の気配に気がつかないなんて失態だわ!」
出て来てすぐに構えようとするレヴィアだが、悪魔はすでに彼女に向かって拳を振り出している。
レヴィアの魔法は間に合わない。ルシフはとっさに魔法を発動しており、レヴィアの前に出て剣を構える。
「……くっ……!」
あまりにも強い拳圧に耐えきれず、レヴィアごと教会に吹き飛ばされる。
なんとか教会の椅子を吹き飛ばしながらも減速を図るが、減速せずルシフはなんとかレヴィアのクッションになった。教会の壁に激突してようやく止まる。
レヴィアは致命傷を避けたが、ルシフは身体中から血を吹き出し座り込んだまま立ち上がれない。
そんなことは御構い無しに、悪魔が教会の中へと入って来る。
「おや、参ったな。僕はただ好奇心で君の目を見たいだけなのに……つい騒ぎになっちゃったな」
申し訳なさそうに悪魔が呟く。レヴィアの顔をしている悪魔だが、何の可愛げもない。
「うーん、ごめんね。僕って昔からこうなんだ。気になることがあったらついやっちゃうんだ」
それを聞いたレヴィアが辛うじて立ち上がり、声にならない声で吐き捨てる。
「だから、あなたは悪魔なのよ……」
その言葉は悪魔の心に突き刺さる。
「君たちには申し訳ないことをしたね。でも、2.3個教えてくれない? もし教えてくれたら君たちには今後二度と手を出さないように我慢するよ。もちろん出来たらだけど……ああ、でもあまり自身はないなぁ……でもいいだろう? 少なくとも今日はもう襲わないと約束するから」
悪魔は表面上謝っているようにもみえるが、全く悪びれていない。
「そこの君、悪魔だよね?」
悪魔はルシフの方を指差し訪ねた。
しかし、ルシフは満身創痍で答えるのも難しい。それを察していたレヴィアが代わりに答える。
「彼は確かに獣の刻印を持っているけど悪魔じゃない!」
その言葉に悪魔はレヴィアを振り返りギロリと睨みつける。
「君には聞いてないよね……? 次余計なこと言ったらそこの彼が人生を1からやり直すことになるよ。それでもいいなら続けていいよ」
そう言ってにやけた。
レヴィア1人なら対等に渡り合えるかもしれない。だが、負傷したルシフを人質に取られどうすることも出来ない。
それを感じ取ったルシフは掠れた声で言った。
「俺も悪魔みたいなもんだよ……」
「だよね。僕と同じ気配を感じるもん。でもそれより気になることは僕の正体を見破ったことかな……どうやって見破ったの?」
悪魔が2つ目の質問をする。それにルシフが答える。
「簡単だ……お前の手には、聖なる刻印がない……」
悪魔は自分の手の甲を見て、少し驚いた様子だった。
「あら? そうか、さすがに刻印まではコピー出来なかったか……」
そう言って悔しそうにしている。
「コピー? お前やはり……」
「また余計なことを。でも、君は僕に知識を与えてくれたから、特別に許すよ。
それじゃあ最後の質問だ……
…………君何周目?」
最後の問いは、ルシフにとって意味が分からないものだ。何かを察したのか、悪魔が訂正した
「やっぱこの質問なし。あまり面白いものでもないしね。代わりと言ってはなんだけど、君のその目について教えてよ」
悪魔はルシフの目に興味をもち、強く惹かれるものがあるのだろう。
もちろん、攻撃的な魔法が多くを占めるのが悪魔魔法だ。そんな中でルシフが使うような魔法は珍しい。
だが、魔神が興味を持つようなものでもない。
「どうして、お前は俺の魔法をそんなにも気にするんだ?」
少しも迷うことなく悪魔は断言する。
「それは、僕の力に似ているからだね」
似ている、ルシフはその言葉は明らかにおかしいと感じた。
なぜなら、ルシフはこの悪魔に対して、自分の魔法について何も伝えていない。
それなのに、直接見たかのような言い草だ。ルシフは確信を持った。
「そうか、お前俺たちの心を読んでいるな?」
悪魔は嬉しそうにニヤつき、大げさにリアクションした。
「あたり! 正解者にプレゼントとかないけどね」
だが同時に、ルシフに疑問を与えた。
「心が読めるなら俺から直接聞く必要などないはすだ……そうだろ?」
「それについては、話せないよ。僕も自分の弱点を晒す程自信家でもないからね」
その悪魔の魔法にも、何らかの厳しい条件とリスクがあるのだろう。
「そんなことより、僕からの質問に答えてもらうよ?」
悪魔はそう言い、続けて質問する。
「君の魔法にも条件やリスクはあるね? だけど君が使っている魔法は準備に魔力を使っていないように感じる? 悪魔魔法なのに魔力を使わないのかい?」
「いや、詳しくは話せないが魔力は使っているよ。ただ使う魔力が限りなくすくないだけだ」
悪魔はその言葉に酷く落胆した。
「えっ!? なんだそうなのか興が削がれたよ。僕は魔力を使わない悪魔魔法について知りたかったのに……」
「それは期待に添えず悪かったな」
ルシフの魔法は魔力を使わない、だがルシフは本当のことを話さなかった。
「まあ、約束は約束だ。今日は帰るとするよ」
悪魔はゆっくりと教会から出て行こうとする。
「待てっ!」
そう言うルシフの制止も聞かず、悪魔は教会から出て行きゆっくりと遠ざかって行った。
最初こそ気配を感じていたが、突然ぱったりと途絶えた。
レヴィアとルシフにとっても、あの悪魔の襲来はとても恐ろしい出来事だった。
「だから、悪魔魔法を使うことには反対したのに……。でも、かばってくれてありがとう」
そう怒りを照れ隠しに使うレヴィアの声は、ルシフの耳には届かなかった。
後に残ったのは散らかった教会と壊れた壁、それにいつまでも絶えない静寂だけだった。
まるで嵐でも通った後かのような教会には2人以外誰も居なかった。
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