7.悪魔の魔法

 結局、レヴィアは教会で1日を過ごした。

 マリアの計らいで、こっちにいる間は教会に泊まるようだ。

 

 朝になるとレヴィアは凄い勢いでご飯を口に駆け込み、その勢いのまま飛び出した。マリアと話していた内容から、いまだに存在もしない聖者を探しているとルシフは気がついた。

『選ばれし男』など存在しないと気がついただろうに、それでも諦めきれないのだろう。

 ルシフにとってレヴィアは古くからの馴染みだ、手伝ってやりたいとも思うが、ミサをほっぽりだすことも出来ない。

 

「働かざる者の称号は返上したいからな」

 

 ミサ自体は朝の内に終わるが、自分に懺悔することを楽しみにしている人もいる。それなのに自分の都合で動けないというのもあった。

 そんなことを考えながら、リビングから自室へと向かう。しかし、それを防ぐ者がいる。

 かの有名な漁師、そのかしらだった。

 

「おやっさん、人が真面目に働いているんだ。邪魔しないでもらえますかな?」

 

 お頭はまたいつものように怒りに満ちた表情だ。

 だけど今回は、ルシフも真面目に仕事をこなしている。

 何に対して怒っているのか全く見当がつかないらしいルシフは、苦しまぎれに色々言ってみる。

 

「あんまり怒ってばかりいるとハゲが進行しちまいますぜ! ハゲには母さんは任せられないよ……」

 

 お頭はそのどちらに対しても無反応だ。それどころか、若干だが顔が紅潮しているような気がする。怒りを抑えきれないといった感じだ。

(こんな時、尊敬するあの人ならなんて言うだろう……)

 ルシフはその小さな脳みそで頭が熱くなるほど考え込んだ。そうして、答えを見つけた。

 

「腐ってやがる。ハゲすぎたんだ」

 

 そのセリフにお頭の怒りがついに爆発した。

「せっかく褒めてやろうと思っていたのに、このチビやろうが!! 悪かったな……若ハゲで!?」

 怒りの声はいつもより大きかった。いつもは出てこないマリアが何事かと部屋から飛び出してきた。

「おかしらさん突然大きな声でどうしたのですか!?」

 マリアが出てきてからのお頭の様子はどんどんおかしくなる。

「マ! マ! マリ、マリアさん!?」

 明らかに挙動不審でもはや変質者と間違えるほどだ。しかし、マリアはその焦りの意味に気がついていない。

「どうしたのですか、そんなに慌てて?」

「い、い、いえ。な、な、なんでもありません!!」

 ものすごいテンパリを見せるかしらと話すマリアはまんざらでもないようにも見える。

 

 そんな様子を見て、ルシフは思う。

(さすがに中年2人のラブロマンスは俺にはきついわ……。ていうか、2人が若かったとしても嫌だけどな)

 だが、これはルシフにとってチャンスでもあった。

 このままいけば、さっきの事が有耶無耶に出来る。なんとか押し切ろうと思うルシフであった。

 

「おやっさん、お母様。私にはミサの準備がございます。あとはお2人でごゆっくりと……」

 

 そう言って部屋に戻ろうとするルシフだが、人生はそんなに甘くはない。

 お頭にシャツの襟を掴まれ睨まれる。

「まあ、そう焦るなよ。ルシフ。俺たちももう20年の付き合いだよな? ちょっとくらい遅れても誰にも文句言わせねぇよ……」

 表面上では微笑んでいるようにも見えるが目が笑っていない。

 

「いやー。僕は真面目だからな……。ハヤクシゴトシナクチャ。トイウカシゴトガシタイナ」

 

 ルシフの放った言葉は明らかに本心でないことが分かる。

 だが、かしらも負けず劣らず皮肉を吐く。

 

「へぇ~。そうかぁ仕事がしたいのかぁ……じゃあ、そんなルシフ神父にとーっておきの仕事があるんだよぉ……」

 

「へぇ、とっておき……」

 ルシフはすでに嫌な予感しかせず声は半分死んでいた。

「大丈夫、大丈夫。ただ立っているか座っているだけの仕事だから。まぁ雑音が色々混じっているけどいつものように気にしなければいいだけだよ」

 もはや口調が丁寧すぎることだけでも、ルシフはとてつもなく恐ろしく感じていた。

「では、マリアさん。私は神父さまとお話しがあるので失礼しますよ」

 そう言ってかしらはルシフを部屋まで引っ張って行った。

 

 かしらのドアを閉める力が強過ぎて、また絵が落ちた。

「もう何度目ですか? いい加減怒りますよ」

 ルシフは怒られている側にも関わらず偉そうに言った。

「まあ、そう怒るな。というか怒っていたのは俺の方だったはずだが」

 かしらはルシフの手のひらで踊らされることが多い。だがルシフも時々は失敗する。今回もかしらを部屋に入れてしまった。

「おやっさん、あんたは本当に行動が読みにくいから困るよ……」

 かしらを褒めているのか馬鹿にしているのかわからない言動ではあるが、かしらはそれを褒め言葉として受け取った。

「お前が俺を褒めるとは珍しいこともあるものだな」

「茶化さないで下さいよ……ところでなんの用なんですか?」

 怒らせたのはルシフだが、本来かしらは説教のために来たわけではない。

「そうだ、忘れていた!」

 かしらは何か思い出すと窓際にあるベッドに腰を下ろした。ルシフは机の方にある椅子の方に座って欲しかったが、仕方がなく自身が椅子に座る。

 

 お頭は少しリラックスしたように大あくびして、ゆっくりと本題に入った。

「ここ何日か教会に入り浸っているあの娘っ子のことだが……」

 話し始めたのはどうやらレヴィアのことらしい。

「ん? レヴィアがどうかしたんですか?」

 お頭は神妙な顔つきをしている。

「そう、そのレヴィアっていう聖者様……王都の方では行方不明になったと大騒ぎだぞ。お前は何か知らないのか?」

「行方不明? 俺は何も聞いていませんよ!?」

「やっぱり、か……。とりあえず今日のミサはいいから彼女を探しに行ってこい」

「ですが、俺はもう仕事をほっぽりださないと誓ったんだ!!」

 ルシフはこの1週間覚悟をもって仕事をしていた。だというのにこんなにも早くその誓いを破ることなど出来ない。

「お前は馬鹿なのか?」

 初めてお頭が静かに怒っていた。それに恐怖を覚え何も言えない。

「うっ……」

「お前は友達を見捨ててまで、自分の誓いを優先すると言うのか? 俺はそんな風に育てた覚えはないよな?」

 ルシフはその言葉に思わず部屋を飛び出していた。

 部屋に残ったお頭は誰にも聞こえないぐらい小さく呟いて笑った。

 

「馬鹿息子が……」

 

 自分に子供がいたならきっと同じように思ったことだろう。お頭は嬉しさのあまり涙を零した。

 

 

 ルシフは中央通りを息が切れるのも忘れ、駆け回っていた。人が集まるのはこの通りと商業通りくらいのものだ。彼女はこの辺りに居るはず。そう信じて聞き込みも続けた。

 だけど、彼女は中央通りにも商業通りにもいなかった。街の入口にも港にもいないし、酒場でも彼女の情報はなかった。

(こんなことに魔法を使うことになるとは、な……。近くに他の聖者がいないことを祈るばかりだな)

 ルシフの魔法は非常に大掛かりなものだ。もし範囲内に聖者がいたら悪魔魔法に勘付かれてしまうことは間違いない。

 だが、彼女を見つけるためにはもってこいの魔法である。

「親愛なる神よ。明けの明星の名においてこの力を使用することを許したまえ……」

 ルシフは神に仕える者であったため、念のために神に許しを請う。

 当たり前だが、神からの返事など返ってくるはずもないので結局許すのは自分だ。そのまま続けて詠唱する。

 

「光を失し金の星よ、暫時の間我の光を与えよう。汝に与えし光を贄にその魔力を我に与えよ! 我が名はルシフェル! 血の盟約に答えよ!」

 

 そう唱え終えるとルシフの右目が光を放った。

 

「なるほど、あいつはそんなところに居たのか」

 彼が1人で納得している姿はとてもシュールだった。あたりの人々からひそひそと笑い声が聞こえてくる。

 しかしルシフにはそんなことはどうでもよく、無視してがむしゃらに走り出す。

実は彼が右目を解放している間は1つの事象に対し、ある条件の元、少し先の未来を見ることができた。しかし、見ることができるのはほんの数秒後であるため、未来視としての能力はほぼ役に立たないが、どこにいるかもわからない人物でさえ未来を見ることが出来るので、人や物の場所を探すのにはもってこいだ。デメリットとして使用後1時間は再度利用できないことと、悪魔の魔力が刻印を持つ者達に悟られやすいというものがある。

 一見使い勝手がいいようにも思えるが、戦闘で役に立てるのは難しい。理由は単純だ。発動している数秒の間は右目が目の前の景色を見ることが出来なくなるからだ。それだけでものすごく集中力が削られる。

それでも今は彼女の居場所を見つけることが出来るのだから他のことはどうでもいい。

 近くに居た人達はルシフに対して異物を見るかのような目を向けた。目が光ると言うのも考えものだ。だがルシフ自身はそんなことも気にせず再び走り出した。

 

 折角港まで走ってきたルシフだが、また中央通りを教会の方へと逆走した。レヴィアはずっと教会にいたのだ。

 毎週のように中央通りまではみ出している露店を無視して教会へと駆け込んで行った。

 

「お前! 聖者を探しに行ったんじゃなかったのかよ!?」

 教会の掃除をしていたレヴィアは大声に振り返った。そこに立っていたのは、息も切れ切れなルシフだ。

「やっぱりさっきの魔法はルシフが使ったのね……」

 それはルシフの右目からもれる光からも分かった。

「ああ、お前のことが心配だったからな」

 それにレヴィアは深いため息をついた。

「私はずっとここにいたわよ……少しでも役に立たないとだから。そんなことより、悪魔の魔法を使うことがどういうことか、それを一番よく知っているのはルシフでしょ?」

 悪魔の魔法を使うことのリスク、それは聖者を引き寄せるだけではない。悪魔を引き寄せることにもなりかねないのだ。ルシフはそれで学生時代に痛手を負っていた。

「大丈夫だよ、俺は……。それよりお前、騎士団の連中にここに来ること伝えてないだろう?」

 レヴィアは顔を伏せ、そっぽを向いた。

 どうやら話したくない事情があるようだった。ひとまずルシフはその話をやめた。

 

 何より、彼女がここに来た本当の理由、それが悪いことではなさそうで安堵した。

「まあ、話したくないならいい。話せるようになったら話してくれ」

 そう切り出してルシフは仕事へ戻ろうとも思ったが、時間も時間だ。もう懺悔室を訪れるものも居ない。

 ルシフはもう6時間近く街を走り回っていたようだ。今日は半休として久しぶりに剣の修行でもしようと思うルシフであった。

 

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