5.聖なる少女2
いつものように懺悔室にこもるルシフだが、その顔つきは心なしかいつもと違う。今日は眠気まなこでも気怠けでもない。キリッとした真剣な表情で座っていた。しかし、誰も訪れない懺悔室ほど眠気を誘う場所もないだろう。いつもなら大行列が出来る懺悔室は閑古鳥が鳴いている。
せっかくやる気を出したというのにこれでは何の意味もない。
どうしてこんなに人が来ないのかと不思議に思うルシフだが、それも当たり前といえば当たり前だった。
今日は王都から、王国騎士団の団長であるジゼルが街を視察に来ることでパレードが行われているのだ。そんな中で懺悔のために教会を訪れるものなどいるはずもない。
「それにしても暇だな。何で誰も来ないんだ?」
そんな彼のボヤきも虚空へと消えていった。ルシフはほとんど引きこもりのような生活をしていただけに世情にも疎く、それはやる気を出した今ですら同じだ。新聞を読むことも、隣人たちの話を懺悔以外で聞くことにも慣れていないため、噂を集めることに疎い。
だからこそルシフは気がついていなかった。まさに今、礼拝堂の方には多くの人が訪れているということに。
いつも懺悔室にこもっているルシフにとっては、外の音のことなど気にしたこともなかったのだ。だからこそ、すぐに近くで騒ぎ声が聞こえようが気にもならない。
誰も懺悔室を訪れないまま2、3時間経った頃だろうか、パレードは佳境に入っていた。丁度、騎士団長の集団が教会の前に差し掛かっていた。
いくら外の音を気にしないといえど、これには流石のルシフも外が騒がしいことに気が付いた。
「……五月蝿すぎやしないか?」
ルシフは1人さみしそうに呟く。
外がどれほど騒がしかろうが、自分には何の関係性もないということに気がついたからだ。なにより、自分の呟きに答えてくれる声などあるはずもないと、そう思い込んでいた。
しかし、全く気配すら感じなかった対面の部屋から唐突に女性の声が聞こえてきた。
「それはそうだよ。だってパレードの最中だもん」
元騎士団希望者だったということから気配を探る能力には自信があった。
それなのに、声をかけられるまでルシフは何も感じなかったのだ。
「……っ!?」
突然の返答に驚いたルシフは、勢いよく立ち上がり頭を天井にぶつけてしまった。彼は頭を抑え、懺悔室を出て懺悔する者の方へと回り込もうとする。
だが外に出た時、あまりにも多い来客に目を奪われた。いつも人は多いが、流石にパレードの日だ。人が多すぎる。
驚きのあまり絶句しているルシフの後ろのドアが開いた。中からは16歳ぐらいだろうか、王国騎士団の制服を着ている美少女が出て来た。そうして、笑顔を見せて言った。
「お久しぶり、明けの明星さん」
ルシフに気配を悟らせずに部屋の中に入ってくることが出来る人間はそう相違ない。それが女性ともなると唯一無二に近いだろう。
「やっぱりお前か」
騎士団の人間とは思えないほどに細いからだに、風になびかせた美しい髪がルシフの記憶を刺激した。
「なんだか嫌そうだね?」
そう不機嫌そうに尋ねる表情すら、街で見た時のままだった。
彼女の名はレヴィア、王国騎士団に所属している渦巻きの聖者だ。魔力量はルシフと比べるとけた違いで、運動をすることに関してはルシフ以上に怠惰な少女だ。
「嫌ってことはないぞ。ただな、渦巻きの聖女がこんなところにいていいのか?」
「いいの。私は仕事でここに来ているのだから。それに私はそんな名前じゃないわ」
不服だと頬を膨らませながら少女は言った。それにはルシフも言いたいことがある。
「あのな……レヴィア、俺の名前も明けの明星じゃないんだぞ?」
「失礼、ルシフェル。」
レヴィアは悪びれる様子もなく、名前をわざと間違えた。流石にルシフも苛立ちを抱いたが、グッとこらえた。
「まあいい、それで仕事って?」
「聖女として騎士のスカウトに来た」
彼女は当たり前でしょ、という風にルシフの問いに答えた。
「騎士? こんな街に騎士になれる奴なんているわけがないだろ?」
ルシフは不思議に思う。まさか、漁ばかりや商いばかりしている街で戦力になる人間なんていないだろう。たぶん、この街の住民において、一番の実力者は自分だと、ルシフはそう自負していた。だからこそ、通常よりも驚いた様子を見せた。
「驚かないで聞いてほしい。実は神からの啓示があった」
神からの啓示とは、聖者が生まれたことを知らせる神の御業だ。しかしながら、もう5年近くはなかったことだ。驚かないでと、言われても無理があった。それはもうルシフは驚いた。
「か、神から啓示だと!? 本当にこの街に神の刻印持ちが生まれたのか!?」
「そう、この街に『選ばれし者』がいると……。でも、生まれたとは少し違うわ」
生まれた訳じゃない。その言葉の意味がわからなかった。神の刻印は悪魔の刻印と同じで、生まれながら持つのが当たり前なのだ。
しかし、彼女はとんでもないことを口走る。
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