6.神託
レヴィアは少し息をためた後、覚悟を決めたように話し始めた。
「神は『選ばれし男が現れた』とおっしゃられたの」
「はあ? 現れた!?」
ルシフは驚きのあまり大きな声を上げてしまう。教会をおとずれていた人達はその声に反応し、こちらのようすを伺っていた。
現れたという表現では、どこからともなく出現したかのような意味合いになる。つまるところ、どこからかやって来たという意味にも捉えられる。
「突然大声をあげないでよ……私だってこんなのが神託だなんて信じられないわ。だっていつもならもっと直接的なものが多かったのだもの。『○○の家に新たな聖者が誕生した』とかね」
レヴィア自身も不思議そうな顔をしている。
「でも、実際神様からそう聞いたんだろ? なら間違いねぇだろ」
ルシフにとってもそれは不思議なことだ。いつもならもっと直接的に聖者が生まれたというような神託があるはずだった。街にいた頃は、いつもレヴィアから聞かされた。
「でも、神様の声がいつもと違ったのよね……それに神様以外にも誰かの声が聞こえたし」
「誰かの声?」
彼女から聞いてきた今までの神託と違い、明らかになにかがおかしい、ルシフはそう思い1つの仮説を立てた。『それは神託ではないのではないか?』と。
「その神託ってどこで聞いたんだ?」
そんなことをルシフが聞いたのは初めてのことだった。レヴィアはわけがわからなそうに小声で答えた。
「ちょうどこの街に来た時、馬車で眠りってしまった時だったかしら……。なんだか、神託が聞こえてくる時にあるような変な気分になったの。いわばトランス状態ってやつかしら? その時どこかから声が聞こえたの。この街には『選ばれし男』がいるってね」
その答えにルシフは自分の仮説が的中したと確信した。
「もしかしてそれって……街の住人の声とかじゃないよな?」
「そんなわけ無いじゃない。だって私は神託を聞いた時のような気分だったのだから」
「まさか……酒とか飲んでないよな?」
「聖女がお酒なんて飲まないわよ……そもそも未成年だし。貢ぎ物のなかにあった葡萄ジュースならのんだけどね」
おそらく葡萄酒だったのだろう、ルシフは心底ガッカリした。この街で刻印持ちは自分だけだ。なぜならどこかで聞いたことがあったからだ。『獣の刻印が聖なる刻印に変異した』という噂を……ありえないだろうが、もし刻印が変化したというのなら自分の可能性が非常に高いと思った。だからこそ、彼女が悪いというわけではないが、なんとなく恨めしい気分になる。
だがここまで目を輝かせて神託だと信じるレヴィアに、恨みを返すように真実を話すことは出来ない。
話を終えると彼女はすぐに教会を出て行った。酒場で情報を集めるらしい。おそらく、大した情報は見つからないだろうと哀れに思うルシフであった。
彼もいつまでも一人でそこに立っているわけにもいかず、懺悔室へと戻る。おそらく、今日は誰も来ないかもしれないだろうが、それでも神父の大切な仕事の一つだ。サボるわけにはいかない。
「一度はあきらめた夢でも、いざ叶うかもしれないと思うと……やっぱ、あきらめきれないなぁ……」
ルシフは誰にも聞こえないようにそう呟いた。
彼は道半ばで夢を諦め、王都への出稼ぎを切り上げたがそれでも夢を完全に忘れることは出来ない。それは彼自身痛いほど感じていた。
だが、彼の夢であった王国騎士団に入るということは、獣の刻印を持つ彼にとっては非常に難しいことである。というよりも、現代の王国においてはほぼ不可能だということを思い知らされている。
いまの王国騎士団の団員は僅か20名で、その中には獣の刻印を持つ者は1人たりとも存在していない。なにより、最後に獣の刻印を持つ者が王国騎士団に所属した記録は今までに存在しない。唯でさえ、王国騎士団に最後に誰かが入団したのもかなり前だというのに、これほどまでに絶望的な現状もないだろう。
確かに獣の刻印を持つものは王国騎士団にはいないが、王国魔術団の方には多くいる。ルシフが出稼ぎで所属していた団体だ。そこの人々からも嫌という程現実を叩き込まれた。そのことによっても、絶対に希望がないと思えるからこそ、現実がルシフを絶望の底へと叩き落された。
それ故に彼はレヴィアの言葉に期待してしまった。
記録にすら残っていない伝説的な話だが、過去には獣の刻印が変化して神の刻印、聖なる刻印となり聖者に成り上がった人物がいたという話にすがってしまった。
それも彼の願望でしかない。だからこそ、全てを置き去りにして、地元に帰ってきたというのに、彼女が受けた神の啓示とやらはそう匂わせるものだった。
ルシフは忘れていた感情の昂ぶりに自らを抑えつつも、出来るだけ頭の中で考えないようにした。
しかし、彼はまだ気がついていない。
『努力をやめた者に結果などついてこない。』ということ。
それだけ、まだ自分に可能性が秘められているということにも気がつかないまま、誰かが自分を成功に導いてくれると勘違いしている。それこそが、彼がなにもしてこなかったつけなのだった。
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