4.聖なる角3

「お前は出てくるんじゃない。話がややこしくなるだけだ」

 ルシフはため息をついて窓を閉めた。そこにいた全員が唖然とする中、アリサが声を出す。

「今のってレヴィア様だよね?」

 アリサは窓の方をじっと見つめる。唖然とし続けていたおっさんもつられて窓を見つめる。

「いいや、気のせいじゃないか…………」

 ずっと誤魔化し続けていたルシフだが、残念なことに彼に嘘の才能はこれっぽっちもない。不自然にそらした目がそれをものがたっている。

 何よりおっさんはルシフがレヴィアのことを隠していることなどまるで知らない。だからこそいとも簡単に秘密をばらしてしまうのだ。

「いや、俺も知っているぞ。あれは、間違いなく王国騎士団のレヴィア様だろ?」

 ルシフはおっさんを睨む。睨むと言っても鋭い眼光で見つめるというわけではなく、横目で少しだけ威圧した程度だ。

「おっさんは黙っていてくれよ!!」

 だからこそルシフの焦りはおっさんには伝わらない。

「お前、目上の人にその態度はないだろう」

 おっさんは明らかに不服そうだが、「まあ俺は部外者だしな……」と、ルシフの言葉通りに黙り込んだ。

 ようやく喋る機会を得た様にアリサが口早に話し始める。

「レヴィア様、やっぱりこの街に居たんだね。ルシフさん、早くレヴィア様を呼んできてよ。僕はレヴィア様に会うためにこんな所まで来たんだ!」

 まるで本当に子供のようにはしゃぐアリサ。

 

「その必要はないわ! 早く家に帰りなさい。アリサ!」

 

 いつの間にか教会の入口へと回っていたレヴィアがアリサに厳しく言う。

「いいえ、帰りません。僕はレヴィア様と一緒に居られればそれでいんだもん。レヴィア様と一緒じゃなければ帰る必要なんてない!」

 アリサは激昂する。それに対抗する様にレヴィアが怒鳴る。

「言っているでしょ、今は王都に帰るつもりなんてない! ハムートと一緒に騎士団本部に帰りなさい!」

「どうしてそんなこと言うの? 僕たちはもうあそこにはいたくないんだよ!?」

 その言葉にレヴィアが怒りを鎮めた。それどころか意気消沈したように気迫がなくなった。

「そう、あなたたちも私と同じなの」

「……一緒?」

 アリサに自覚がなかった。しかし、それもしょうがないことである。彼女はまだ5歳だから、プレッシャーや近くにない恐怖が自分の深層意識に関係しているということに気がつかなかった。

「私は悪魔の軍勢に恐怖して逃げて来た、あなたたちもそうなんじゃないの?」

「僕が逃げた…………?」

「そう逃げた。あなたは私のように逃げちゃだめ……まだ間に合うから戻って」

そう言うレヴィアの目には涙が浮かんでいる。

 

「何だかわからないが、そろそろ話してもいいか?」

 空気も読まずに言葉を発したのは、ルシフではなく、何も事情を知らないおっさんだった。

「誰か知らないけど、なに?」

 止めようとしたルシフの動きも間に合わず、レヴィアが聞き返す。

「俺は思うんだ……その子はあんたを慕ってどこか遠い所から来たんだろ? なら無碍にするのは可哀想だって」

 おっさんは子供のことに関してはよく気が回る男だ。ただ、そのことによって保護者からはロリコンだのショタコンだのペドだの言われ変質者として扱われることになる。

「あなたの言うことは確かにそうだわ。だけど、この子は聖者なのだから、人に甘えることはダメなの……」

 おそらく、この中で一番アリサのことをわかっているのはレヴィアだろう。彼女のいうことはおそらく自分の経験則からだ。だけど、おっさんも人の親だ。ただつけ離すだけではダメだということは痛い程知っている。

「そうか、確かに偉大な者になる事も大切だろうな。だがな、君も通った道だ。分かるとは思うが理解者がそばに居ないということは辛い事だ。一番信頼出来る相手だからこそ、こんな所まできたんだろう? それなら君が助けてやらねばその子はどうすると言うんだ?」

 おっさんは凄くかっこいい事といって、悦に浸っている。そんなことを言われたレヴィアだ、考えるものがあるだろう。くしくもルシフにとっても響く言葉だ。

 おっさんは自分が言いたいことだけいうと、「しまった! 朝飯を作る時間だった!! 妻に殺される!!」と叫び、いそいそと家へと帰って行った。

 あたりには沈んだ空気が流れている。レヴィアもアリサも黙り込んだまま、少しうつむいているように見える。

 

(おっさんめ、こんな空気のまま帰るなんてどうかしているぜ……)

 

 ひとまず、暗くなった空気を一蹴したいがために、ルシフは2人に対して一つの言葉を送る。

「こんな時に使う言葉を知っているか? 俺は知っている、お前らよりも学があるからな。つまり、今回のこの状況は喧嘩両成敗だ!」

 その言葉にかえって静まりかえる2人であった。

 

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