4.王国騎士団1

 レヴィアはうつむいて黙り込む。肩は震を震わしながら、表情は苦しそうだ。

 勘違いに気がついてからルシフに教えてもらった話が、実に面白い話だったので笑うのを我慢できずにいたのだ。

 もともと聖者を探しに来たというのは建前だったため、レヴィアはそれほどショックでもなかった。だがルシフはそんなこととは知らず、黙り込んでいる彼女がショックを受けているのではないかと話を逸らした。

 

「そういえば、よく知らないんだけど王国騎士団の聖者ってどんな奴がいるんだ?」

 ルシフがどうしてそんな話を始めたのかはわからなかったが、レヴィアは無言の空気に耐えられず噴出してしまいそうだったので助かったと、彼の話に乗ることにした。

「そ、そうね。私のことは……いいわよね。あと団長のことも貴方は知っているはずよね?」

「ああ。知っている空の聖者ジゼル……俺の親友ジズ。そんでもって、お前の兄だったな」

「そう。私の愛するお兄ちゃん。じゃあ、後の2人ね。 1人は殆ど戦の場には出ないから、知っている人も少ないかも知れない。魂の聖者メフィスト様、ただあの人とはあまり話さなかったから、聖者としての力がどんなものなのかは知らないわ」

 騎士団員の中には隠密に活動する者もいるため、ルシフはそのメンバー全員を知っているわけではないが、今しがた彼女の口から出た名前には聞き覚えがあった。

「まさか、誘惑する者メフィスト卿のことか?」

 

 メフィスト卿といえば、最強の悪魔として名を馳せていた誘惑する悪魔のことだ。半世紀前に世界を震撼させたらしい悪魔で、教科書にも載っている。

 その事は騎士を目指すものなら誰でも習うはずだ。もちろんそれはレヴィアも例外ではないはずだが、彼女は何のことか分かっていない様子だ。

 

「誘惑する者?」

 

 彼女は本物の天才で、学園にも通うことはなく教科書なんて見たことすらないかもしれないのだから知らなくても不思議ではないとルシフは思う。

 彼女は最強の聖者だったために王都立防衛学校に入学することもなく、王国のかなめである騎士団か魔術師団に入ることが決まっていた。

 だからこそ、彼女が刻印を持つものの歴史も知らず、教科書に載っているような獣の刻印持ちを差別する様な事柄も知らず、彼女自身もルシフを含む獣の刻印持ちを差別することはない。

 彼女は最初から最高の待遇を与えられたが、その代わりに選択する権利は奪われ、聖者として街を護る事を義務付けられている。

 

「やっぱり知らないのか 」

 ルシフは別段落胆することもなく、仕方ないと言った風に説明を始めようとした。しかしそれはレヴィア自身に止められる。

「魅力する悪魔は知っている。 でもそれは永劫回帰の黙示録が見つかる前の人でしょ? 魂の聖者という異名とは関係なさそうだし……名前が同じだけで」

 ルシフ的には彼女が『魅了する悪魔』を知っているだけでも驚きだが、それでもやっぱり学校に行けなかった影響が出ているのだな、と少しだけ同情心を抱く。

「そうか。 やっぱり歴史に疎いんだな、お前は……まあつっても近・現代史だが」

「歴史について勉強なんて、最低限しか教えてもらってないもん」

『年表とかは知っているわ……』と自信なさげにそうぼやく彼女からは、その悲しさが伝わるようだ。たぶん彼女も普通に勉強とかしたかったのだろう。

 こうなれば自分が教えるしかないと、ルシフは説明を始める。

 

「レヴィアも知っているだろうが、魅力する悪魔は黙示録が発見される以前の王国では、刻印者達を魅了し、刻印もちの棟梁として王国を跋扈していた。ここまでは子供ようの本にでも載っている内容だ。だが王立図書館の本によると、黙示録発見後のことはそれほど詳細にはわからないらしいが、数名の仲間たちとともに他の悪魔……獣の刻印を持つ者を狩っていたらしい。何でも他人の魂を奪い、自分たちの物に出来るとか……まあつまりは、刻印持ちを殺す悪魔だってことだな」

「刻印持ちを殺す? それって聖者の仕事じゃないの?」

「そうだ、今でいう聖者がやっていることと変わりない。だが、今から50年前には聖者という考え方がなかったから、メフィスト卿は悪魔を殺す悪魔として生かされていたらしい」

「じゃあ、メフィスト様は悪魔なの?」

「それは知らない。 ただ、魂の聖者という2つ名だから無関係とは言えないな。名前も同じだし」

「確かに……でも私はメフィスト様のことを何も知らないわ」

 

 メフィストに対する謎は深まるばかりであった。

 

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