3.噂を追う者

 大分落ち着いた様子のレヴィアだが、人前で涙を流すことなどそれほど経験してこなかったため、涙が渇いた今となってようやく恥ずかしさがこみあげてくる。顔を赤面させて黙り込む。

 ルシフも恥ずかしいセリフを言った後で、その場の空気に耐えられなくなり黙り込んでいた。

 

「…………」

「…………」

 

 2人して黙り込んで肩を寄せ合っていたため、他の人から見れば仲睦まじい様にも見えるだろう。人によっては恋人や夫婦のように見えた者もいたことだろう。ルシフにはレヴィアの気持ちなどわからないが彼はとても幸せだった。しかしながら仮とはいえど神に仕える身だ。ずっとこのままというわけにもいかず恥じらいながら立ち上がる。

 レヴィアは離れていくルシフに対して少し不満げな顔をした。まるで兄に甘える妹のように。

 2人が再び話し始めるのは、それから数十分たった頃のことだった。

 

 レヴィアは小さく咳払いし、浮ついた場の空気を吹き飛ばす。

ルシフはその音を聞いて少しだけ不快そうな顔をして息をのんだ。

「ひとまず、私の経緯を正直に話しておくわ」

「そうしてくれると助かる」

 ルシフの返答を聞いてレヴィアは顔をほんのりと赤く染めた。

 

「……まあいいわ」

 明らかにレヴィアの反応がおかしいのだが、ルシフはそのことにまるで気がつかない。レヴィアは浮ついた心までは払うことも出来ずそのまま続けた。

「私はここへ来る前に、他の街へも行ったの。 あなたも知っていると思うけど、今の王国騎士団は深刻な人手不足、聖者がたった4人しかいない状態で、騎士団全体でも20人……本当にどうしようもない状況で、ちょっとした事件でも魔術師団に手を借りているほどなのよ」

 

 そりゃ騎士をほとんど採用しないのだから当たり前だと思いつつも、ルシフは彼女が言いたいことを理解して得意げに口にした。

「つまり、他の聖なる刻印持ちの所へと行っていたんだな?」

 彼女は呆気に取られ、それでもすぐに納得し返答した。

「ええ、そうよ。 私は聖刻持ちが居ることがわかっている12の場所へと向かったの。 でも、ほとんどは不在だったわ……」

 基本的に聖なる刻印を持つもの『聖刻持ち』は生まれた時点で神からの神託が来て、全ての場所を把握するのだが、刻印を持っているというだけで差別されたり、期待されたりするためかほとんどの刻印持ちは定住を持たない。獣の刻印持ちは当然のことながら、聖刻持ちですら自らが刻印を持っていることを隠す場合がある。それほどまでに、刻印を持っているということはそれだけで目立つということだ。

 だが全員が全員、刻印を隠しているというわけではなく、ルシフやレヴィアのように全く隠さない者もいる。しかし聖刻持ちは王国に400人程度いるとされているが、その中で刻印をさらしているのは騎士団員を含めて16人ほどしかいない。

 

「それで、この場所を最後の希望として来たのか?」

 12人全員の所在が分からないとなると、実のところ本当の意味で刻印をさらしている聖刻持ちは4人しかいないのだろうとルシフはこの国の特別視という差別に対して胸が痛む。

 そんなルシフに対してレヴィアは心なしかすっきりとした表情だ。

「そういうことよ」

 

 おそらく彼女がすっきりとしているのは、さっき涙を流したこともあるだろうが、それ以上に騎士としての役割から解放されたということにあるのだろうとルシフは考える。

 彼女がこの街に来てからまるで騎士としての仕事をしていないのがいい証拠だ。

 

「それで、この街に来て何か成果はあったのか?」

 わかりきったことではあったが、ルシフは少しだけ嫌味なことを聞く。

 レヴィアは現実を突き付けられて一気に顔が曇る。

「まだ、なにも……」

 そんな彼女の様子が面白くて、ルシフはさらに意地悪をする。

「ん? なんて?」

 本当は聞こえていたが、何となくからかいたくなったのだ。

「だから、まだなにも分かってないってば!」

「すまん、実は知っているんだ」

「はい?」

 ルシフが呟いた言葉に、レヴィアは首をかしげる。

「選ばれし男が誰だっていうのを知っているって言っているんだ」

 

 レヴィアに衝撃が走った。この1週間彼女は少しの情報も得られていない(というよりも、得ようとも思っていなかった情報が転がっていた)。

 それをルシフは知っているという。これでは灯台下暗しだ。

 

「し、知っているってどういうことよ!?」

「焦るなよ……俺が知っているというか、教会に来る人はほとんど知っているぞ」

「ほとんど!?」

「ちなみにその男だが……」

 ルシフの溜めに、レヴィアは息を飲んだ。

「それは……実は最近知ったんだが、どうやら俺のことらしい」

「……はい?」

 彼の言葉に、彼女は唖然とした。そんなことはありえないからだ。神が獣の刻印を持つ者に対して信託したことは今までに一度たりともない。もちろん、獣の刻印もちが聖刻持ちへと変化したこともない。

「そんな訳ないでしょ。だって貴方は……」

「そう、俺は獣の刻印を持っているから聖者の訳がない。でも、選ばれし者ではあるんだよ」

 ルシフは自慢げに話すが、レヴィアにはその言葉の意味が分からない。なぜなら、彼女は選ばれ者のことを聖者と履き違えているからだ。

 

「つまりは、聖者イコール選ばれし者ではないということだ」

 ここまで言っても彼女は理解していないのか首を少しだけ右にかしげている。

「うん? じゃあ、私が探していた聖者は……」

「そうだ、そんな奴はもともと存在していない」

 そこまでいわれて彼女はようやく気がついた。自分がトンデモない勘違いをしていたということに。

 

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