序章
ある村は獣の刻印を持つ者たち、すなわち悪魔の襲撃にあったようだ。
家屋は倒壊し、火の海に包まれた小さな村には人の影がない。ただ、木や肉の燃える匂いが充満していた。
一見すると、生きている生物などは存在しないそんな村にある夫婦が訪れて来た。2人とも背丈はあまり高くはなく、身なりは質素で無地の布服を着ているばかりだ。靴にはわらじを履いている様子から見るにおそらく貧民なのだろう。女の方は身ごもっているようで、お腹をかかえていた。
2人は亡き村の住民達を思い、手で十字をきった。神に仕えている者達だったようだ。
少しの間、辺りを見渡して男女は、崩壊した村に祈りを捧げるようにしゃがみ込んで手を合わせた。そうして女の方は涙を流し、世界の平和を願う言葉を口にした。しかしそれも無慈悲な自然によってかき消された。
この、決して豊かではない村は2人の故郷だった。
夏には草がうっそうと茂り、冬には雪が木や屋根に積もったが、今や焼け野原以外なにもない。
「獣の刻印を持つ者達は、なぜここまでするのだ……!」
男が悔しそうにつぶやき、悔いるように手を強く握り込んだ。
だけど、どんなに力を込めて祈ったところで、状況は良くならない。
それに、男は滅びた村よりも妻の身と新しい命を優先しなければならなかった。
故郷とはいえ、燃え尽きて何も残っていない村にいつまでもいるわけにも行かない。いつ獣の刻印を持ったものが踵を返すかもしれぬ中で、全てを埋めているほどの余裕はない。自分たちの命を考えると今すぐにでも立ち去るべきだとは理解していた。
だがどれほどに穢れた土地となろうが2人にとっては故郷に違いはない。もはや名前もなくなった村だったが、放っておきたくはなかった。
もし男は自分が1人なら残ったことだろう。もし女は子供を体に宿してなかったら残っただろう。しかし、もはや自分の体は自分だけのものではない。それが理解できたからこそ、2人は涙を流して立ち上がった。
2人が去った後の村に寂しさ以外のなにも残ってはいなかった。生き残りはいない。時間が経てば存在すらなかったことになるだろう。思い出は優しく思い出されるが、時は残酷に流れるのだった。
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