11.対なる力
「私の魔法を自慢がしたかったこともあるが、今回ここへ来てもらったのは聖者様方々の魔法を見せてもらう約束を果たしてもらうためにだ。」
所長はとてもウキウキしているようで、じっくりなめわすような視線をアリサとレヴィアに向けている。もちろん性的な目で見ているわけではない。彼は少し魔法が好きすぎるだけだ。
「所長、まさかここでやるつもりですか?」
ルシフは多少の戸惑いと空間に対する心配をしていた。
彼は魔法によって作られた空間の強度までは知らず、何より拡張された空間であるとはいえども、街のど真ん中であるということが大きい。
ルシフは自然の中で遊びまわっている2人のほうをちらりと見て、魔法の威力を思い出した。
「彼女たちの魔法の威力は、所長の予想よりもはるかにとんでもないものだと思いますよ」
「それは楽しみだ。恐らく、ルシフ君はこの空間の強度を心配しているのだろうが、この空間は無限近いほどに広がっているといっても相違ない。もちろん左右上下全体にね」
「無限!?」
そうなると、もはやその力は神の領域だ。それなのに、所長はそんなことはどうでもいいと、ルシフをまくしたてる。
「そんなことはいいだろう。早く魔法を見せくれ! 私は世界を破壊しかねないほどに暴力的な魔法をこの目に焼き付けたいのだ。他のことなどどうでもいい。早くしてくれ!」
そんなこんなで、またも魔法合戦をすることになったアリサとレヴィアの2人。外でもやっていたように長い詠唱を唱えている。
2人の魔法の魔法は土と水、つまりは大地を操る魔法と海を操る魔法で対になっているといえる。その2つがぶつかること事体がこの世に起こる災害そのものなのだ。
そのことが身に染みているルシフはもちろん、所長もそれに気がついていない訳ではない。
「本当に知りませんよ……」
ルシフはもはやどうでもよくなりつつあった。万が一、先ほどのように、街に被害が出てしまったら胸は痛むが、これは所長が望んだことだ。その責任は所長がとってくれるだろう。
何度止めようとも、所長は期待に胸を躍らせているし、アリサとレヴィアは存外やる気みたいだから、ルシフにはどうすることも出来ない
「大丈夫だ。私の魔法を信じてほしい」
ルシフは止めることなど出来ないと再認識して、2人の行く末を見守ることにした。
交わる水と土、イメージ的には土の方が強いと思いがちだろう。しかし、水は土を濡らし泥にし、土は水を吸い泥になる。
2つの魔法は相性が悪く、ある意味では相性が良すぎた。
アリサは白い角と黒い角の二角の力を使い、ハムートの地殻を操る力を引き出して、大地をうねらせる。
レヴィアは自身のもつ最強の魔力を引き出し、海に渦巻きを引き起こす。
まだ2人の魔法合戦は始まったばかりで、魔法の衝突自体はないが、空気が弾けるのはルシフにも所長にも感じられた。
魔力切れを起こした後だとは思えないほどに……すべてを圧巻するほどに何もかもが常軌を逸している。
うねる大地からは、先ほど見たよりも遥かに大きな龍が現れ、渦が回る海からは大きすぎて何かもわからない水の塊が現れ、その代わりに海は姿を消した。
双方とも準備は万端で、大地に空に魔力があふれ出し、今にも衝突しそうな勢いだ。
(あの水はクジラなのか? あまりにもデカすぎて何かすら分からないぞ! 前とは比べものにならないぞ!)
ルシフがそう感じるのも当然で、クジラの全長は300メートル以上ある。周りを飛んでいる渦巻きだけでもかなりの水量がありそうだ。
だが、大きさでは土の龍も負けていない。
その両方がぶつかるのだから、その衝撃はまるで地鳴りのようだ。大地が震えていた。
しかし、衝突する水と土だがどちらも以前のように崩れたりはしない。大気中には魔力が溢れ、常人では耐えきれないほどの魔力量だ。この中での唯一の常人である所長は耐えきれず、地面に膝をついた。
それに気がつかない2人ではない。一瞬だが魔力が緩んだ。
「私に構うな! 自分の限界は自分で分かる! 魔力にあたっただけだ……」
所長は自身の体調など一切気にしないようで、ただ最高の魔術のぶつかり合いを見ていたいといった風だ。
2人の魔力が再び最高潮へと達した。今度はどちらかの魔力が尽きるまでぶつかり合うだろう。もはや、外のことなど頭の中にはないらしい。
「やるわね!」
「レヴィア様こそ!」
2人とも強がってこそいるものの、限界であることはルシフも感じていた。魔力が切れた後で、それでもまだ体の奥底に眠っていた魔力を無理やり使っていると考えなければ説明できないほどの魔力が使用された。
これ以上、どこに魔力が残されているというのだ。
「ちょっと本気を出すわよ!」
レヴィアが言葉にするとほぼ同時に超巨大な水のクジラが消滅した。
あまりにも突然のことでルシフと所長は唖然とする。いくらなんでも、あれだけの質量が一瞬にして消え去るなんてことはあり得ない。たとえ魔法であってもそこまでは出来ないということをアリサは知ってした。
「まさか、今の一瞬で水を土に染み込ませたのか? でもあり得ない……僕の龍が水を吸うわけが無い!」
アリサの叫びとは裏腹に土の龍は泥へと変化する。そして自重に耐えきれなくなり、脆くも崩れ去るが、質量の膨大さからあたりにあった森はもちろんのこと、全てが泥へと沈んだ。
間一髪、それに気がついた所長によってルシフ達の足場は造られたが、もし一秒でも遅れていたら泥に沈んだことだろう。
「おい、俺らを殺す気か!」
うるさく騒ぐルシフだが、その言葉は二人には届かない。
「レヴィア様、僕も本気を出すとするよ……」
アリサの角に魔力が集中する。
「おい、アリサ! ここからは私がやってもいいか?」
ようやく目覚めたハムートがやる気に満ちた声を出す。
「ちょっ! ダメダメ、まだ僕の時間だよ」
「っち、わかったよ! 手も足も出なかったら代われよ。私もたまには発散しておきたいからな」
角にたまった魔力が大きな剣を創り出す。その剣はルシフと戦った時とは比べものにならならず、2メートルほどある。
それに対抗するように、レヴィアが魔力を解放する。彼女の手のひらには濃厚な魔力の玉が造られた。
「悪いけど、手加減とか出来ないからね」
手のひら玉がアリサの方へと飛んでいき、おびただしい数の渦巻きが出現する。その魔力は水にだけ反応する超高回転する玉だ。見た目は水晶のように綺麗だが、当たればひとたまりもないだろう。
「アリサ、死なないようには努力してあげるから――安心して当たっていいわよ」
そう笑うレヴィアだった。
「遠慮するよ、流石にそれに当たれば致命傷は免れないだろうしね」
アリサは喋りながら、渦巻きをいなし、玉を軽く避ける。だが渦巻きの多さからいなしきれなくなっていた。ならばと、すべての渦巻きを素早い動きでかわし始める。
(あいつ、やっぱり俺との試合の時は手加減してやがったか)
ルシフは、アリサの動きをみてそう判断する。
その判断は当たっており、アリサは今まさに自身の限界を超えるスピードで動いていた。
しかし、アリサがいくら速かろうが数が多すぎて、避けることにばかり意識が行っていまい、レヴィアに近づくことすら出来ない。このままでは、ただスタミナを奪われて負けるだろう。
「アリサ、やっぱりお前じゃレヴィア様の相手は無理だ。私に変われ」
「確かにこのままじゃ、負けちゃうだろうね……だけど、僕の勝負だから兄さんには譲らないよ!」
「はぁ……本当はこんなことしたくないが、仕方がない。悪いな、アリサ」
2人の会話が終わるや否や、アリサは雰囲気が変わる。先程とまでは遥かに動きに無駄が無くなり、渦巻きを避けるのも余裕のようだ。
しかしそれだけではなく、剣を振るだけですべての渦巻きが消え去った。
「ハムート、卑怯だぞ! 僕の体を返せ!」
「っち! うるせぇな!」
アリサの体をとって変わったハムートは、アリサの声が聞こえてくる白い角に手を掛ける。
そして、次の瞬間白い角をもぎ取り、ルシフに向かって投げつけた。
「私の大切な妹だ。しっかりと守れよ!」
そう吐き捨てると、レヴィアに向きなおった。
「体の主を追い出すなんてとんでもない兄ね」
「レヴィア様、申し訳ございません。ですが貴女様のお相手をするにはアリサはまだ力不足です。今回は私がお相手致します。私ごときではあなたを満足させることは出来ないでしょうが……問題ありませんね?」
「『まだ』、ね……」
レヴィアはそう呟くとニヤリと笑って、自身の手のひらに魔力の玉を戻す。
彼女が少しの魔力を込めると玉は美しい水の短剣へと変化する。それに呼応するようにハムートの姿が大人へと変貌すし、黄色い髪が血を履く、瞳の青は更に青くレヴィアを見据えている。
「知っての通り、私の体術は人並み以下よ。あなたの剣術に勝てる可能性は万に1つもないわ。だけど、魔力量なら私の方がまだ上よ!」
レヴィアの叫びと共に辺りから渦巻きが発生して、ハムートを襲う。その様子はまさに海の如く、不条理にもハムートを巻き込む。
ハムートはそれを物ともせずに避け続ける。そして、自らの持つ大剣によって海を切り裂いた。
「確かに魔力量はレヴィア様の方が圧倒的ですが、魔力を一点に集めれば対抗出来ないこともない」
「そうね、だけどそれは私にも言えることよ!」
ハムートが切り裂いた渦の陰からレヴィアが斬りかかる。
なんとか大剣で防ぐハムートだが、短剣とは思えない程の剣圧を浴びせられた事により、一瞬の隙が生まれてしまった。
「あら、まさかこれで終わりなんて……ハムート、あなたついてないわね!」
隙を埋めるように体制を立て直すハムート、だがすでに剣を振り上げたレヴィアの剣は止められない。
レヴィアが剣を振り降ろす。その衝撃は大地をも穿った。こんなものが当たれば、いくら大剣で防ごうが無傷では済まないだろう。
大地に走る衝撃、それによって巻き上がった砂埃がやんだ頃ようやく二人の姿が見えるようになった。
短くも長い戦いは終わりを告げた。
もちろん両者とも無傷とはいかず、ハムートのカウンターにより倒れ臥すレヴィアと、なんとか致命傷は避けたものの角が欠けてしまったハムートが立っていた。
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