悪魔狩り

1.朝

 レヴィアとハムートの戦いから1週間が経っていた。ハムートは無傷であったし、レヴィアも若干の傷を残すも生活や仕事には全く影響を残さない程度で、いつも通り過ごしているが、アリサはハムートへの怒りを残しているためか、まだ角に魂を宿した形態でルシフの元にいる。いや、いるというよりも、あるという方が正しいのかもしれない。

 そんなアリサの機嫌をとるために、ハムートは毎日教会を訪れてくるのだが、いつも追い返されている。

 アリサとハムートの2人が、どれほどの関係性でどのように生きて来たのかを測りかねて、ルシフはずっとアリサを説得できずにいたのだが、今日ようやくしびれを切らして説得を試みる。


「なあ、早く機嫌を直せよ……流石に、角だけとはいえ、女の子とずっと一緒にいるのも辛いものがあるぞ……なにより、レヴィアの目……あれは耐えられない!」

 ルシフは何も悪くないのに、レヴィアは彼の手の中にある角を見るたびに犯罪者をみるような目で彼を睨みつける。もちろん、レヴィアはそんな目をしているつもりはないし、実際にしていないのだが、ルシフにはそう感じた。

「ルシフさんには申し訳ないけど、兄さんにはもっと反省してもらわないといけないよ!レヴィア様の体を傷つけたことも許せないし、僕を投げ捨てたことはもっと許せない!」

 子供のように駄々をこねる角に、ルシフはしびれを切らし、ため息を吐いた。

「あのな、ハムートも十分反省しているだろうし、レヴィアだって怪我をすることを承知の上で決闘を受けたんだ。別にハムートが悪いってわけじゃないだろう? それに、お前もお前だ。よく知りもしない男のところに何日も泊まり込むんじゃない……」


 ルシフの吐いた溜め息には、1週間分の苦労が含まれていた。それが一気に外に吐き出されたことにより、芋づる式に思っていたことが口にでる。


「俺なんかのところじゃなくて、レヴィアの所にいけばいいだろう!? 俺のところにいる意味が分からん」

「それは……僕にも色々あるんだよ」

 しゅんとしてそう呟くアリサを見て、ルシフは「やっぱりか」とつぶやいた。

 この前の決闘で最後の一撃で、レヴィアは額の端の方に少しだけ傷を作ってしまった。髪で隠せないことはないだろうが、医者には『傷を目立たないようにすることは出来るが、完全に消し去ることは出来ない』と断言された。回復魔法でも消せない傷だ。

 レヴィアは表面上では傷のことを気にしていないようにふるまっているし、実際のところ本心でもそれほど気にしていない。

 しかし、それはルシフにもアリサにも、ハムートにもわからない内面的な話だ。アリサにしてみれば、自分の兄が付けてしまった傷に対して、戦いを始めた自分の責任でもあると感じて、何度か謝ったが、それでも自身の中で納まりがついていない。


「傷のことを気にしているんだろう? 確かに、レヴィアも女の子だ。傷のことを全く気にしていないだろう。だなんて気の利いたことは言えないし、実際には気にしているのかもしれないなんて慰めとは程遠いようなことも思っている。けどな、レヴィアはあの傷のことでお前を嫌うような奴じゃないだろ? それにあれはハムートが付けた傷で、レヴィアだってそうなることを覚悟の上で戦ったんだ。内心ではハムートのことをどう思っていようが、お前に対して恨み言を言ったり、思ったりすることはないと思うが」

 ルシフは慰めるという事に慣れていない。

 だからこそ、慰めようとしてもそれらしい言葉は出てこないし、頭にも浮かばない。


 ルシフはレヴィアとは長い、だからこそレヴィアの性格はよく知っていた。

 それはアリサだって同じだ。それでも、不安で仕方ないらしく、声を震わせている。


「そんなこと言ったって、分からないじゃないか……」


 アリサからは不安の念が流れてくるだけで、ルシフはこの上なく不満だった。どうしてこんなネガティブな気持ちで1週間を過ごさなければならないのかと思いつつも、それを彼女に対して直接言えるはずもなく、ずっと悶々とした気持ちで過ごしてきた。

 そんな時に所長からのお呼びがかかった。あの時、所長の部屋にいた4人とも全員だ。まさに蜘蛛の糸といったところだろう。


「人の心っていうのは、その持ち主にしかわからないことだ。 所長にも呼ばれているし、いい機会だ。もう一度、レヴィアと話してみればいい」

「無理だよ!」

 駄々をこねるアリサをルシフは手の中に収めたまま立ち上がる。

「無理じゃない。だって、お前は今、単なる角だ。引きずる必要もなく、僕はお前を連れていけるからな」

「卑怯者!」

 アリサが騒ぎ立てるが、所詮動くことすら出来ない。

「何とでも言え……」

 そんな感じで、2人は部屋を後にする。

手の中では未だにアリサが小言ばかりを垂れていたが、ルシフは聞こえない振りをして廊下の突き当たりの部屋へと向かった。レヴィアの部屋だ。

 軽快なノックで、部屋の主を外へと呼び出した。部屋の主は眠気まなこで2人を見つめた。その手の中には嫌に静かな白い角。いつもはうるさい人物が、これだけ静かだと誰だって感づく。


「最近顔も出さないと思ったら……まだ気にしているの?」

「だって……」


 情けない声を上げる妹分に、レヴィアは大きくため息をつく。

 確かに、戦場でもないところで傷を負ったのは恥ずかしいことであったが、彼女にとって傷とはそれほど深い意味のあるものではない。そんなものは、王国騎士団に所属した日からいつかはつくだろうと覚悟していた。もちろん、誰かを傷つける覚悟もできていた。

 だからこそ、同じ騎士団所属として、いまだに傷を負わせる覚悟すら出来ていない妹分に腹が立ったが、小さな子供に対して怒鳴りつけるのも大人気ないと拳を握りしめてぐっとこらえる。

 ルシフはそんな一連の動作を見て、昔からの友の成長を心の中で喜んだ。

「あのね……騎士というのは、誰かを護って傷を肩代わりするものなのよ? 確かに、訓練で傷を負ったのは恥ずべきことだけど、それはアリサには関係のないことよ。私が未熟だったから、そうなるべくしてなっただけのこと!」

 レヴィアは自分で自分の恥について語る。もちろん、かなり屈辱的なことだ。それでも、自身のプライドよりも、後輩の心の傷をいやすことの方が重要だと確信していた。


「そうだぞ、それに僕なんかは、学生だった頃は親友と一緒に傷だらけになったもんだ。僕がこんなことを言うのもなんだが、それでも騎士になれた奴がいるんだから、傷の1つや2つを負ったぐらいで、恥じることはない」

 恥じたところで何も変わらない。起きてしまったことは変えることが出来ないのだから。

 しかし、それが幼い少女には理解できない。

「でも、レヴィア様は女の子なんだよ!?」

 アリサは小さすぎる器には似つかわしくないぐらいに大きな声を上げる。

 もちろん彼女の言い分もルシフは理解できた。だが、だからといって現状を変えることなど誰にも出来ない。だから彼は出来る限り空気を盛り上げようと努力する。

「確かにそうだ。嫁の貰い手がいなくなったら大変だな……まあ、その時は僕がもらってやるが……いや、養ってもらうわけだから、貰ってもらうか?」

 

 しかし、ルシフの思惑とは裏腹に、一瞬だけ空気が凍り付いて、しばらくしてから、レヴィアが顔を少しだけ赤らめながら否定する。

「養わないし、貰わないわよ!」

「いいじゃないか……へるもんじゃないし」

「減らないけど、余計なものが増えるじゃない」

 2人がそんなくだらないことを言いあっていると、それを聞きつけたアリサ……もとい、アリサの体に憑依したハムートが廊下の向こう側から勢いよくやってきて、ルシフを指差し挑発するように視線を向けた。

「貴様なんぞにレヴィア様をくれてやるか、貰うのは私だ! 傷を負わせた責任をとって、私がレヴィア様を養うのだ!」

 ハムートは大人になったままのアリサの姿でそう凄むと、レヴィアの方を勢いよく振り返って同意を求めた。

「体もない人がどうやって養うのよ……」

 もちろん返ってきたのは同意の言葉ではなく、辛辣な言葉だった。

 そして、それを聞いたハムートは情けない声を上げて地面に崩れ落ちる。

「レヴィア様……流石にそれはひどすぎますよ……」

 

 その一連の流れを見ていたアリサは、耐えることが出来ず笑いだす。

「ぷっ! 何それ」

 それを見て、レヴィアが嬉しそうに言い放つ。

「そうよ。笑いなさい。騎士なら、傷を負った時も負わせた時も笑いなさい。国を任されているのだもの、いつも笑顔で、人々を安心させるのが私たちの仕事よ!」

「そうだね。わかったよ。レヴィア様」

 2人が仲良くそう話しているのを見て、ルシフは胸をなでおろし、それと同時に所長に呼ばれていたという事を思い出す。

『約束した時刻にはもう間に合わないだろうが……まあ、いっか』と心の中でそう思いつつ、いつまでも続くことはないであろう幸せな日常を出来る限り長く味わうことにした。

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