2.消えた聖者

 ◇ ◇ ◇


 王都の中心にある城の謁見の間には、騎士団の長であるジゼル=ライが訪れていた。王よりの勅命を承らんと馳せ参じた次第だ。彼は右膝を床につけもう片方の足を立てて、崇めるように王を見上げている。

 王国騎士団は4人の聖者の内、2人の聖者が行方不明という大惨事。実のところ王の勅命もそれに関することであったことは言うまでもない。


 謁見の間は煌びやかで、赤と金の垂れ幕に、入り口より伸びるレッドカーペット、並んだ兵士の重厚な装備、大理石で出来た床や壁、王の座る椅子に至ってはほぼすべてが金で出来ており、所々ダイヤが散りばめられていた。

 そこに座る王が着る服は、家を建てられる程に高いとも兵士の間では噂されている。

 民の血税をつかい、豪華絢爛を極めていた。

 それに関しては、王国最大の貴族とも言われているセラ家の長子ジゼルとて内心穏やかではない。

 元来ジゼルは、影で獣の刻印を持つものを差別する者達の元凶と噂する者すらいる現王のことをあまり好きにはなれない。それは、以前の友に獣の刻印をもつ者がいたこともあるが、それだけではない。王は悪魔を捕まえては残酷な処刑法をとり、それを悪魔の家族に実行させる悪逆非道の塊だ。

 だがそれは、あくまでジゼルの考え方に過ぎず、そんな王のやり方を支持するものは非常に多い。

 もちろん、そのほとんどが獣の刻印を持つ人間を差別する者達であるが、悪魔を家族に処刑させるのも、獣の刻印を持った存在が犯罪に手を染めることを止められなかった罰則としては仕方のないものだと考える国民も少なくはなく、国民からの支持は多くはないが、少ないというわけでもない。

 いくら嫌いであるとはいっても、直属の上司、それもいわば国の代表とも言える存在であることには変わりない。その上、国民の意思によって革命が起きるという事もありえない現状では、勅命と言われれば従わなければならないし、謀反を企てるなんてことはもってのほかだ。


「ジゼル、お前を呼び立てたのは他ではない。2週程前から消え去った聖女と、彼女を探しに行ったまま帰ってこない聖者のことだ」

 王はよく響く低音で、大きな広間の一番端まで届くぐらいの声で言い放った。

 よほど気の小さい者なら、その声だけで威圧されるだろうが、騎士団長のジゼルはものともせず、ただ頭を垂れ、ほんの少しだけ……それも、彼をよく知るものでなければ気がつかないであろう程度に強めな口調で返答する。


「陛下、何も問題はございません。愚妹は私が連れ戻してまいります!」


 目の前で自身に対して平身低頭している男が、いかにも反抗的な感情をむき出しにしているのを感じて、大きくため息を吐く。

 しかし、実のところ王は愛国主義者だ。

 王にとっては獣の刻印を持たない国民は、全て愛すべき存在だ。

 ほんの少しの不平不満を抱いていたところで怒りはしない。むしろ、自分に非があることはよく理解している。それでも、悪に徹するしかない自分に嫌気がさしたのだ。どれほどやりたくないことだとしても、それも『国民』を危険な目にあわさないために必要なことだ。

『国民』を護るためなら、どれだけ卑劣な手段だって使う。それが王のやり方だ。


「お前はいつもそうだ……ジゼル、お前は妹のこととなるとすぐに熱くなる。それが良いところであり、悪いところでもある。わかっているとは思うが、悪魔はそこまで迫っている。お前だからこそ、少しぐらいのわがままは通してやるし、お前の『友達』だとかいう刻印持ちにも手を出さないでおいてやった。だが――」

「――承知しています。陛下。ですが、それはおやめになった方がいい。そんなことをすれば、私はまだしも、愚妹は何をしでかすか……私にも検討がつかないのです」

 ジゼルも、もちろん王の心中は理解していた。

 それでも、彼にとっては、獣の刻印を持つ者に対する差別が『国民』のために行われていると知っていてもなお、王のやり方が気に入らない。

 片や体面上は厳しく当たり、片や服従しているような態度をとってはいるが、お互いに心の中では真逆のことを考えている。


「……その時はその時、というわけにもいかんな。お前の妹……聖女は、魔法の威力だけ見れば世界で1、2を争う程だと聞く。それを大切な国民に向けさせるわけにはいくまい。しかしだ。その言葉は謀反に値すると思うが、違うか?」

 彼が謀反を行うことなどありえないとは理解しているが、王はそもそも謀反を企てられること自体が国の瓦解を招くことになると知っているから、兵士たちの目があるうちは、強い王を誇示し、いつでもそれをつぶせる王であると思わせなければならない。

 反対にジゼルはそれを知って、王を挑発できるギリギリの言葉を選んで口にする。

「私はあくまで可能性の話をしているにすぎません。私には家族がおりますので、謀反など出来るはずもありませんが……愚妹は家族など二の次でしょう」

 もちろん、脅しの意味も含まれている。

「それは、家族がいなければお前も謀反を企てるという発言にも聞こえるが?」

「何をおっしゃられます。家族がいたからこそ、私は騎士団長になれた身、いなければここにはいないでしょう」

 不敵な笑みを浮かべながら王の言葉を否定も肯定もせずにかわす。


「答えになっていないな……まあいいだろう。今回だけは聞かなかったことにしておいてやる。ここにいる他の者達もそうしろ。ライ兄妹の功績を称えてだ」

 よく通る王の声に、王の警護を司っていた兵たちは口並みをそろえて「御意」と一言だけ口にした。

 兵士たちにとって、2人の言い合いなど見慣れたことだし、どちらともが人望が厚い人物だったからこそ、兵士たちは誰も何も言わないし、告げ口をすることもない。だから、外に話が漏れたことなど一度もない。もちろん、王がそういう口の堅い人材を自分の直属にしていたという事もある。

 ジゼルもそれを理解していたからこそ、好きなだけ嫌味を言うことが出来た。


「寛大なお言葉に感謝いたします」

「いちいち、棘のある言い方だな。まあ、よい。それよりも、どうするかだ。聖女の居場所はわかっているのか?」


 咳払いをして、王が話を戻す。


「大体の場所はわかっています。ですので、今回は私が直接出向くべきかと」

 自分が出なければ、妹は絶対に戻ってこないとジゼルは知っている。王もそのことを理解はしている。

「仕方がない……猶予は1週間だ。それ以上は、国民の不安を煽ることになる! それは絶対に避けなければならない」

 だからこそ、苦虫をかみつぶしたような顔をして、渋々ながらも提案を認めた。

「ありがとうございます」

 ジゼルは深々と頭を下げた後、悠々とした顔つきで謁見の間を後にした。残された王はいまだに苦々しい顔を保ったままだ。


「これもお前の計画か……ダンタリオン……」


 誰にも聞こえないようにつぶやくと、王は顔をさらにゆがめた。

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