3.呼び出し

 ◇ ◇ ◇


 期せずして所長に呼ばれた4人がそろってしまったルシフ達は、そのまま役所へと向かう。

 中央通りでは、あいも変わらず他の街からやって来たであろう者達が、屋台を引いて何やらおいしそうなものを出している。昔は特別な日にだけこういう光景が見られたらしいが、今ではほぼ毎日見たくもないのに目に入ると、ルシフは少しだけうんざりしていた。

 しかし、他の3人にとってはまだ珍しいようで、何やら話し合っている。

「レヴィア様! アレなに!?」

 いつの間にか兄妹で仲直りしたらしく、アリサは自分の体を自在に操って出店の1つを指差さす。

「アレは、西方の民族料理だ。確か、その何とかっていう民族が特産としている『王国ネギ』と鳥の肉を串と呼ばれる木の枝を研いだ物で刺して特製のたれを塗って焼いたものらしい」

 博識であることをひけらかすかのようにハムートが答える。それ対して、アリサは少しだけ頬を膨らませる。

「僕はレヴィア様に聞いたんだけど? ……兄さんには聞いてないから」

 そう言うとアリサは顔をハムートからそむけた。

 それを聞いて、妹に生意気な口を利かれた屈辱からか、それとも溺愛する妹からの苦言にショックを受けたのか黙り込んだ。そんな2人の様子をほほえましそうに眺めているレヴィアと、それを疎ましく思っているルシフとは性格的にみても対照的だ。

ルシフは仲間たちを無視して役所へと足を進める。

 直接、所長から呼び出されることなんて、これまではまずなかったことだ。おそらくは、昨日の魔法合戦、所長に望まれて実践してみせた方ではない方のことでの呼び出しだろうとルシフは考えた。自分たちの処遇が決まったのだろうと。これにはさすがのルシフも大きなため息を吐かざるを得ない。


「敬虔なる神の信徒としては……受け入れがたい事実だ」

「誰が、『敬虔なる神の信徒』なのよ? ルシフに比べれば、たぶん私の方がいくらかマシよ」

 レヴィアがルシフの言葉に物申す。

 彼女の言うとおり、ルシフに信仰心など皆無である。ましてや敬虔さ……神を深く敬うような気持ちを持ち合わせているはずなどない。

だがそれでも、ルシフにはルシフのプライドというものがある。神父である自分が、そうでないレヴィアに信仰心で劣るなど考えたくもなかった。それは、職業として金をもらっている神父にあるまじきことだからだ。


「それはない」


 そう自信満々に言い放つ。

 レヴィアは呆れてものもいえない。どこからそんな自信が来るのかが不思議に思えてくるぐらいだと、むしろそう思った。

 そんな2人の言い合いも長くは続かず、数分も歩けば役所の入り口が見えてくる。いつも通り、階段を上った先に見える薄汚れたドアだ。中央通りを何とか塞がないようにと、交差点の4点に巨大な柱を作り、中央部には少しだけ大きな支柱が立てられている。

 ここに来るたびルシフはいつも思う。(ここまでするぐらいなら、別のところに建てた方が建築費は少なく済んだのではないだろうか)と。しかし、他の3人は、まるでそんなことを考えて居なさそうだ。むしろ、「いつ来てもすごいですね! レヴィア様」だとか、「うん。そうね」とはしゃいでいる。

 それもそのはずで、王都にはこれほどまでに挑戦的な建物は存在しない。というより、景観を損ねるという理由から、こういった近代的なものは建築が禁止されている。


「確かにすごいのですが、これはあまりにも危険ではありませんか?」

 ルシフは耳を疑った。

 もっとも、その言葉を口にしそうにもなかった男がそれを口にしたためだ。

「ハムート……」

 ルシフは彼のことを根っこから毛嫌いして、たぶんこれからも一生好きなることは出来ないのだろうとばかり思っていた。だからこそ、初めて自分と同じ意見が彼の口から発せられたときは、まるで親友にでもなったかのような心持だ。

 感激のあまり、言葉を失っているルシフをハムートは「なんだ? 気持ち悪い……」と一蹴するが、それを無視してルシフはアリサの手の中にあった黒い角を奪い取り宙へ放り投げる。


「や、やめろ! 愚か者!!」

 もしハムートが人間の体を保有していれば、ルシフは間違いなく胴上げをしていたところだ。だが、体を持たぬものを胴上げすることは出来ない。それ故に、角を宙に放り投げては掴み取りをひたすら繰り返した。

 その光景はあまりにも珍妙すぎて、少しの間、噂として引き継がれていくことになる。『大道芸神父ルシフ』と言う新たな2つ名とともに。

 

 ◇


「それより、用事ってなんなのかしら?」

 胴上げもどきに満足したルシフが、アリサに叱られている様子を見ながら、ふと思い出したかのようにレヴィアがそうこぼした。

 彼女の疑問はもっともだ。ルシフもアリサも、ハムートも忘れていたが、本来、ルシフが役所を訪れたのは役所の外観について議論する為ではない。ましてや、無駄にはしゃいで自分よりも遥かに年下の女の子に説教されるためであるはずがない。

 アリサにしてみても、自分よりも1回り以上年上の大人を叱るためではないし、ハムートのように頭のおかしな神父に文字通り振り回されるためではない。


「そうだ! こんなところで叱られている場合じゃない! 所長が俺らを呼び出したってことは、賠償金に関して何か進展があったからだろう……このまま借金地獄で人生を終えるか、起死回生の機会を得るか、どっちにしろ、俺たちの人生が決まると言っても過言ではない大事な用事があるからだ」

 所長のことだから何か対策を立ててくれてはいるだろうと思いながらも、内心ではかなり不安を感じているルシフだ。

 中に入ると今以上に叱られるかもしれない。所長はまだしも、この街には所長よりも上の人物は何人かいる。その人物たちに怒られないかと、不安で仕方がない。


「は、入るぞ……」

 ルシフは自らの背後に位置する、おそらく何も考えていない3人にそう告げる。

 3人に緊張感はまるでない。

 そもそも、ルシフ以外の3人は、所長はおろか、この街の誰よりも位が高い存在だ。聖者というのは、命を賭して国を守る代わりに、最上級の権利を保有している。特に、この3人は幼い頃から聖者だ。

 差別されて、普通の人よりも怒鳴り散らかされて辛酸をなめてきたルシフとは心構えがまるで違う。いや、そもそも怒鳴られるなんてことを考えてはいない。


「どうしたのよ、ルシフ? 早く入りましょうよ」

 いつまでたってもドアノブをひねらないルシフにしびれを切らし、レヴィアは彼の手に自分の手を重ねてドアノブを回す。

「ちょっ……まっ!」

 ルシフの情けない声がこだまするが、無情にもドアが開く。

 もちろん、役所のドアを開いたからといって、何か特別なイベントが起こるはずもない。中ではいつも通り、役人たちがせわしなく事務仕事をしている。 

 しかし、ルシフは油断できないと、中をゆっくりと除き、あたりをしきりに見回した。

「何をやってるの? 僕、先に入っちゃうよ?」

 そんなルシフを押しのけて、最年少のアリサが先陣を切る。もちろん、なにも起きない。起きるはずなどない。なぜなら、彼らはまだ役所の窓口に入っただけだからだ。まさか、そんなところに役所の代表や、街の偉い人がいるはずもない。

 杞憂だったかと、ルシフは安心して息をゆっくりと吐く。

「何事もなかったか……」

「何もあるわけないじゃない……あるとすれば、所長にあってからよ。この前のこともあるし、それほどひどいことにならないでしょうけど、賠償金について何か言われるんでしょうね」

「なんだ。知ってたのか……」

 何も知らないとばかり思っていたから、レヴィアがしっかりとこれからのことを考えていたと知ってルシフは驚いた。

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永劫回帰のレヴェレーション 真白 悟 @siro0830

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