第七章 嵌められた人物と糸を引く人物
嵌められた人物
あたしがボーっと椅子で回想していると、肩を揺さぶられた。田神班長だ。
「取調室に行かなくていいの?」
あたしが慌てて取調室に向かうと、部屋の前に山積みになった段ボール箱がある。
「なにこれ?」
あたしが呟くと、加奈子が取調室から出てきた。
「あ、一色長。これ、さっきあずさ銀行の人が運んできたんですけど……」
そういえば、新見課長に調べた資料を送ってくれって頼んでた。忘れてた。
頼んだ資料は、移行ツールの作成履歴とツールを印刷したもの。
あたしは加奈子と共に、ダンボールを取調室に運んだ。段ボール箱は全部で六つあった。
あたしは早速、移行ツールを印刷したものを取り出そうとした。
今回のプログラムの改変の手口で分からなかったこと。
それは、チェックされたプログラムが手順に乗っ取ってツールで移行されたはずなのに、テスト環境と本番環境で違うものがある理由だ。
その原因は一つしかない。
移行ツールが改竄されているのに決まってる。
あたしはそれに気付いたから、ツールや移行環境に詳しい園田を最初にインタビューしたんだ。
ただ、メインフレームに関する知識は、あたしには自信がない。
ホントなら真治の手助けが欲しいところだけど、仕方がない。
取調室に入ると、あたしは田辺に向かって言い放った。
「あのさ、あんたが陥れられたことを証明するには、あんたの協力が必要よ。あたしの質問にちゃんと答えてねっ」
田辺は頷くと、あたしに言ってくる。
「もちろん。何でも聞いてください」
自分の身柄を助けてくれるかもしれない人の依頼だ。断るはずがない。
だけど、あたしは慎重に田辺に尋ねることにした。
「あんたはこのツールに関して、中身が分かるよね? どれがプログラムの本番移行のツールだか、あたしの目の前で選んで。もし違うものを選んだら、酷いことになるからねっ!」
あたしは腰に手を当てて、田辺に宣言した。田辺は頷くと、がさごそリストを調べ始める。
田辺は五分ほど悩んでから、あたしの方を向いてリストを差し出した。
「これが本番移行用のツールです」
あたしはそのツールをじろじろ眺めた。
そのリストは正直あたしにはチンプンカンプンだった。
何度も言うけどメインフレームなんてわかんないってば。
そのリストは見たこともない言語で書かれていた。全部の行の先頭に「//」という文字が書かれ、そこからよく分からない文字が続く。
田辺は、あたしの様子を見て、簡単に説明する必要を認めたようだ。
「これがJCLです。PCで言えばスクリプトみたいなもんですよ」
スクリプトって言うのは、処理の順序なんかを記載した実行ファイルのこと。
プログラムとの違いは、結構説明が難しい。かなり大雑把に言うと、スクリプトは実行ファイルではなくて、作業手順が記載されているだけだ。実行するときに一行単位に動作をコンピューターが解釈しながら動いていく。
だから、プログラムは最後まで正しく書かれていないとそもそも実行ファイルが作れないけど、スクリプトは途中でおかしな記述があっても、その部分まではちゃんと実行できる。
三つのプログラムを順番に実行するときとか、毎日ある時間に起動しなければならないとき、いちいち手で入力しなくても、自動的に実行させるときに使う。
だけど、あたしの目の前のリストは、あたしが知っているスクリプトなんかとは似ても似つかないものだった。
あたしは、PCが分からない人の気持ちが分かった。
内容を解釈する努力をあきらめて、田辺に聞くことにする。
「どこがプログラムを移行する部分だか教えて」
田辺は頷くと、ある一点を指差して、すぐに大声を上げた。
「あれ? よく見たら変だ」
「どうしたの?」
あたしは怪訝に思って聞いたけど、田辺はこっちを向きもせずに呟いた。
「なんでだろ? 何でコピーを使わないんだ? それにこのDDは何だ?」
――どういう意味だろう。何を不思議がっているの?
あたしは、語気を強めて田辺に聞く。
「どういう意味だか説明して!」
田辺はこっちを向いて、自分で頭を整理するように、あたしにゆっくりと説明してきた。
「メインフレームでプログラムをコピーするときは、普通は専用のコピー用のプログラムを使うんです。けど、これって俺が見たことないプログラムなんですよ。こんなの変だ。ほら、こっちのテスト環境に移行するヤツとプログラム名が違うでしょ?」
コピープログラムが変?
田辺は、テスト環境用の移行ツールと、本番環境用の移行ツールを並べた。
そしてテスト環境の移行ツールの似た場所を指差してくる。
あたしは二つを比較してみた。
確かに、似た名前だけどツール名が違う。
本番用の移行ツールは、綴りにあるCOPYのOの部分が数字の0になっている。
よく見なきゃ分からないけど、絶対変だ。
そして、こういう間違いやすい綴りをあえて使うのは、故意以外にありえない。
「それに、このプログラムに、JCL上でなんかのパラメータを受け渡してる。DDっていうコマンドを使って」
パラメータ?
――プログラムに受け渡すデータっていうこと?
田辺に尋ねる。
「渡してるのはどんなパラメータなの?」
田辺はハッとして、パラメータファイルを開いた。そして震えながら宣言する。
「お、俺が疑われたプログラムIDと、聞いたこともないライブラリー名です」
何が起きているのかは、もう明らかだ。
あたしはきっぱりと断言する。
「決まりね。もしあんたが言う言葉が信用できればだけど――」
あたしは、すぐにそのリストを無理やり鞄に捻じ込んだ。田辺に言う。
「あたしはあずさ銀行に戻るわ! ここからじゃ、これ以上調べられないから。あんたは、そのツールのアクセスログをつき合わせて、この移行ツールに関するアクセス一覧を作って頂戴。その一覧が出来たら帰っていいよ。すぐに、誰かC4のメンバーをよこすから」
そこまで一気に言った後、ふと気が付いて田辺に続けた。
「だけど、ここから出たら捜一に逮捕されるかもしれないけどね」
「え? そんなのイヤですよ」
慌てた田辺にあたしは言い放った。
「じゃあ、早くアクセス一覧を作って、あたしまで電話してね。そしたら、あずさ銀行の告発を取り下げてもらえるかもしれないから」
あたしの言葉に田辺は真剣な表情で頷いた。
あたしが加奈子を伴って取調室からあずさ銀行に行く前に、一度C4に戻った。
その時、センター内は異常な雰囲気だった。
慌てている刑事が何人もいる。あたしは田神班長を捕まえて尋ねた。
「どうしたんですか? なんだか変な雰囲気みたいですけど?」
田神班長は、厳しい口調で短く説明してきた。
「九条特捜官が、桜田門の本部で監察官の聴取を受けていることがわかった。容疑は収賄罪。九条特捜官の警察共済の口座に海外から多額の被仕向送金があったんだ」
田神班長の言葉には、いつもの砕けた調子がかけらもなかった。
あたしはその言葉に絶句した。あたしには、真治がそんなことするなんて信じられなかった。
ありえない。絶対そんなことない。
だけど、実際に送金があったらしい。
多額ってどれくらいだかわかんないけど、それなりの金額なんだろう。
あたしはショックを受けたけど、同時に疑問を感じた。
――いくらなんでも、警察共済の自分の口座に賄賂を送金するなんてありえる? 真治はそんなに間抜けだっていうの? 真治は優秀な特捜官だよ。
だったら可能性は一つ。真治は嵌められたんだ。
あたしは、真治を何とかして助けなきゃいけない。
そして、突然気が付いた。田辺と同じパターンだ。
誰かが、無関係な人間を嵌めて、それで全部収束させようとしているんだ。
一体誰が?
そう考えると、小田監察官が持っていた写真もあいつらに嵌められたものかもしれない。
あたしは、あずさ銀行にその原因の一つがあることを予感した。
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