ナショナルセンター

 あたしが電話を取ると、それは警察庁ナショナルセンターからの電話だった。

 ナショナルセンターは、コンピュータ犯罪やハイテクテロを研究したりするための国の機関だ。

 あたしも一度だけ見にいったことがある。

 ここは刑事捜査って言うよりも、研究機関というほうが近い。

 ちなみに警察庁所管だから、警視庁と仲がいい。

 だから、刑事捜査で必要なときは協力を求めたりすることもできるらしい。

『九条特捜官はいらっしゃいますか?』

 電話からそう問われる。あたしは頷いた。

「はい。ちょっとお待ちください」

 あたしが真治を呼びに行こうとしたら、もう真治は起きてこっちに向かっていた。

 真治はあたしから奪うように受話器を取ると、なにやら話し始めた。

 五分くらいたった後だろうか、真治はあたしに受話器を渡してきた。

「ナショナルセンターの人が沙織と話したいそうだ」

「え? 何で?」

 あたしは、怪訝に思いながらも受話器をとって話した。

「一色ですけど」

 あたしが答えると、電話の方で、納得したような声が返ってきた。

『ああ、最初に電話をとった方が一色特捜官だったんですか。失礼いたしました。私、ナショナルセンターの四谷と申します。先だって、サラミテクニックの犯罪を捜査された件のこと、こちらでもうわさになっていますよ』

 本当だろうか。

 それはちょっと恥ずかしい。

 だってアレは、真治がほとんど解決したようなもので、あたしはそんなに力になっていない気がするから。

「いえ、あたしはたいしたことは……」

 その人は、あたしの言葉を謙遜だと思ったらしい。

『いやあ、さすが特捜官ともなると、人間もできてますねぇ。是非今度、その件も含めてお話を伺わせてください。よろしくお願いします』

「あ、はい。機会があれば――」

 あたしがそう返すと、四谷と名乗った電話の主は、続けて勢い込んで話してきた。

『今回の件も喜んで協力させていただきますよ。解析用コンピュータは今から一〇〇〇台、そちらのために開けることにします』

 あたしはその言葉に仰天した。

 一〇〇〇台の解析コンピュータって? 一体何のこと?

 言葉も出ないでいると、四谷さんは話を続けた。

『久しぶりの大仕事で楽しみにしてます。それからぜひ使っていただきたいツールがあるので、後で送りますね。潜入捜査などにもってこいだと思いますよ。後で感想をお聞かせください。ではまた』

 そういって、その電話はあたしの返事を待たずに切れた。

 あたしは受話器を呆然と置くしかなかった。

 あたしがその場に座り込むと、真治があたしに説明してくれた。

「警察庁のナショナルセンターに支援を要請したんだ。うちばっかり支援要請されるのは割りにあわないだろ?」

 真治は片目をつぶって言った。

「ナショナルセンターの分散処理用の解析マシン一〇〇〇台、全部使わせてもらうことになった。相手の十万台には及ばないが、こっちはローカルハッキングだし、マシン性能も高いから何とか勝負になると思う」

 あたしは何がおきたのか、なかなか頭がついていかなかった。

 そして、やっと理解できたら、あたしは思わず真治に抱きついていた。

「すっごい! さすが真治ね!」

 真治は、突然抱きつかれてびっくりしたようだった。ちょっとだけ顔を赤らめている。

「おいおい。お前さっき、俺がどうしようもないとか言ってなかったか?」

「さっきはさっきよ。教えてくれなかったんだからしょうがないでしょ?」

 真治は、なぜかあたしから顔をぷいっと背けて言った。

「俺は今からナショナルセンターに行ってくる。制御用プログラムをちょっとだけ直して、ナショナルセンターの解析機に解析プログラムを入れるんだ。たぶん今夜中には完了すると思う。沙織は、家に帰って休んでろ」

「えー? あたしも行って手伝いたいんだけど?」

「だめだ」

 真治は後ろ向きのまま、にべもなく言い放った。

「なんかあるかもしれないだろ? 沙織を頼りにしているんだから、英気を養っててくれ」

 あたしは不承不承頷くしかない。

 でも、冷静になってみると、どう考えても分の悪い競争だ。

 こっちはパスワードハッシュのデータを持っているから、確かにローカルでハッキング出来る。

 向こうはあたし達が知っている脆弱性を知らないはずだから、ひたすらネットワーク越しにログイン試行をするしかないだろう。

 ローカルのほうがネットワーク越しのハッキングより早く処理ができる。だけど、最近のPCは性能も高いし、解析機との性能差はそれほど大きいとは考えにくい。

 それで、本当に一〇〇〇〇〇対一〇〇〇の比率をひっくり返せるんだろうか?

 でも、今、あたしたちが出来ることはこれしかない。だからやるしかない。

 失敗したら、多分もうこの国際決済用サーバの所在なんか二度とわからないだろう。


 あたしは、家に帰ってから、お風呂に入って、自分の部屋にこもることにした。

 そして、自分の部屋のコンピュータにも真治が作った分散処理プログラムを入れてみた。

 余り意味はなかったけど、一台でも多いほうが早く結果が出るから気休めみたいなものだ。

 処理結果はインターネット経由で、C4のコントロール用コンピュータに集約される。

 あたしは、ベッドに横になった。そうしたら、いろいろなことがあたしの頭をめぐった。

 でも疲れていたんだろう、いつの間にかあたしは寝ていた。

 そして、どれくらい時間がたったころか、不意に人気を感じて、あたしは目を覚ました。

「だれ?」

 あたしが声を上げると、聞き覚えのある声が聞こえた。

「あ、起こしちゃったかな? お父さんだけど、コンピュータの電源が付いたままだったんで消そうかと思ったんだけど……」

 お父さんだって分かって、ちょっとだけ安心した。そしたら、すぐに猛烈な睡魔に襲われる。

「だめ」

 あたしは夢うつつの状態で何とか言った。

「いま動かしてるソフトがあるの……」

「みたいだね。そのままにしておくよ。無断で部屋に入ってごめんな?」

 お父さんが部屋を出て行く気配を感じた。

 あたしは再び夢の世界の住人になった。

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