第九章 似非クラッカーと真のハッカー

沙織と合コン

 今日は、月曜日。

 居間にいるお父さんは何か真剣に分厚い本を読んでいるようだ。

 あたしは何かの技術書かと思ってお父さんの肩越しにその本を覗き込んでみた。

 それは外務省の広報資料だった。

 マーカーで色の付いた部分もある。マーキング部分に目をやると、『七尾文義』という名前だった。

 あたしは、ちょっとだけ首をかしげて、お父さんに聞く。

「珍しい資料読んでるねっ? その人って、うちで客員講師をやってるよっ」

「うわっ!」

 お父さんはビックリしたように大声を上げた。

「なな、なんだ、沙織、いたのか?」

 あたしは慌てている様子を見て、声をあげて笑った。

「あはは。なんて声出してるのよ? まるでエッチな本を見ていたのを、娘に気付かれたような慌てようだったよ?」

 あたしの軽口にお父さんは苦笑したようだった。

 お父さんはあたしを見て、感心したように言ってくる。

「お? なんだか気合の入った服装をしてるな? デート?」

 確かにいつもはワンピースとかあまり着ないし、お嬢様っぽい恰好をしているのは珍しいかもしれない。

「ちょっと友だちとお食事会に行ってくるの」

 いろいろな意味で面倒くさそうなので、嘘にならない範囲でごまかすことにした。

 お父さんはあまりその部分には突っ込んでこなかった。

 ただ、別なことに興味を持ったようだ。

「この七尾って人は、沙織の大学院の講師もやってるんだ?」

「うん。結構女の子に人気があるよ。優しいしね」

 そういってちょっとだけ持ち上げると、お父さんの表情が一変した。

「まさか、この七尾って人とデートじゃないよな? お父さんは許さないからな?」

 父親ってこういう生き物なんだろうか。あたしが男の人を褒めると大抵こんな反応が返ってくる。

 そのせいで、あたしが男性を見る目が厳しくなった気がする。

 突然の詰問調に、あたしは当惑しながら言い返した。

「は? 何でそんな話になるのよ? 変なこといわないでよっ」

 そんな気もないのに、勝手に決めつけられて迷惑だ。

 ついでにケンカを売ってみる。

「それにこの人、結構人気あるのよ。外務省のキャリアで参事官だし、相手としては悪くないんじゃないの?」

 その言葉にお父さんはぎょっとした顔をした後、断言してきた。

「ダメなものはダメ。俺は命と人生と世界のすべてをかけて、全身全霊で反対するぞ」

 命までかけるそうだ。突然何言ってるんだろう。

 呆れた。

「別に七尾さんと付き合うつもりなんてないよ。相手だってそんな気さらさらないと思うし」

 あたしはそう言って、会話を打ち切った。

 お父さんは疑い深そうな顔をしていたけど、それを口には出さなかったようだ。

 そんな可能性あるはずがない。

 だって、今から合コンだし。

 ただ、そのセリフを言ったら、間違いなく問題になりそうなので黙っていることにした。


 大学院近くにある変なオブジェが一杯置いてあるカイザースラウテルン広場で五時から待ち合わせ。

 友達の女の子三人と一緒だ。

 あたしたち四人は、中学からずっと友達。

 非常勤とはいえ大学院に行ったのはあたしだけで、みんな別々の会社に就職した。けど、まだ学生気分が抜けてないかもしれない。

 背が高い子が洋子。洋子は身長が一七〇もあるから、絶対ハイヒールとか履かない。あたしの背が低いんで、洋子と話すときはいつも見上げることになる。洋子は、自分より背の高い男を捕まえる気満々らしい。

 ちょっと太め……、ではなくてふくよかな感じなのが真理。真理はいつもダイエットしている気がする。あたしは密かに、真理のことを「脱ぎ太り体型」って呼んでいる。真理は脱げば脱ぐほど太っていく。真理のことを着やせなんて、真実を追求するあたしには決して言えない。

 最後の一人は体型的には普通の子で、大人顔の絵美。絵美とあたしが並んで歩くと、姉妹扱いされるというか、ひどいときは親子扱いされるんで、あたしは出来るだけ離れて歩くことにしている。性格は優しい子なんだけど。

 多分四人の中じゃあたしが一番男っぽい性格をしている。

 だけど、見てくれはあたしが一番子供っぽいのは否めない。

 だけど、理解していることと納得することは別だ。

 あたしたちが一体誰を待ってるかって言うと、合コンの相手だ。

 あたしはあんまり気が進まなかったけれど、人数あわせで仕方なく参加ってことになった。まあ友達と付き合うことも必要だと思う。

 あたしは、最近は周りは男ばかりだからあまり意識しないけど、たしかにクリスマスの前はかなり雰囲気が殺伐としてた感じがする。

 あたし達は、みんなお茶の水は付属幼稚園からの持ち上がりなんで、合コンとは言っても周りの女の子は知り合いばっかで新鮮味がない。

 幼稚園とか小学校から付属に入って、大学までお茶の水に居続ける人のことをお茶漬けって言う。

 あたしはまさに「お茶漬け」だ。

「沙織の周りっていい人いない? なんか警察官って汗臭いイメージがあるんだけどさ」

 洋子があたしに聞いてきた。 

「まあ、確かに体育会系だからね。でも、あたしの周りの若い警察官はみんな清潔な感じの人ばっかりだよ? あと純粋って感じ?」

 そう言ったあと、あたしは真治の顔を思い浮かべて付け加えた。

「たまにいい加減な性格のやつもいるけどね」

「へー。周りに警察官なんていないからピンとこないなあ」

 そんな話をしていると、合コン相手が集まりだした。

 ちなみにあたしたちの取りまとめ役は洋子だ。洋子のやる気には敬服するしかない。

 相手の男の人はIT系の会社の新入社員四人だそうだ。

 でも、あたしは、仕事で年配の人とかを一杯見てきている。

 それと比べると、来ている男の人が、全員子供にみえる気がした。こんなことを一番子供っぽく見えるあたしが言うのも変かもしれないけれど。

 ただ、合コンで変なこといわれたら爆発しちゃいそうで不安だ。

 洋子から、くれぐれも爆発しないように注意されている。

 あたしは、実は合コンで爆発した前科があるからだ。

 とりあえずみんな時間守って、五時には全員そろっていた。

「じゃあいこうか」

 お店に先導したのは洋子だった。

 合コンは、すぐそばにある地下鉄の駅のそばにあるイタリアンレストランでやることになっていた。カイザースラウテルン広場からイタリアンレストランまでは、歩いて五分くらい。

 イタリアンレストランは、二階にある。あたしたちはよく食べに行く。階段を上がって中をのぞくと、ほぼ満席だった。多分そうだろうと思って、あたしたちは予約していた。

 そこはそんなに大きな店じゃなくて、せいぜい二〇人も入れば一杯になるくらいの大きさ。あたしたちは、店を入ってすぐ右手の奥にあるテーブルに案内された。

 ここはちょっと静かでプライベート感があるので、この店の特等席だ。このお店はそんなに高級な店って言う感じじゃないけど、なじみやすい内装だし、近いし、何より値段が安いんで、あたしたちはよく使う。

 席に前菜が出て来るのと一緒に、量り売りのでっかいワインボトルが現れた。1.5リットルくらいのサイズだ。

 量り売りだから、飲んだ後、残っている量を除いた分を支払うことになる。

 いつもなら4人で飲んでも、半分も減らないだろう。

 八人で飲むなら、男の人が多めに飲んで、一本飲みきるくらいだと思っていた。


 すでにワインボトルは2本目に入って、半分くらいすでに飲んでいた。

 3人の男の人は、すごいペースでワインを平らげている。

「一色さんはあまり飲んでないね?」

 あたしの正面にいる男の人があたしに言ってきた。

 この人、たしか田中と自己紹介していた。

 見た感じ、普通の人のようだけど、やはりちょっと便りなさそうに見える。ただ、男性陣四人の中では、一番まじめそうで、好感が持てそうなタイプかもしれない。

「あたしそんなに飲めないの」

 そういうと、無理にはお酒を進めてこなかった。

「そっか。残念だけど仕方がないね。一色さんは、どこに住んでるんだっけ?」

「この近くだよ。一人暮らししようかと思ってたんだけど、結局実家から通うほうが学校に近いんで、家から通ってるんだ」

 そんなどうでもいい話をしながら、あたしは自分が退屈してきたことに気づいた。

 ――合コンってこんなものなのかなあ?

 もっとどきどきするものだと思っていたあたしは、突然その理由に気がついた。

 分かった。この人たちのこと恋愛対象となる男に見えないから退屈なんだ。

 このままだと、あたしは年齢が上の人しか興味もてなかったりするのかもしれない。

 そんな事考えて呆然としていると、田中さんに話しかけられていた。

「――一色さんは、何に興味があるの?」

「今は仕事で手一杯かなぁ」

 そう返してから気が付いた。そういえば特捜官ってこの場では内緒だった。

 洋子にきつく言われていた。ひかれると嫌だからだそうだ。

「仕事って事務かなんか?」

 ごまかすしかない。小さく頷いた。

「あ、うん。そんなもの」

「このあいださぁ、俺ちょっとやばい仕事しちゃってさ、警察に捕まりそうになったんだ」

 あたしはぎょっとして、まじまじとその台詞を口にした男の人を見つめるしかなかった。

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