銀行不正の終結と残された犯罪

 加奈子が運転する車で、あたしと真治はC4に戻った。

 そしてC4で今までの経緯を話すと、真治はあたしの頭を撫でようとした。

 あたしがそれを器用に避けてにらみ付けると、真治は慌てて言った。

「よ、よくやったな。捜一には俺からも話しておくから、田辺は返しても良いぞ。それより、大石部長の事情聴取をしようぜ。宿木専務に電話してみる」

 あたしは頷いて、真治が電話をするのを見た。

 でも、真治が電話をして、すぐに顔面が蒼白になるのが分かった。

「それは間違いありませんね?」

 真治が怒鳴るように声を上げた。

 何かあったらしい。

 あたしが不安に思っていると、電話を切った真治が椅子に自分の身体を放り投げて、呆然と言ってきた。

「大石が自殺した――」

「え? 大石部長が? 何で?」

 あたしは困惑して真治に聞き返した。

「分からない。だが、自筆の遺書が見つかったらしい」

「遺書にはなんて?」

 あたしはそう聞き返すしかなかった。

 真治は吐き捨てるように返してくる。

「迷惑をかけてすみません、とあったそうだ。例のサラミテクニックの件も自分がやらせたと書いてあったらしい」

 あたしは、その自分勝手な内容に納得できなかった。

「もしホントに後悔してるなら、ちゃんと裁きを受けるべきなのに……」

 あたしが小さくため息をつくと、真治は吐き捨てた。

「バカ言え。アイツが自殺なんてするようなタマかっ! のらりくらりと言い逃れをして肝心なことを誤魔化すヤツだ。アイツは殺されたんだよ! 坂上と同じだっ」

 激高する真治に、あたしは当惑して尋ねるしかない。

「殺されたって、一体誰に?」

 真治はあたしをじろりと睨んで断言してきた。

「グローバルアクセスバンクのヤツラに決まってるだろ? トカゲの尻尾きりだよ」

「で、でも、いくらなんでもそんな――」

 あたしは信じられなかった。

 C4に赴任してから、人の生き死ににかかわる案件なんて一度もなかった。

 それが、ここにきて、坂上、大石部長、それに太田巡査長と三人も立て続けに起きている。

 それがみんなグローバルアクセスバンクにかかわる話だっていうんだろうか。

 もしそうなら、どれだけの闇がその中にあるのか、想像もできなかった。

「いいか。グローバルアクセスバンクをぶっ潰すのに協力してくれ。金のために簡単に人を殺す。あんなヤツラを許すわけにはいかないんだ」

 真治の瞳には怒りの炎が燃えていた。

 あたしは頷いたけど、真治の激しい怒りにちょっぴり当惑した。

 太田のことで怒り狂うのは分からなくもない。

 だけど、あたしがそうであるように、人を殺したヤツに怒りが向くのが普通だ。

 組織にも怒りが向くんだろうか。

 真治の瞳に込められた想いは、太田のことだけじゃないような気がした。

 何で? 真治に何があったんだろう。


 あずさ銀行で不正に修正された該当プログラムは全部で百本近くあったらしい。

 それぞれのプログラムの中に少しずつ、秘匿された口座情報と機能が含まれていた。

 しかも、一部が欠損しても、お互いに機能を補完するようになっている。

 大石部長は、プログラムの一部をよく分からないブラックボックス化させて、プログラム改変のときも、その部分はそのまま残さざるを得ないようにしていたんだろう。

 開発者はみんな、その部分は機能が良く分からないから残しておいたらしい。

 目の前に詰まれたリストの山を前に、新見課長はため息をついている。

 C4の援助はこれで終わりだ。宿木専務は、被疑者死亡で幕引きしたいようだった。

 横領。窃盗。偽計業務妨害。そのほかにいくつかの容疑が掛けられた。

 宿木専務は本部に被害届けを出そうとしていた。

 あたしは、宿木専務に待ってもらってC4にいる真治に連絡を取った。

 真治は、あたしにこう指示してきた。

『今から捜査二課に連絡して、移管の手続きをとるよう進言してみる。もし無理なら、丸の内署に出てきてもらう。どっちにしても恩が売れるだろう。そこで待ってろ。すぐに連絡するから。そこは沙織の部屋だよな?』

「うん」

 あたしは、一度電話を切ると、真治の電話を待った。

 真治が電話をかけてきたのは、一五分後のことだった。

『いまから、捜査二課のメンバーがあずさ銀行に行く。お前からあずさ銀行には話を通して置け。最初に事件に関して、お前から説明するような手はずにしてある。捜査二課の連中はサラミテクニックなんて理解してないから、うまく説明してやってくれよ』

 捜査二課は主に経済犯にかかわる捜査を行っている部署だ。相手が企業の場合、コンピューターがかかわることが多いので、C4とは仲がいいんだ。

「わかったけど、ねぇ、真治が説明してよ」

 あたしがめんどくさそうに言うと、真治はやれやれといった感じで返してきた。

『だめだ。お前が名前を売り込むチャンスなんだ。がんばれよ。俺は、グローバルアクセスバンクの決済サーバの場所を確認しているところなんだ』

 あたしは電話を切ると、宿木専務にすぐに担当部署が来ることを告げた。

 宿木専務は頷いて、すぐに部屋を出ていった。

 そして、被害届の新見課長を見る。この後の作業を考えると新見課長の大変さに頭が下がる。

「新見課長。C4の援助は、この後レポートを取りまとめて終わりだけど、現場の人たちはこれからが仕事なんだもんね。がんばってください」

 あたしの言葉に、新見課長はつぶやくように言った。

「一色特捜官、私は正直言って、最初はあなたのことを軽く見ていたのかもしれません」

 そういって新見課長は深く頭を下げて続けた。

「申し訳ありませんでした。警視庁の特捜官がこれほどのものとは、存じ上げておりませんでした。大変失礼いたしました」

「いえ。あなたの協力がなければ、あたしは何もできなかったよ。後で捜査二課が来るから、もう少しだけあたしに付き合ってね?」

 新見課長は少しだけ微笑んだような気がした。声が上ずっていた。

「わかりました――」


 やってきた捜査二課のメンバーは警部二人、警部補、巡査部長と、巡査長で、全部で五人だった。

 警部の一人はなんと財務特捜官で御手洗って言う名前だった。財務特捜官は四〇歳過ぎくらいで、公認会計士らしいよ。この人は一目見て警察官ぽくない雰囲気だった。

 あたしは真治の区画で、五人に対して今までの経緯を説明したんだ。

 いろいろな質問を受けながら、とりあえず五人に納得してもらえたのは三〇分後くらいの事だった。

 途中で財務特捜官があたしの話をうまく説明してくれなかったら、もっと時間がかかったと思う。

「おそらくサラミテクニックによる犯罪とその検挙は日本で初めてのものになると思います。この後、この事案を捜査二課を中心に進めていただくようお願いいたします」

 あたしが説明の最後にこれを言うと、特捜官じゃない方の警部が感極まったようにあたしに握手を求めてきた。

 今回みたいに、過去にない犯罪事案を解決するって言うことは、特に本部の中では名誉なことらしい。

 警察庁から評価されると、昇進とかにも影響する。

「一色特捜官。今回の件は捜査二課として本当に感謝しております。正直を言わせてもらえれば、昨日まで、あなたのように若い特捜官に抵抗がありました」

 その警部はちょっとだけ頭を下げてから真剣な顔で言った。

「しかし、今回の件でそれが間違いであったことがよくわかりました。ありがとうございました。そして、今この時点で、この件の管轄を捜査二課に移管させていただくこととしますので、ご了解ください」

 あたしも軽く頭を下げた。

 そして顔を上げるときに、ちょっとだけ御手洗っていう財務特捜官と目が合った。

 この人とは別の事件でも会うかもしれないと、あたしは思った。


 それからあたしは、今までわかった内容を全部報告書に取りまとめる作業に追われたけど、何とか期限までに全部終えることができた。

 資金の移動に関しては、あたしも一応、報告書にも書いたけど、例の御手洗特捜官が綿密に調べてくれた。

 だけど、最終移動先は結局分からなかった。もっとも、死んではいるけど遺書で本人が事件を認めているし、証拠もそろっているから、事案としては問題なく進んでいくはず。

 C4の所長はもちろんのこと、捜査二課長、担当検事も、あたしに直接お礼を言ってきた。

 でもね、この話はそれで終らなかったんだ。

 もちろん、終るはずがない。絶対終らせない。

 あたしが襲われた理由は分かった。だけど、それを依頼した人間がまだ捕まっていない。

 太田とあたしを撃ったあの外国人も捕まっていない。

 事件はまだ何も終っていないんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る