コンピューター殺人事件の真実
「え、ガサ入れを明後日の早朝に?」
あたしはびっくりして尋ねた。
あたしはトイレの個室の中から、C4にいる真治とスマートフォンで話していた。
『そうだ。沙織が送ったファイルのパスワードを解除して調べた。その結果、どうやらその日に役員全員が揃うみたいなんだ』
え? それって、日本に来たタイミングで役員全員を捕まえるって言うこと?
犯罪の容疑はいろいろあるだろうけど、役員が関与している決定的な証拠を掴んでいない状態で、強制捜査に移行して大丈夫なんだろうか。
ただ、今回の件は、C4だけじゃなくて捜査二課も共管で進めている。そこで問題となる可能性は心配しなくて良いだろう。
あたしがそんなことを考えていると、真治が説明を続ける。
『それから、送られた名簿を確認したら、まずいことが分かった。名簿のほとんどはイギリス人らしい。らしいって言うのは、ある理由で外務省には間接的にしか確認できないからだ。だが、そのうちの一人はイギリス人だと確定した』
「一人だけ? 何で分かったの?」
あたしの問いに真治が早口で答えた。
『イギリス大使館の
何それ。やばすぎっ。下手したら、外交に影響しちゃうってことだ。
――そもそも、外交官を逮捕なんて出来ないよね?
「だけどリストに名前が載っていただけで、本人かどうかなんてわかんないよ?」
『そんな詭弁は通用しない。沙織だって、多分本人だろうって予想してるだろ? 検察の特捜に持ちかけてみたが及び腰だった。もしやるなら、俺たちが前面に立つしかない。やるか?』
「やるに決まってるでしょ? 今更何いってんのよ?」
真治が薄く笑う声が聞こえる。
『馬鹿な質問だったな。悪かったよ。今日はC4に戻って来るんだよな? それまでに明後日のガサ入れの調整をしておく』
あたしは、頷いてから電話を切った。
あたしがお手洗いから帰ると、ノートルダムが嫌みったらしく言ってきた。
「ずいぶん長いトイレだったな?」
ノートルダムの言葉にあたしは冷たく言い放った。
「あたし、セクハラ言われたら蹴り飛ばすことにしてるんだけど?」
「――悪かった」
あたしの言葉が本気だって分かったんだろう。ノートルダムはすぐに謝ってきた。
そこで、ふと疑問に思って聞いてみる。
「そういえば、あなた、何の担当なの?」
ノートルダムは目線をそらして言った。
「サーバ管理ってやつだ」
前に社員から、重要な機器類は全てイギリス本社にあり、データすら日本には残されないと聞いている。疑わしそうに尋ねてみる。
「サーバ管理? だってシステムはイギリスにあるんでしょ? 日本にサーバがあるの?」
「データの中継に使うサーバがあるんだよ。バイトの癖に細かいヤツだな」
ノートルダムは不愉快そうな顔をして、席を立った。
データの中継に使うサーバ? なんだか怪しい。
――まあいいわ。明後日になれば、どうなっているのかわかるしね?
あたしは、定時になるまで待ったあと、C4に向かうことにした。
C4で主要メンバーと明後日のガサ入れに関して情報交換を行った。
「お偉いさんは自家用ジェットで来るらしいよ。だから羽田にくるみたいね」
あたしは豆知識を披露した。真治はどうでもよさそうに言った。
「はいはい。グローバル企業は儲かっていいよなあ」
その後、真治はまじめな口調に変わって続けた。
「沙織は、今回の件が大問題になりそうなことの意味を知っているか?」
「何いまさら言ってるのよ? ちゃんと調整してくれなきゃ困るんだけど?」
「したから、ぼやいてるんだよ。検察が動かないのに警視庁独自で外交官、それも参事官を処断するなんて、上の承認を取れると思うか? こんなの検察の特捜が動くような案件だぞ?」
「何よっ! 真治、調整に失敗したのねっ」
あたしが睨みつけると、凄みのある目つきで真治が言い放った。
「まさか。だけど、今回はかなり掟破りな方法を使った――」
真治はその言葉の後、はっきりと宣言した。
「ガサ入れは明後日金曜日の午後二時、日没四時間前に行う。幹部連中が揃う時間に合わせてその時間にした。沙織は、それまでに証拠の隠滅が行われないことを確認しててくれ。特にガサ入れ直後の動向に注意するんだ」
「うん。わかったよ」
捜索差押令状は、普通は日中、つまり日の出ている時間内にしか執行できない。
もし夜間に捜索差押するなら、裁判所の特別な許可が必要なの。
だから、日の出とともにガサ入れしたりする。
ただ、一度、捜索差押令状の執行が始まっちゃえば、夜中だろうとそのまま継続できるんだ。
だから日没前に入っちゃえば、そのまま深夜まで捜索の継続をすることも出来る。
「ヤツラが逃げ出すことを心配しなくていい。どうせ朝から周囲を固めておくから逃げ場はないさ」
真治はあたしの方を向いて指示してきた。
「それから、今日と明日は早く帰って、休んでおくんだ。明後日は大変だからな? 捜査会議にも出なくていいぞ」
あたしが不満に思って睨んでいると、真治はぷいっとあたしから目線を逸らすと「ちょっと食事に行って来る」と言って、その場を外してしまった。
「あたしのこと、もっと信頼してくれてもいいのになあ」
残されたあたしが小さく呟くように言うと、それを聞きつけた田神班長が口を開いた。
「そりゃ、九条特捜官は、例の件があるから――一色特捜官が心配なんだろう」
あたしは田神班長の方を向いて尋ねる。
「例の件って?」
「そりゃ、コンピュータ殺人事件のことに決まってるよ」
田神班長の言葉にあたしは戸惑うしかなかった。
――コンピュータ殺人事件って、電源コードで人を絞め殺した事件のことじゃないの?
あたしの怪訝そうな様子に、田神班長はおやっと言う顔をした。
「九条特捜官から聞いてないの?」
「聞きました――けど?」
あたしが怪訝そうに答えると、田神班長は悲しそうな顔を見せた。
「あれで九条特捜官は妹をなくしたから……。九条特捜官の警察手帳に入ってる写真を見たことあるだろ?」
そういえば、監察官の聴取を終えたとき、真治が慌てて手帳を取り返したことがあった。
あそこにあたしの写真が入ってた。
あたしの当惑した顔を見て、田神班長は思い切ったように立ち上がる。
そして、田神班長は金庫から、真治の警察手帳を取り出してくる。
田神班長は中を開いてあたしに見せてくれた。
その奥に入っていたのは、少女の写真だ。
それはあたしじゃなかった。
あたしにちょっぴり似ているけど、別な女の子。高校生くらいに見える。
なんだか、誰かに似ている気がした。
誰だろう。なぜだか頭ががんがん痛む。
「バッテリーに炸薬を仕掛けて、捜査員の一人を殺そうとしたんだ。電話が着信した時の特定の着信メロディーで爆発する仕組みらしい。金属片がばらまかれるから相当な範囲に殺傷力がある」
田神班長はあたしに説明してくる。
一体何の話だろう。
コンピューター殺人事件? 誰が殺されたって言うの?
あたしの当惑に気がついていないようだ。田神班長が言葉を継いだ。
「着信音だから、会話途中でその音を流しても良いし、便利なんだとさ。だが、その携帯はすぐ側に女の子がいる時に爆発したんだ」
「爆発? 女の子って?」
あたしの問いに、田神班長は特大の爆弾を返してきた。
「この写真の子だよ。九条美香。九条特捜官の妹さんだ」
あたしは、その言葉で、この子がなんとなく真治に似ていることに気付いた。
だけど、田神班長の続く言葉にあたしは絶句した。
「まだ民間会社にいた九条特捜官の目の前で亡くなったらしい」
真治が携帯を絶対使わなかったのも、これが理由なんだ。
あたしは言葉を失って、田神班長を見つめることしかできなかった。
田神班長は、天を仰ぐように目線を反らして説明する。
コンピュータ殺人事件。
C4関係者で二人目の犠牲者は出さないって佐々木所長は言ってた。最初は太田のことを言っているって思った。
だけど、怪我をした警官を犠牲者なんていわない。
誰かが死んでいるってことなんだ。太田は重体だけど死んでない。それが真治の妹だった?
だけど、確か所長は「C4関係者」っていってた。
田神班長は「まだ民間会社の九条特捜官」と説明している。
あたしはその理由を聞くべきか悩んだ。田神班長はそれを知ってか知らずか言葉を続ける。
「C4の名前に『総合』って付いていなかったころの話さ。コンピュータ犯罪対策センターが、発足した頃、特捜官はいなかった。その時、例の国際犯罪シンジケートに迫った警察官がいた。それが九条特捜官の父親だった」
予想外の説明にあたしは混乱するしかなかった。
――真治のお父さん?
「九条特捜官は、その爆発で二人の肉親を失ったんだ。いや、既に母親が他界していた九条特捜官にすれば、家族全員を失った。直接聞いたことはないが、だからこそ民間企業を辞めてコンピュータ特捜官に身を投じたんだろう」
その言葉にあたしは全身が凍り付くような悪寒に襲われた。
そんなことってあるんだろうか。
それがどんなにつらいことか、あたしには想像もつかない。
「当時のことは俺は良く知らないが、C4の昔のメンバーの話じゃ、九条特捜官は妹をとっても大切にしていたらしいからな」
「それが本当の――コンピュータ殺人事件なんだ?」
あたしの口から、無意識のうちにその言葉が付いて出た。
田神班長は『本当の』というところでいぶかしんだようだったけど、結局頷いた。
「総合がつかないC4に、九条特捜官の父親が従事していた時の出来事だ」
とっても悲しい出来事に違いない。だけどその言葉を聞いて、あたしが感じたこと。
何で真治はあたしから写真を隠そうとしたんだろう?
――決まってる。
あたしが妹に似ていることを見せたくなかったからだ。
あたしを妹の身代わりにしているのを知られたくなかったから。
とっても悲しかった。必死で涙を堪える。
――じゃあ、あたしは――真治には妹の代わりなんだ?
何にも真治のこと知らなかった……。
あたしは突然それに気付いて、呆然とするしかなかった。
その時の悲惨な光景を想像する。家族を失った真治が、妹の代わりを求めたって不思議じゃない。
誰がそれを責められるんだろう。
だけど――。
――真治が仕事のパートナーだって思ってたのは、あたしだけだったんだ。あたし、ばっかみたい。笑っちゃうよ。
あたしには自嘲しかできない。それがあたしに出来る精一杯だった。
あたしは、事実を知って目の前が真っ暗になった。
田神班長が驚いていろいろな言葉を投げかけようとしていたけど、あたしの耳にはもう何も入らなかった。
そういえば、真治は、本当に大事なときは、自分だけで行動してた気がする。それも当たり前だ。
――だって、あたしなんて信頼されていなかったんだ。
「そりゃ、あたしの頭を撫でようとするわけよね?」
あたしは真治に信頼されてない。
あたしがそう思っていたのは一人芝居。
真治の妹だった。それも、偽者の、代替品。
あたしのことを真治は見ていなかった。
今まで自分が大切にしていた気持ちが全部崩れ落ちていくのが分かる。
真治は、あたしの向こう側にもういなくなった妹を見ていたんだ。
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