内偵
バイトの面接は全然問題なかった。
実際あたし大学院生でもあるから、学生証も持っている。
事実だけで誤魔化して見せた。
あたしはGABホールディングっていう親会社に面接の予約をして、その日に青山のビルの一〇階にいった。
そのビルは典型的な雑居ビルで、いろんな会社が入ってた。一階にあるビルのテナント表を見たら、この会社がビルの三階から一〇階まで使っている。
このビルのエレベーターに乗って、一〇階にいくと、無人の会社の受付があったんだ。
会社別に受付を勝手に設置するビルらしい。
あたしがそこで人事部を呼び出したら、面接する会議室に案内された。
そこでは、簡単な技術的質問をされた後、採用担当のマネージャに言われた。
「PCに慣れてるようだし、採用は全然問題ないと思うよ。明日から来られるんだよね?」
そうしてあたしは、次の日から、仕事をすることになった。
でも翌日、あたしがGABホールディングに行ってみたら、だれもあたしのこと知らないし、案内もしてくれなかった。あまり、きっちりした会社ではなさそうだ。
昨日あたしを面接したマネージャを探し回って、やっと見つけた。
そして聞いてみたら、一つ上の一一階があたしの配属先だと言ってきた。
でも、確認してみると、このビルの一一階は、一階のビルのテナント一覧だと別な会社名が書いてあった。分かるわけがない。まったくいい加減な会社だと思った。
上の階に行って見ると、そこは一〇階とはうってかわって雑然とした雰囲気のオフィスで、書類とかであふれてた。
あたしがフロアに入ってみると、なんだか横柄な口調のやつに、名前を確認された後、速攻で「遅刻だ」って言われた。
下の階で待ってたって言っても聞いてくれない。早くも爆発したくなってきた。
――でも、仕事だから我慢するしかないか。内偵だもん、いやなことだってあるだろうし。
「そんで、あんたって何が出来るの?」
横柄な口調で男が聞いてくる。
どうでもいいけど、こいつすっごく姿勢が悪くて猫背だった。
あたしはこいつに敬語を使う必要なしと判断して、普通の口調で話すことにした。
「データの入力って聞いてきたけど?」
「じゃあ、このリストをPCに入力してくれ」
その男は、二十枚ほどの書類の束を放り投げてきた。
あたしがパラパラと書類を捲ると、書かれているのはよく分からない数字の羅列だった。
「これは?」
あたしの問いに、そいつはぶっきらぼうに答える。
「バイトは知らなくていい。使うPCはこれだ」
そういってそいつは、側に置かれたコンピュータを指差した。
あたしはため息をついてからPCの前に座ると、黙々とデータ入力を始める。
男はしばらくの間、あたしの入力を眺めていたけど、問題なさそうだと判断したのか、五分もせずに自席に戻っていった。
数字の意味を考えながら入力していたら、その数字がなんだかなんとなく分かった。
多分、経費かなんかの金額だ。
それと、利率とか、消費税とか、あとはよく分からないコードっぽいのが付いてる。サラミテクニックで持ってきた情報と同じような匂いがプンプンしてた。
そして、書類の数字の半分くらいは、合計とか平均とかの計算項目だった。
だからあたしは、その項目には計算式を入力した。入力が半分で済んだので、その作業はすぐに終わり、あとはあたしが作った計算式がホントに正しいか確認していった。
あたしは、チェックを終えると、チラッと、離れた場所に座っている男を見た。
なんだか、インターネットを夢中になって見ている。
仕事をしている感じじゃない。
あたしはため息をついたけど、すぐにこの会社の内部環境を調べてみようと思い返した。
あたしが使っているPCはネットに繋がっているみたいだ。
IPアドレスの調査から始めて、分かる範囲の情報をその場で与えられたコンピュータから全部集めた。
一五分くらいかかっただろうか。
一応ネットワーク構成図を作ってまとめておいた。
そして、ファイルがおいてある可能性のあるサーバを一つ一つ探して行った。
だけど、管理者権限を持っていないと入れないエリアがあった。
メモにその情報を書いて、後で調べることにする。
一通り調べた後、そろそろ頃合いだと判断して、あたしはSNSを夢中になって読んでる男の後ろに立って声をかけた。
「入力終ったよ」
男は、慌てて今まで見ていたSNSを隠すと、あたしを振り返った。
「は、早かったな」
そして、あたしが持ってきた書類の束を指差して言う。
「じゃあ、エクセルのこことここの項目を計算式に直して……」
あたしはその瞬間呆れて、そいつに言ってやった。
「そんなの先に言ってくれなきゃ、二度手間でしょ? 入力させた後、計算式に直すなんて」
あたしはそういいながら、猫背のこいつにノートルダムっていうあだ名をつけてた。
本当なら、ノートルダムと仲良くしておいたほうがいいかもしれないけど、こういうやつ生理的に受け付けないの。
それに、多分こいつ重要な情報なんて何にも知らないに違いない。
ノートルダムは卑屈な笑みを浮かべながら言う。
「バイトの癖に生意気だなあ。言われたとおりやればいいんだよ」
あたしはその言葉にため息をついた後、質問した。
「で、計算式は、どことどこ? どんな計算式を入れるの?」
「これに書いてある」
そう言ってノートルダムが出してきた紙を、あたしは一瞥して言い放った。
「この計算式なら、もう入れたわ。だって、明らかに計算した結果だったから。で、この書類の数値とあっているか、全部チェックしたら合っていたよ」
あたしの言葉に、ノートルダムは絶句していた。あたしは、追い討ちをかけるように尋ねる。
「で、このエクセルのファイルはどこに置けばいいの?」
あたしは、とりあえず仕事がなくなったんで、一一階を一通り回ってみることにした。
挨拶をする習慣みたいなのはこの会社はないみたいだった。
それでも、何人かの社員とはそこそこ話すことが出来た。社員の一人に聞いてみた。
「そういえば、この会社って何をしてる会社なんですか?」
「一言で言えば、ホールディングカンパニーって言って、いろんな業務を行ってる会社の親会社だよ。子会社全部の人事をここでまとめて行ってるんだ。事業や業務は全部子会社がやってるから、言ってみれば管理のための会社だね」
特に金融系や大企業などで、グループ会社全体を統括するために作る会社がホールディングカンパニーだ。その配下に主要企業群が配置される。事業運営は子会社が行い、グループ全体の統括管理のみを目的にした特殊な会社なんだ。
だから大抵の場合、ホールディングカンパニーには少数の社員がいるだけで、そもそも支店なんて置かないケースがほとんどだ。支店を置くのは、グループにとても大切な地域がある場合くらいだろう。
「じゃあ、出向者とかもここで管理してるんだ?」
「ああ。特にうちの場合は、銀行に転籍している人が多いから……」
出向じゃないけど、あずさ銀行の大石とかも管理していたんだろうか。
ちょっとだけ確認のための質問をしてみた。
「あずさ銀行とかにも出向している人がいたりします? あそこ、私の知り合いが多いんですよ」
「確かいたと思うけど――、あ、そうそう、たしかマネージャーがいたはずだよ。名前はちょっと思い出せないけど……」
あたしは助け船を出して、どんな反応するのか確認してみた。
「大石さん?」
「あ、そうそう。それだ」
そう頷いた後、怪訝そうにあたしに問いかけてきた。
「でも、なんで知ってるの?」
「
あたしはにっこり笑ってそう言い放つと、質問を続けた。
「そういえばここの業務処理ってどんなソフトを使っているんですか?」
あたしが、本筋の話に水を向けると、その人は首を傾げて答えた。
「うーん、たしか自社開発のやつだと思うんだけど……。イギリスの本社から提供されているやつをそのまま使っているんだよね。だから、実はあんまり意識してないんだよ。日本にあるデータは毎日送付して、その後は残っていないよ」
あたしはその説明にぎょっとした。
データを毎日削除している? あり得ないんじゃない?
慌てて、疑問符を投げかける。
「え? 残さないの? じゃあ何かトラブルがあったらどうするんですか?」
あたしの疑問に、その社員はもっともだという風に頷いた。
「そうだよね。クラウドじゃなくてクローズドのシステムだから、俺もそう思うんだけど、イギリス本社の強い意向なんだ。昼くらいにデータを送ったあと、たぶん向こうでデータを複写してるとは思うんだけど――」
その人は肩をすくめてそう言った。
それって、イギリス本社が現地に証拠を残さないために指示しているんじゃないだろうか。
あたしが考え込んでいると、その社員は全身で伸びをした後、話を始める。
「イギリスの役員は、自家用ジェットで羽田に来るのが普通なんだよ。うらやましいよなあ」
関係のない話が始まったので、あたしは話をそろそろ切り上げるべきだと思った。
「どうもありがとう。助かりました。またお話聞かせてください」
そういって、あたしは頭をぴょこんと下げてから、返事も待たずにその場を立ち去った。
ネットワークを調べたら、管理者権限でないとアクセスできないサーバがあったので、あたしは管理者権限を取得することにした。
あたしはレインボーハッシュを使ったCD起動のパスワード解析プログラムを持ってきていた。これを使って、一分もかからずに管理者IDとパスワードを取得できるだろう。
さすがに、このPCの管理者権限のパスワードは八桁しかなかった。それは確認済み。前みたいに二〇桁だったら大事だったけど、これくらいなら簡単に解析できる。
実はバイトの一週間の間に、関連サーバのアクセスに関して捜索することについて、事前に裁判所の許可を得ていた。
その公示は昨日から。だから、これは不正アクセスにはならない。
そして、周囲の目を気にしながら、そのサーバにログオンしてみて、中を見てみる。
そんなにファイルの数はなかったから、それほど時間をかけずに全部見ることが出来た。
探している各銀行に送り込まれたエージェントに関する情報は、どこにもなかった。残念だけど、相手も馬鹿じゃない。多分イギリスのサーバにおいてあるんだろう。
ただ、役員一覧とそのスケジュール表らしいファイルがあった。「らしい」って言うのは、ファイル名がそれらしいんだけど、パスワードが掛けられていて中身を読めないから。
さすがに起動用パスワード以外のパスワード解除用のツールなんて、ここには持ってきていない。
だから、このファイルをそのままコピーして、スマホからC4に送付することにした。
それがその後の色々な事件のトリガーとなったんだ。
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