第一一章 内偵捜査

七尾と警告

 その日は休日で、あたしは大学院にいた。

 そろそろ出席日数がやばくなった授業を受けたあと、あたしは七尾さんに出会った。そしたら七尾さんは、あたしに会議室で話したいと言ってきた。

 どうやらあたしを待っていたらしい。

 ――一体なんだろう?

 会議室で、七尾さんは周囲を見渡して二人だけなのを確認してから話し出した。

「実は、外務省の内部調査でいくつか分かったことがあったんだ」

 七尾さんはそう話し始めた。

「どうやら、外交官が絡んだ国際犯罪の懸念があるようなんだ。一色さんは知ってる?」

 その話に、びっくりするしかない。

 そして、どう考えても、これはグローバルアクセスバンクにかかわる話のような気がしてならなかった。

 あたしは、七尾さんの言葉に、どう答えようか悩んだ。そして、ゆっくりと話す。

「七尾さんが外務省の参事官だって知ってますけど、やっぱり捜査情報は話せません」

 あたしの言葉に七尾さんは薄く笑った。

「いいよ。その言葉でこの件の捜査をしているって分かったから」

 七尾さんはそう言ってから言葉を継いだ。

「外務省の方でも調べるから、もし何か情報が分かったら知らせるよ」

 その後、特に七尾さんは話を続けることもなく、あたしも差し障りのない話だけをして教室を出た。

 そして、学校の門をすぎて七尾さんに挨拶をして、別れてからすぐのことだった。

 鈍い音とブレーキ音がした後、背後で大騒ぎしているのが分かった。

 振り返ると、車がすごい速度で走り去って行った。ナンバープレートが青い。

 ――外交官ナンバー?

 あたしは、しばらくその番号を眺めた後、大騒ぎの方向を見つめる。

 七尾さんが倒れていた。

 あたしはビックリして、その方向に走った。七尾さんはよろよろと立ち上がっている。

「だ、大丈夫ですか?」

 あたしが群集から一歩前に出て問いかけると、七尾さんは青い顔で呟いた。

「たぶん、例のヤツラだろう」

「まさかっ! 七尾さんまで?」

 七尾さんは、守衛の人が手を貸すのを乱暴に振り払うと、よろよろと、構内に歩いて行った。


 七尾さんは警察に届けたけど、結局ひき逃げは捜査されなかった。

 あたしは、申し訳ない気持ちで一杯だったけど、七尾さんは、「外務省勤務だから、外交官のやり口は良く知ってるよ」と達観した様子で言っていた。

 あたしが覚えていて、沢山の証人もいる外交官ナンバーの車は、イギリス大使館のものだった。

 そして、大使館の公使はその運転手は不明だと宣言した。それ以上の捜査はできない。

 日本の警察に対して非協力だと言うことは、この行動が少なくとも公使にとって外交活動の一環であるということ。

 ふざけた話だ。

 だけどそう考えると、あずさ銀行で襲ってきた外国人は、イギリスの外交官かもしれない。

 幸い、七尾さんのケガはたいしたことなかったみたい。たぶん警告なんだ。

 七尾さんは、「一色さんも気をつけた方がいい」と言ってきた。

 あたしは頷いて、そして前に進むことを誓った。

 ――こんな無法なヤツラ、絶対に許せない。


 あたしが入手した国際決済用サーバの情報から、C4と捜査二課の共同調査で、いろんなことが分かったらしい。特に、日本国内の銀行の被害口座がわかったみたい。

 あたしは、本部の捜査二課に出向いて、御手洗財務特捜官と話していた。

 捜査二課の御手洗財務特捜官は呆れたように言う。

「被害は、国内だけで一二行、十億以上になりますね。しかも、この決済情報は一年分しかありませんから、海外を含めた実際の被害総額はその一〇倍以上に膨れ上がると思いますよ。ただ、この情報だけでは不十分ですね。被害を調べるためには役立ちますが、証拠がない。被疑者も不明です」

 確かにそうだ。

 決済情報が分かったから、取引内容の詳細は分かった。

 だけど、それが不当なものであることを、あたしたちが立証しなきゃいけない。

 各銀行に入り込んだ大石部長のようなエージェントを、探し出さなきゃなんない。

 だけど、取引情報は無意味じゃない。

 今から後は、この不正な振り込みを抑止することが出来る。被害額はこれ以上増えないだろう。

「あの、グローバルアクセスバンクの日本の支部を捜査した方が良くないですか?」

 あたしの問いに御手洗財務特捜官は小さく頷いた。

「それは、九条さんが既に潜入捜査を試みています。子会社には何とか潜入できたようですが、親会社は難しいようですね。バイトとかならまだしも、社員となると――」

「バイトでも良いんじゃないの?」

 御手洗財務特捜官は頸を横に振って言った。

「イヤ、それは――、さすがに九条さんくらいの年だと、さすがにバイトは無理でしょう?」

 あたしはその言葉で解決策に気がついて、提案してみる。

「ひょっとして、あたしだったらバイトで大丈夫じゃない? 若いし、美人だし――」

「一色さんが?」

 御手洗特捜官はあたしの言葉を聞いて、意表を突かれたようだった。

 そして考え込む素振りを見せる。そして、ゆっくりと続けた。

「確かに一色さんなら、知識もあるし、年齢も若いし、適任かもしれませんね……」

 御手洗さんは、捜査二課長に進言して、C4に依頼することにしたんだ。


 だけど問題があった。

 真治はあたしが内偵捜査をするのに大大反対のようだったからだ。

 佐々木所長も気が進まないようだったけど、あたしだって自分で積極的に行動したかった。

「あたしが襲われたのは、特捜官だったからです。身分が分からなければ、それほど危険はないと思います。あたしは、何か行動したいんです」

 ――だってしょうがないよね?

 真治は年齢オーバーしてたし、ほかに適任者なんていない。

 あたしだったら、絶対警官って思われない。遺憾ながら渋谷署とあずさ銀行で立証済みだ。

 あたしの言葉に、佐々木所長も不承不承認めてくれた。でも真治は、何度も何度も反対した。

「もし、あの時襲ってきたヤツに出会ったらどうするんだ?」

 あたしは言い返すしかない。

「会社の中にそんなやついるわけないでしょ? あんなのが表に出るはずないよ」

「そんなこと分からないだろう」

「あたし調べたけど、あの会社は普通の就職先として選んでる人もいたよ? 内部は合法と違法がきっちり分かれてるに決まってるよ。バイトを公募する部署が違法を担当するわけないじゃない」

「それは――」

 珍しく真治が言葉に詰まっている。あたしは続けて宣言した。

「真治が行けないなら、あたしが代わりに行かなきゃならないのよっ! 真治はただ、美人でかわいい女性の無事を祈っていればいいのっ」

「美人でかわいい女なんて、どこにいるって言うんだよ? ちいさくて妹みたいな……」

 ――妹ですって?

 あたしはかっとなって、真治が言い終える前に、思いっきり屈んでから大きく伸びをして、軽く平手打ちを見舞った。ぱちんと言う乾いた音がC4に鳴り響いた。

「もう一度言ってみなさいっ!」

「た、確かに美人でカワイイ女の子がいるな。思い出した」

 頬にもみじを作った真治は、訂正してきた。

 あたしははっとして、真治に背を向ける。真治を叩いた右手がじんじんする。

 真治を叩いちゃった。後で謝らないといけないかも。

 ――だけど、妹みたいってひどい。

 ずっとそれを気にしていたからかもしれない。思わず手が伸びてしまった。

 

 真治はC4所長と捜査二課長に最後にこういった。

「もし一色特捜官に何かあったら、俺は今回の決定をした二人を絶対許しませんよ! それだけは覚悟して置いてください」

 あたしは、その言葉を聞いて、びっくりしちゃった。

 あたし、横で真治の言葉聞いて、なんか恋の告白でもされたような気分がしちゃって真っ赤になった。あたし、後で真治にそっと聞いてみたんだ。

「ねぇ、真治?」

 あたしは、うつむきながら小声で続けた。

「さっきのあれって、やっぱりそういうことなの?」

 あたしの言葉に真治ってば、眉間に皺を寄せて答えた。

「コンピュータ特捜官がやっと二人になったのに、また一人になってたまるか! 変な事案とか大変な事件があったら、いったい沙織以外の誰に押しつけられるんだよっ!」

 あたしは真治をじろじろ見つめたけど、どこから見てもまじめな顔だった。

 すっごくばかばかしくなったあたしは、「あっそ」とつぶやくしかなかった。

 真治はその後なんか小声で言ったみたいだったけど、あたしには聞こえなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る